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竜頭の竜狩り《ドラゴンハンター》

作者: 天崎 剣

 夜の摩天楼に咆哮が響く。

 巨大な剣の軌跡が闇に光り、風を斬る音が静寂を裂いた。

 獰猛な竜の血は、竜狩り(ドラゴンハンター)の身体をも赤く染めた。


「コノ……裏切リ者メガァ……ッッ!!」


 竜は人間(ヒト)の言葉で叫んだ。

 深夜、眠らない街。竜と竜狩りの死闘は、複数台の無人航空機(ドローン)によって全世界に中継されている。

 地上には規制線が張られ、警察や警備会社が市民を避難誘導する。それでもより高いところから上空で繰り広げられる戦闘の様子を捉えようと、至る所に多くの人々が詰めかけていた。


 現場は否応なく混沌とした。


 いにしえに栄華を誇った竜の一族が狩られる側になったのは、数百年前のこと。文明化が進み森が切り開かれていくと、竜達は次第に棲む場所を失った。森を追われ、遂には人間に化けて街へ紛れるようになったのが、そもそもの始まりだった。


 基本竜は聡明で誇り高い種族ではあるが、一方で凶暴性も併せ持つ。彼らは人間社会での生き辛さに耐えかねて、度々人間を襲うようになっていった。

 人間の血肉には中毒性があると広く知られるようになったのは、近代になってからだ。一度人間の肉を喰った竜は人間喰い竜となり、二度と理性を取り戻せなくなる。


 竜狩りは凶暴化した竜を倒し続ける戦闘集団。時代と共に武器や防具を進化させ、常に危険な竜と最前線で対峙してきた。

 竜の硬い鱗を砕く特殊兵器|《竜殺しの剣》を自在に操り、人間喰い竜を狩りまくる。全身に特殊強化装甲(パワードスーツ)を纏い、恐れを知らずに戦う彼らを、身の程知らずの狂人だと人々は言う。――そのなかでも別格なのが、


竜頭(ドラゴンベッド)ォォォ!! 行っけぇぇぇぇぇ!!!!」


 他の追随を許さない、圧倒的なまでの力と残忍さで竜を断つ、竜頭の竜狩り。特注の特殊強化装甲はまるで本物の竜を模したように、美しく力強い鱗で覆われている。背中に広がる羽は、腰に装着した飛行動力機(ジェットエンジン)の力を借りて、上空での戦闘を可能にしていた。

 彼の勇壮な姿に、観衆は沸きに沸いた。

 宵闇に響く竜頭コール。声援を受けた竜頭は身震いし、野獣のように雄叫びを上げる。


同胞(はらから)よ、永遠(とわ)に眠れ――!!」


 決まり文句と共に放たれる切っ先が、上空で人間喰い竜を縦に割いた。生温い竜の血が一斉に噴き出して興奮した野次馬の真上に降り注ぐと、群衆は更に沸いた。

 断末魔と共に息絶えた竜の残骸が地上へと落ちていく。人々が蜘蛛の子を散らすように逃げていくのを、竜頭の竜狩りは上空から静かに見つめていた。






 *






「また派手にやったわねぇ、ロン」

「周囲が殊更に騒ぎ立てるからそう見えるだけだ」

「謙遜すんなよ。竜を真っ二つなんて、普通の竜狩りには無理なんだから」


 特殊強化装甲の特殊強化兜フルフェイスヘルメットを脱ぎながら、エルナとテッドは向かいに座る半裸の男に目をやった。筋骨隆々、パキッと割れた腹筋に、鋭い光を放つ黒い目が印象的な彼は、竜の血と汗に塗れた身体をタオルで大雑把に拭き取り、深く息を吐いた。


