ヤンデレ先輩と私の話
初投稿なので温かい目で見てくださると嬉しいです
今年の春、晴れて大学生になった私には悩みがある。
頭脳明晰、眉目秀麗、加えて実家は国内でも有数の資産家らしく、唯一の欠点といえば表情筋がお亡くなりになっていることぐらいな京極先輩が、なぜか私に付き纏ってくるのだ。具体的に言うと、入学してから程なくしてなぜか連絡先をほぼ強制的に交換させられ、大学の行きは一緒、帰りも一緒、果てにはバイト先にまで先輩が顔を出している。
え?これって恋人のすることじゃない?先輩って私のこと好きなの?とか、もしかして監視されてる?というか何故私は先輩と一緒にいるの?とか、考え出すと訳がわからなくなってくる。
自分で言うのも悲しくなるが、顔も頭も家もそこそこである私は思考回路もそこそこなので、なぜ完璧人間と噂されている先輩に付き纏われているのかがわからない。大学の行き帰りの時だって先輩から連絡をするくせに、私の話に相槌を打つ以外全く口を開かないので、判断材料は顔色を伺うぐらいしかないのだが、なんせ表情筋が仕事をしているところを見たことがないので完全に何を考えているかわからない。あの絶対零度の態度を崩せる人が、果たしているのだろうか。
私がもう一緒にいるのをやめようといえば、この奇妙な関係は終わるだろうけれど、あんな綺麗な顔を近くで眺められる機会は、もうこの先の人生できっとないと思うのでもう少し堪能しておきたいという不純な気持ちと、もしかしたら私を好きになってくれるかもしれないという淡い期待を抱いていると、先輩がキャンパスから出てきた。完璧人間と言われるだけあって、いつも通り待ち合わせ時間ぴったりだ。
「まきちゃん、お待たせ」
少し掠れた声が耳に触れる。
並んで歩いていても、話すのは私一人。
話はしっかり聞いてくれるし、返事もしてくれる。でもいつか飽きられたら、この関係は終わってしまう。私はいつからか飽きられるのが怖くなって、この奇妙な関係についての話は切り出せなくなってしまった。もし全てが終わってしまったら、この思い出をちゃんと胸の奥に沈められるだろうか。非常に不安だ。しかし沈黙も気まずいのでとにかく話さねば。
「そういえばこの前、山田が急に、お前やばいのに好かれてるぞって言ってきたんですけど、どうしたんですかね。」
山田というのはバイト仲間だ。たまに変なことを言う奴なので、密かにいつか怪しい宗教にハマるんじゃないかと思っている。
「……山田君、バイト辞めるって言ってだけど。」
ぼそっと先輩がつぶやいた。
「えっ。本当ですか……うちの店なんでこんなに辞める人が多いんだろう。」
あれ?先輩って山田と知り合いだっけ?
「……」
そして季節が春から夏になり秋が過ぎ、私たちの関係は何も変わらないまま冬に差し変わった頃、私と小学校から大学まで同じの親友であるさよちゃんが言ったのだ。
「まき、全然進展ないって言ってたけど、まだ京極先輩のこと好きなの?もう告っちゃえばいいじゃん。」
みかんを剥く手が止まる。
「えっ。でも告って振られたら今の関係もなくなってしまうのだよ……。」
さよちゃんが綺麗にネイルをした手でみかんをつまみ上げる。
「確かにそうかもしれないけど、私なら叶わないかもしれない恋より、身近にいるいい感じの男をとるわ。」
みかんを口に放り投げた。
「さよちゃんぽいね。」
「まきがそのままでいいなら私は応援するけど、私はそろそろ新しい恋を勧めるわ。もっと明るい恋をしましょ!」
「……そろそろ潮時だよね。先輩も何がしたいのかよくわからないし。」
「そうね、ちゃんとマキを大事にしてくれる人の方がいいわ。」
「さよちゃん…」
「ってことで!合コン行きましょ!」
それから、さよちゃんに言われるがまま合コンの日程が決まった。確かに、新しい恋に目を向けるべきなのかもしれない。
今日こそはちゃんと、言ってしまおう。
「先輩、私もう今みたいに一緒にいられません。」
いつもの集合場所で言うと余計に辛くて、なんか、泣きそう。
「は、なんで」
そんなことを言われると思っていなかったらしい先輩は、私の初めて見る表情をしていた。いつもの無表情ではなくて、感情がごっそり根から抜けてしまったような、がらんどうの表情。
飽きられるのが怖いから、って素直に言うか迷ったけど、なんだか本心を知られるのが怖かった。
「好きな人が、できたんです。」
「は、なんでなんでなんで嘘だ、ちゃんと俺が周りを牽制して一匹も寄り付かせないようにしてたのに誰だ誰だ誰が掻い潜ってきた絶対消してやるバイト先だって家だって大学だって友好関係だって全部把握してたのにもしかして俺の知らないところが他にあった?でもそんなはずないありえない俺のどこがダメだった?勉強も運動も人より全然できるし顔だって出来がいいはずだしやっぱり話さなかったのがダメだったのかなでもあともうちょっとだったと思ったのにそいつのどこがいいの?俺が全部真似するよ顔も体も話し方も歩き方も口癖も筆跡も好みも名前も年齢も変えるそれで俺がいつか必ず完璧にそいつになるから、俺じゃだめなの……?」
「なに、を。」
先輩は、何を言ってるの?
こんなの、知らない人みたい……。
怖いこわいこわい、と、とにかく逃げなきゃだめな気がす、
「わっ!」
先輩の、柔軟剤の匂い。
聞いてはいけない値段をしていそうなコートが私の上着に触れて、抱きしめられたと思ったら唇に柔らかいものが触れた。綺麗なヘーゼルの目が、私を見つめている。
「せ、せせ先輩!」
慌てて腕を振り解いて後ずさる。もしかしたら先輩は私が思っていたよりも重いのかもしれない、気持ちが。
「待ってまきちゃん!俺、まきちゃんのこと好きだよ。ちょっと取り乱したけど、本当に好きだよ!」
あれは本当にちょっと取り乱しただけなのだろうか、俄かに信じられない。掘ったらもっと怖い話が出てきそうでさらに後ずさる。
「あ、あの、と、とりあえず明日話しましょう全部!あと私も先輩のこと好きです!」
しまったーーーー!恐怖で口が滑って言わないようにしていたことまで出ていってしまった気がするけれど、今はそれどころではない。
「え、待ってまきちゃん!!今のもう一回言って、逃げないで!」
そのあと走って家まで帰ったはいいものの、晴れて恋人になった先輩の執着の激しさを思い知るのはまた別のお話。