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第十三話 鬼の素質

一通り親子の会話を交わした後、とよは立ち上がると元親に言った。


「そういえば、私も今日になって殿から聞かされたのですが、今日、京の都から客人が見えるそうなのですよ。ねえ、まつ?」


とよは控えている伏し目がちの侍女に確認した。まつはとよが美濃から連れてきた長年の侍女で、とよが早くにこの長宗我部に馴染み、奥方として認められた影には彼女の手腕も大きく貢献していたというほど聡明な女である。

一見控えめな容貌の彼女だが、家中におけるその手腕は、本当にそつがないことで知られていた。


「はい。けれども詳しいことは、限られた者にしか伝えられていないようです。恐らく密使なのではないでしょうか」


「そうですね、重要な方なら相応の宴の用意が必要になってくるから、私にももっと前から知らせがないとおかしい。まあ、そういうわけだけれど、一応あなたの耳にも入れておきます。城内でお会いするようなことがあったら、失礼のないように」


それを伝えるのが主な目的だったのだろう。とよは元親にその事を告げると、部屋を出て行った。

 部屋に二人だけになると、緊張の糸が切れたように虎之助はほっとした様子だった。

 元々彼はとよが苦手と知っていたので、元親は少し面白かった。


「虎之助はやはり母上が苦手なの?」


「あ、いえまあ。確かに得意な方ではないですね。とても優しそうな方なのですけど、実はとても厳しい方ですから。その意外なところが、怖いです」


 元親は軽くはにかんだ。虎之助の洞察は当たっている。母は確かに一見嫋やかなで、ややもすると公家の姫君にも間違われそうな雰囲気を持っているのだが、その気性は間違いなく武家のそれであり、先ほど退室したのも、これから侍女たちを連れて長刀の稽古をするためなのだ。そもそも、遙か遠方からなんの縁もないこの地に来て、すぐにこの城の女主におさまってしまうこと自体、普通のことではない。

 長宗我部の人々も、最初はこの夫人の花のような美貌に驚いたが、すぐに武家の奥方になるべく生まれてきた女性なのだと気づくと、誰もが畏敬の念を持ち頭を垂れて従った。元親は、父も傑物だが、母のとよも負けてはいないと常々思っていた。


「ところで、都からの密使というと、いったいこの家に何の用なのでしょうか」


 終わった香を片付けていた虎之助は、不意にそんなことを事を聞いてきた。その事は確かに元親も気になっていたところであり、言われてしばらく考えた。


「・・・・父上が直接相手をするのだから、やはり兵とか同盟に関する事だと思う。けれど同盟といっても、この遠く離れた土佐と都近辺の勢力が組んだところで、お互いとって有益とは思えない。いざという時、相手に頼れないのでは意味がないからな。だとすると、武器についてかも知れない」


「武器ですか」


「お前も知っての通り、ここ数年で戦の仕方は大きく変わった。例えばあの種子島だ。まだ問題点も多く扱いも難しいが、あの武器に対応出来る戦術や防具が、まだ確立されていないというところが最大の強みなんだよ。それが出来るまで、この国で種子島は圧倒的な力になるとこは間違いない。それにあれを大型化して使う事を考えてみろ。城攻めは一気に楽になる」


 元親の眼はやや鋭くなり、言葉遣いも男のものに戻っていた。虎之助は元親のこの切り替わりこそ、英明な両親から受け継いだものと感じていた。


「なるほど。しかし、それならば一条殿と話をつけても良いのでは?」


 一条というのは、かつて国親が庇護を求めた名門の公家大名で、四国の西端に領地を持つ土佐七雄の盟主のような存在である。一条はただ名声のみがあるというわけでなく、地の利を生かした貿易で富を蓄え、兵を集めている実力ある大名でもあった。

 虎之助が言っているのは一条のその貿易の事で、彼の地には規模こそ堺ほどではないが、国内外の商人達が集まり、外つ国から最新の武器も流れているという噂がある。四国の外に、新たに武器の入手経路を開拓するよりも、距離も近く関係も良好な一条と話をつける方が簡単だと思ったのである。


「もう、馬鹿者。そんなの一条家にこちらの思惑が筒抜けになってしまうじゃないか。父上の最大の野心は、四国の統一だ。その為には、この土佐の七雄全てを下さなければならない。ご恩があるという表面上の事はともかく、一条殿だってその例外ではないのだから。もし何かを目論むのなら、出来るだけ相手に悟られてはいけないんだよ。それに、一条殿と話をつけて武器の経路を確保する事ができたとして、関係の良い今はそれで良いかもしれない。けれど土佐の情勢なんていつどうなるか分からないじゃないか。一条殿と対立することがあれば、とたんにその供給は止まってしまう。ならば、当面の武器の入手経路は土佐または四国の外に求めることが良いんだ」

 虎之助はなるほど、と素直に首を振って感心した。

 元親はまだ十六である。その年でここまで思案できる若者はそうそういようか。まして、元親はさほど本腰を入れて勉学に励んでいるというわけでもないのだ。


「いや、さすが若。私など、そんなことちっとも考えにありませんでした。やっぱり若は、そういう才能がおありなんですね」


 しかし元親はあまり嬉しそうでもなく、小さくため息をつくと女の言葉遣いで言った。


「こんなの、兵法の基本中の基本よ。私は書を読む機会があって、そういう教育を受けていて知識があったから、分かるだけだわ。才能とは違う。本格的に学んでいる兄上には遠く及ばないし、お前にもそういう機会と知識があれば、きっとすぐ分かったわよ」


「そんなことありませんよ。俺はそんなに兵法の事なんて分からないけど、剣術や武術なんかでも大事なのは筋というか勘というか、応用でしょう。きっと兵法書には基本的なことは書かれてあっても、それをどう応用して使うかは、その人の才能によるんだと思うんですよ」


「また、鋭いことを言う」


「ね、だから若には才能がありますよ。みんなにも好かれているし、もうこのままみんなを味方につけて、長宗我部を継げば良いんですよ。それでこの四国を統一してしまいましょう」


 虎之助がわざと明るく冗談めかして言うと、元親も苦笑した。虎之助は本気で言っているのではない。元親の心中は、もしかしたら彼が一番理解しているのだ。

ただ元気づけようとして、おどけているのだった。しかし少し考えて、元親はやはり顔を曇らせた。


「そうね。そうなれば長宗我部は結束を強め、他の家とも有利に戦える。もし天運があれば、土佐を四国を統一できるかも知れない。けれどそれを目指すのならば、私はいつか戦場に立たなくてはならない」


 そして血の流れぬ戦場など、ありはしないのだと綾姫は思った。

 天文二十三年。十六歳。長宗我部元親は姫若子と呼ばれていた。

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