「私は自分の使命を全うするのみ。ここに身を置いているのは、あくまで目指すところが同じだからだ」


 濡れた髪をぐしゃぐしゃとタオルで拭くと、彼は垂直離着陸機(オスプレイ)の窓から外を眺めた。

 歳の頃は三十前後に見える彼の、しかし数多の困難を乗り越えただろう表情は、同僚のエルナとテッドには重々しく見えた。


禁欲主義(ストイック)なのは構わないけど、もうちょっと俺達と仲良くしてくれると助かるんだけど」


 テッドが忠告しても、ロンは視線を合わさない。


「私は竜を殺すためだけに存在する。貴様らとは(つる)まない」


「ハイハイ。それ、何度も聞いた。天下の竜頭は戦い方だけじゃなくて、私生活(プライベート)まで禁欲主義……ってね。度が過ぎると嫌われんぞ?」

「あ〜あ。テッドってば、まぁたロンに嫉妬?」

「嫉妬なんかしてねぇし」


 ロンは、そんなエルナとテッドの会話さえ耳に入らない様子で、物憂げに窓の向こうを見つめ、細く長い息を吐いていた。






 *






 竜は気高く、知性のある種族だった。

 森は竜の住処であり、神聖な地。人々は竜を敬い、森へ入る時は祈りを捧げた。――森の恵みを分けてください、あなたがたの領域は穢しませんから、と。

 いつしか人々は祈りをやめた。森へ分け入り、伐採し、町を作った。森の奥へ奥へと追いやられた竜は、やがて滅びの一途を辿ることになる。


「――で、絶滅危惧種となった竜をよりによってぶっ殺してるのが、竜狩り。君、本当に覚悟出来てる? 悪いけど竜狩りには命の保証はないからね」

「はい。大丈夫です。死ぬつもりはないので」


 屋上に着陸した垂直離着陸機から社屋に入り、昇降機(エレベーター)を出て直ぐに聞こえてきた会話に、ロンは顔を(しか)めた。

 声の主は、ドラゴンハンターズ・カンパニーの社長JJことジャック・ジョーダン。白髪混じりの茶髪を緩く後ろに流した垂れ目の中年男(イケオジ)は、今日もピシッと黒のスーツを決めている。

 そしてもう一人、赤毛にそばかすの少年がJJのそばに居る。


「お疲れ、ロン。今日も最高だった」


 ロン達に気付いてJJは軽く手を上げる。

 お疲れ様ですと他の二人が挨拶をしても、ロンは表情を崩さない。


「社長、その子は?」


 エルナが首を傾げると、少年はスッと一歩前に出て、


「ルネ・フリートです。よろしくお願いします」


 やや緊張気味に、だが堂々と挨拶してきた。


「新人? よろしく」

「私はエルナで、こっちがテッドとロン。よろしくね」

「――ロン、今日からルネと組め」


 和やかな雰囲気(ムード)が一気に緊張に変わる。


「JJ、私は誰とも組まない」


 ロンは明らかに機嫌を損ね、JJを睨み付けた。だがそれも想定内とばかりに、JJは上着を軽く羽織っただけのロンの肩をポンと叩いた。


育成所(スクール)の教官曰く、ルネは見た目より使える(・・・)。そして何より、お前同様(・・・・)死ぬつもりはないらしい」


 JJの言葉を咀嚼するようにしばらく沈黙したあと、ロンは視線だけギロリとルネに向けた。

 ルネはゴクリと唾を飲み込んで、恐る恐るロンと目を合わせる。魔獣のように鋭い視線に、ルネは少し目を泳がせた。


「よ、よろしく、お願いします、ロンさん……」

「今日は疲れた。悪いが休ませてくれ」


 出されたルネの手を無視して、ロンはさっさと奥へといなくなってしまった。


「あ〜あ。ダメですよ社長。ロンは戦闘が終わると寝ることしか考えられなくなるんだから」


 エルナに言われ、JJはポリポリと頭を掻いた。


「ぼうっとしてるの見越して、うんと言わせる作戦だったんだけどな。失敗したかな」


 JJの苦笑いに、ルネはぐったりと肩を落とした。






 *






 竜狩りを夢見る少年少女らにとって、ドラゴンハンターズ・カンパニーは聖地だった。死を恐れず人間喰い竜に立ち向かう姿は、世界中の人々に勇気を与えてきた。


「育成所で何度も聞いて知ってると思うけど、うちの社には常に百人の竜狩りが登録していて、欠員が出ると育成所か一般応募枠から補充される仕組みなんだ。君が来たってことは、誰かが犠牲になったってこと。次は君かも知れないことを、常に頭に置いといて」

「分かりました」

「生き抜くために竜本来の姿を封じた彼らを見抜くのは至難の業だからね。平和に暮らしてる竜をいたずらに刺激しないことが重要なんだ」


 朝の強化訓練場(トレーニングルーム)。テッドとエルナに講義(レクチャー)を受けつつ、ルネは部屋に出入りする竜狩り達と挨拶を交わす。優しく声を掛ける者もあれば無視する者まで、反応は実に様々だ。

