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第九話 大人たちの真実

 土佐に向かうといっても、勝隆はすぐには向かうことはできなかった。

 何しろ旅の用意である諸々の品は川に流されたときに失ってしまっていたし、せっかく旅のためにと用意してもらった小袖も、今ではすっかり襤褸に成り果てており、このままでは旅人というより本当にただの百姓のようである。食べ物は山菜や狩りで何とかなるとして、この成りで旅立つというのも、惨めなものだった。


「あたしが取ってきてあげよう」


 と、白はやけに優しかった。言うと狐の姿のまま風のように外へと出て行き、それから一刻もしない内に帰ってきた。口には包みが銜えられており、解くと勝隆の家にある別の小袖小袴、新しい草履が入っている。

 実に鮮やかな手際だ。

 しかし勝隆は露骨に怪しんだ。


「一体どうやったんだよ」


「簡単よ、姿を消したの」


 と、白は何でも無いふうに言った。勝隆は感心した。妖怪とはなんとも便利なものらしい。一方で少し不安になった。


「本当に見つからなかっただろうか」


 勝隆のこの、見つかるというのは、近隣の村民にという意味である。自分の村の者ならまだ構わないが、近隣の村の者に見つかると何か不都合があるのではないかと、漠然とそう思われたのだ。

 白は笑った。


「馬鹿馬鹿しい。あんたよっぽど鈍いのね。あんた達の事なんて、ここのご近所はみんなすっかり知ってるはずよ」


「おかしなことを言うな。俺たちはこの三百年、つい最近までずっと隠れるようにして暮らしてきたんだ。村の出入りの禁止はもちろんの事だったし、村祭りも目立たないごく質素なものだった。血が濃くなるからと、外で子を作る世代もあったけど、それでも慎重に慎重を重ねていたと聞いている。噂程度ならまだしも、すっかりなんてことはあるはずがない」


「あんたねぇ。自分の生活を良く見直してみなさいよ」


白は得意げに顎を上げた。


「あんたたちの村を見てきたけど、すっごく変だった。誰もが質素に暮らしているといいながら、牛や馬が飼われていて、各家には刀があった。これがどういう事が分かる?山中の貧村に、どうして本州の馬がいて立派な刀があるの。変でしょ。外から調達してくるとしても、貧村にそんな銭があるはずがないし、絶対足がつくわよ、隠れてなんかいられない。あんたの村はおかしいの。貧しい村にはあるはずのないものがあって、特に怪しむことなく平気で暮らしているんだから」


 勝隆は白の言っていることが理解できなかった。


「恐らくこの辺りの領主達は、あんた達の事をどこかの時点で知っていたのよ。たぶんあんたが生まれる前からずっと」


「そんなはずはない!」


「でなけりゃ、どうして三百年も潜んで暮らせるってのよ。その事からして不可能に近いと思うけど」


「しかし・・・理由がないぞ」


「ここいらは三好とかいうやつらの領地だったわねー。そいつらがあんたたちの村にある何かをほしかったりしてー」


 勝隆も愚かではない。その一言ではっとした。

 深紫の絹の包みに目をやる。三好は阿波に本拠をおく大大名であり、今天下の実権を握っている一族。もし、彼らが自分たちの領内に存在する平家一族と、神器を隠し持つ村の事を知っていたら、間違いなく政に利用するに違いない。この神器は、今や権威の失われた朝廷や幕府にとって起死回生の最後の手札となりうる。朝廷や幕府と、一族の長同士が裏で秘密の取引をしていたならば、三好の隆盛も村の平穏も全て説明がついてしまう。


「はじめは、かつての栄華を誇った一族に対する敬意だったかも知れない。けれどそれがずっと続くかしら?その剣は神器の一つよ。それがここにあると広まれば、今上の帝か、その名を借りた朝廷が返納しろと迫ってくる事はまず間違いないわ。まして今は『あの大乱』の後だもの。帝の権威を示す物が、朝廷は喉から手が出るほど欲しいはずなの。でも、ここの領主はただで返すわけがない。当然密約なり取引が交わされることになるわね」


「つまり、俺たちの村は神器があるが、後ろ盾がなかった。そんな時、ここの領主となった三好は村と神器の存在を知った。彼らは生活の保証をすると同時に、神器の隠匿を要求したんだ。奪うことも出来たが、それでは安全性に問題があった。けれど実質自分たちの手中に失われた神器をおさめた彼らは、それを最大最強の手札として朝廷や幕府とも上手く付き合い成り上がっていった・・・」


 確かに利害が一致する。そしてここしばらくの三好の出世ぶりも納得がいく。


「そういうことね。あんたはまだ若いから分からないかもしれないけど、世の中って汚いのよ。目の前で起きている事の裏には、全く別の場所で別の人々の思惑が絡んでいる。三好がやってることなんか、まだ爽やかと思えるくらい汚い腹芸を私は何度も見てきたわ」


 勝隆は何も考えることが出来なかった。考えれば考えるほど、もしや自分たちが哀れな一族だという答えに辿り着きそうな気がしたのだ。

 その時、小屋の外からドン!という大きな音が聞こえた。

 勝隆ははっとして身を固めたが、白は冷静な様子で目を閉じ耳をそばだてた。神経を集中させ、場所を越えて視るのである。その光景は白の脳裏に浮かぶ。


「誰かが追われている・・・ここから近いわ。こっちにやってくる」


「分かるのか?相手は一体何者だ」


「そこまでは分からない。けど追われているのは人間だけど、追ってるのは人間じゃないわね」


 勝隆が人間じゃない?と言ったその間に、白はあの時の美女に姿を変えていた。


「外に出てくるわ。それからあんたはその剣を持ってここにいなさい。それから全部終わった後は全てあたしに合わせんのよ」


 妖艶な美女は口早に告げると、小屋を出ていった。

 勝隆は言われたとおり剣を抱えて待っていた。先ほどの音が空耳だったかのように、外からは何の音も聞こえてこない。半時も経ってはいないはずなのに、虚空に飛ばされたかのような孤独感を感じる。

 しばらくすると、どこからか男のうなり声の様なものが響いてきた。


 戦いが、行われているのだ。


 瞬間、勝隆の全身の血が滾るような感覚を覚えた。

 気が付くと勝隆は、包みを巻きつけ、刀を構えて飛び出していた。

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