 だだっ広い強化訓練場には様々な器具や設備が所狭しと置かれていて、各々鍛錬(トレーニング)に励んでいる。そこにはまだロンの姿はない。


「年々純血の竜は減ってる。けど、混血でも人間喰い竜になってしまう可能性はゼロじゃない。人々の暮らしと竜の尊厳を守るのが竜狩りの本来の役目。ただ闇雲に竜を狩る訳じゃないから、勘違いすんなよ」

「はい。大丈夫です」


 親身に相手をしてくれる二人に申し訳なさを感じつつ、ルネはロンを待った。が、ロンはなかなか現れない。


「ルネには悪いけど、ロンは午前中には来ないと思う」


 ルネの想いを見透かすようにエルナは言った。


「しっかり休まないと身体が持たないんだって。ああ見えて結構年食ってるらしくて。だから出動の次の日は、半日は出てこないと思って」

「――誰が半日は出てこないって?」


 ドスの利いた声が廊下の方から聞こえてきて、エルナはビクッと肩を揺らした。


「ルネ、ちょっと来い」


 エルナに見向きもせず、ロンはルネを強化訓練場の奥に誘った。普段とは違うロンの言動に室内がざわめく。多くの視線が否応なしにルネに集まった。

 ロンは模擬戦(スパーリング)用の拳闘場(リング)にひょいと上がり、クイクイと指を動かしてルネを誘った。ルネはコクリと深く頷いて、ロンの誘いに応えた。


「本気でやれ。いいな」


 腰をグッと落とし臨戦態勢に入るロンは、殺気に満ちていた。運動着(トレーニングウェア)の下に隆々とした筋肉が透けて見える。何より、昨晩とは比較にならない程目付きが鋭い。

 軽く手足を動かして身体を(ほぐ)し、ルネはふぅと息を吐いた。

 いつの間にか拳闘場の周囲に人集りが出来ている。その上勝敗を予想したり賭けを始めたりと、妙な盛り上がりを見せていた。


「頑張って、ルネ!!」

「殺されるなよ〜!」


 エルナとテッドも、拳闘場の外から声援を送っている。


「負けるな、新人!!」

「ロンをぶっ飛ばせ!!」


 恐らくは普段から相当に強いのだろう、ロンを味方する声はない。重圧(プレッシャー)に負けそうになるのをグッと堪えて、ルネは思い切りロンに殴りかかった。

 バシッと、全力の右打撃(ストレート)を軽々しく止められ、ルネは目を見開いた。直ぐさま狙いを腹部にずらして打撃を数発、回し蹴りも加えるが、ロンは微動だにしない。ギョッとしながらも、続けて両拳で激しく連打、その全てをロンは手のひらで軽々しく受け止めた。


「こんなものか」


 ロンは口角を上げ、打ち込んできたルネの腕をギュッと掴んだ。

 腹部に下から膝蹴りを食らったと、ルネが気付いた時にはもう遅かった。ルネの身体が宙に浮く。ヤバいと脳が危険信号を出した。ルネは咄嗟に身を捻り、ロンの打撃を僅差で躱した。


「おっ」


 ロンがニヤリと笑う。続けてロンから打撃の応酬。が、神経を研ぎ澄ましたルネは、一つ残らず綺麗に躱し、どうにか攻撃を免れた。

 小柄なルネがロンの攻撃を躱す度に拳闘場は沸いた。猛撃されながらもすかさず攻撃を仕掛けようとする姿はまるで魔王に立ち向かう勇者のようだと、竜狩り達はルネを賞賛した。


 ルネはすんでのところでロンの攻撃を躱し続けた。恐らく一発当たれば終わりだ。ルネの二倍はあろうかと思われるくらいに太い腕。打撃を繰り出す度に空気が震え、風が巻き起こる。発達した筋肉を鎧のように纏っているのに、やたらと動きが速いのにも驚いた。勝つことは出来そうにもないが、倒れないためにも攻撃を避け続けなければとルネが固く誓っていたところに、


「やべぇ、あいつ竜頭と互角でやり合ってるよ」


 誰かの言葉が耳に入った。


「え? ロンが竜頭?」


 ルネの思考と動きが止まった。

 途端に激しい殴打がルネの脳天を揺らし、彼はそのまま場外へと弾き飛ばされた。


「ルネ! 大丈夫?」

「生きてる?」


 朦朧とする意識のなか、ルネは駆け寄ってくるエルナとテッドを感じていた。

 そしてもう一人。拳闘場から降りて近付いてくる大きな影。肩で息をして汗に塗れ熱気を宿した巨漢が、ルネのそばで膝を折った。


「悪くない。久々に楽しめた」


 ルネの勘違いでなければ、ロンはとても嬉しそうに笑っているように見えた。






 *






 ロンは随分とルネを気に入ったらしかった。

 それまで他者との関わりを極端に絶ち一匹狼を決め込んでいた彼が、新人のルネと常に行動を共にしている。出動がなければ日がな一日強化訓練場でルネの指導にあたる。その間も自身の筋トレは欠かさない。ルネもロンの期待に応えるようにメキメキと実力を伸ばし、ひと月程するとロンから弾き飛ばされることもなくなっていた。


「いやぁ、ルネは凄いね。ロンがあんなに楽しそうにするなんて考えられなかったのに」


 休憩中、テッドが話し掛けてきた。ルネはタオルで汗を拭きながら、ありがとうございますとテッドに頭を下げた。


「憧れの竜頭の相棒なんて、まだ実感沸きませんけど」

「新人は最初の二ヶ月は訓練のみ。実戦は許されてなかったから仕方ない。来月からは実戦に駆り出される。そしたらあいつのもっとヤベぇところを間近で見れる。ビビんなよ。ロンは相当なバケモンなんだから」


「大丈夫ですよ。いつも中継観てたんで」

「あぁ違う違う。中継は中継。ロンと同じ戦場に出るってことは、いつ死ぬかも分からないってこと。そこはちゃんと自覚しとかないと」

「竜頭は常に人間喰い竜の仕留め役ですもんね。覚悟しときます」

「あ、う、うん。そういう意味じゃないんだけど……」


 ニッコリと笑顔を返してきたルネに、テッドはそれ以上何も言えなかった。






 *






竜狩りの特殊強化装甲は、一人一人の身体に合うよう細やかな採寸と調整を必要とする。採用時の寸法で作られた特殊強化装甲を試着したルネは、思いの外締め付けが強いのに驚いた。


「随分筋肉量が増えたみたいだね。伸縮率、調整しておくよ」

「すみません、よろしくお願いします!」


 防具(アーマー)開発担当のユージンは、ルネの力強い言葉に圧倒され目をぱちくりさせた。


「ルネは自分が覚えてるなかでは最年少かな。ロンはどう?」

「まぁ、そうだな。身体の小ささは群を抜いてる」

「女性用よりまた少し小さめだからね。特に腰回りはだいぶ細い。成長期はこれからだろうけど、それまでしばらく特注かな」


「時間は掛かりそうか?」

「ロンの調整に比べれば何てことはない。終わったら連絡する。そしたら装甲を着用して、いよいよ《竜殺しの剣》の訓練。ロン、ちゃんと面倒見てやれよ」

「ああ。最後まで面倒を見るつもりだ。ルネには期待している」


 冗談を言っているようには見えなかった。

 ルネは嬉しくて、ニヤニヤが止まらなかった。






 *






 出来上がった特殊強化装甲を装着し《竜殺しの剣》を携えると、ルネは小柄ながらもすっかり手練れ(プロ)の竜狩りに見えた。


「めっちゃカッコいい! 凄い!」


 特殊強化装甲での訓練はいつもの強化訓練場ではなく、衝撃吸収材で囲まれた特殊訓練場スペシャルトレーニングルームで行われる。別室にて装甲に掛かる負荷を確認し、実戦に備えるのだ。


「大抵は仮想現実(VR)装置で訓練するんだが、ルネ、お前にはもっと高みを目指して貰いたい。竜頭が直々に相手をしてやる」


 制御室から「何を考えてるんだ!」とユージンの怒号が降ってくるのも構わずに、ロンはそう言い放った。


「あれ、けどロン。装甲は……」


 上半身にピッタリ張り付く、背中の開いた黒い袖なし(ノースリーブ)肌着(インナー)。下半身にはルネと同じような特殊強化装甲。そのあちこちに切れ目や穴がある。足先の形状や腰回りも、だいぶルネのとは違っている。


「私の装甲は他とは違う。人間と竜では形状が異なるからだ」


 黒かったはずのロンの目が金色に光った。そして身体の底から何かを捻り出すようにして、低い声で唸り始めた。


「エッ……? ろ、ロン……?」


 普段の彼からは想像し得ない苦痛に歪んだ顔は、いつの間にか人間ではない別の生き物のそれへと変わっていた。筋肉は更に肥大化し、ロンの身体は普段の倍の大きさに膨れ上がった。全身に黒い鱗が浮き上がり、羽が生え、尾が生え、背鰭が生えた。鋭い爪と全てを噛み砕いてしまいそうなくらいに尖った牙。下半身の装甲に開いた穴からは、太い角が幾つも突き出していた。

 特殊強化兜の下でルネが身震いするのを、竜の姿へと変貌したロンがじっと見つめている。


「ほ、本物の――」

「そう、竜頭は本物の竜。お前の力が人間喰い竜に通用するのか、試してみろ」


 ルネは恐怖と衝撃で真っ白になった。竜頭を前にして、声にならない声で泣き叫んだ。一体何が起きているのか頭に一切入らずに、意識がどこかへ飛んでいった。

 憧れだった竜頭とそれからどう戦ったのか、ルネは全く覚えていない。






 *






 屋上の離着陸場(ヘリポート)。ルネは寝転んで両手足を投げ出し、空に太陽が輝くのをぼうっと見つめている。そばにはいつもの姿に戻ったロンが居て、放心状態のルネを見下ろしていた。


「怖がらせたな」

「……大丈夫です。ちょっと驚いただけで」


 ルネは腕で目元を覆って顔を隠した。震えが止まらなかった。それを、見られたくなかった。


「特殊強化装甲にしては本物っぽいって思ってたんです。けど、竜は同族殺しを許さない。だから絶対に有り得ないと信じてました」

「竜は気高いが傲慢だ。人間の血肉の味を覚えれば凶暴化する。それさえ認めたがらない愚かな生き物だ。私は竜として、狂った同胞を殺さねばならない」


 ロンは淡々と信念を語る。感情の起伏の少ない彼の言葉は、ルネの胸にズキズキと矢を刺した。


「ルネ、私は竜だ。もし私が狂ったら、他の竜狩りと共に躊躇なく私を殺せ」


 ガバッと、ルネは起き上がった。


「ロン! それは絶対――」

「絶対はない。絶対に狂わないなんてことは有り得ない」


 掛ける言葉が見つからなかった。ルネはそのまま床に頭を擦りつけてしばらく動けなかった。






 *






「ロンの正体を知らせなかったのは悪かった。育成所から君の経歴が送られてきた時、私は真っ先にロンのことを考えた。君以外にロンの相棒は考えられない。色々と考えることもあるだろうが、よろしく頼む」


 社長室。JJはルネを呼び出し、丁寧に詫びた。全く納得のいかない顔で、ルネはソファで項垂れている。参ったなと、JJはソファの向かい側で頭を掻いた。


「先々代が会社を作ったばかりの頃、街で暴れ回っていた|《竜狩りの竜》を仲間に引き入れた。それがロンだ。圧倒的な強さに惚れ込み、手を貸してくれないかと先々代がお願いして、それから百年以上世話になっている。ロンは――我が社にとって、かけがえのない存在なんだ」


 百年以上と聞いて、ルネは少し顔を上げた。


「ロンには僕のこと……教えたんですか」


 いいやと、JJは大きく首を横に振った。


「最初から全部気付いてた。私の思惑も、君の正体も」


 JJはそう言って、静かに微笑んだ。






 *






「人間は脆い。今までどれだけの竜狩りが竜に喰われたか知ってるか?」

「いいえ」 


「竜狩りを辞めた人間以外、全員だ。全員、喰われた。目の前で人間の肉を漁る竜を見て、私はそれが未来の自分ではないかと何度も錯覚した。絶対に狂わない自信はない。ルネ、お前には悪いが、もし私が狂っても、私を殺すことの出来る存在が現れたことに感謝している」


「僕は……まだ、強くない。あなたには到底及ばない」

「いずれ越えるだろう。私には分かる」






 *






 竜が人間社会に入り込んで数百年。人間との混血も多く存在する。大多数の竜は人間との共存に成功し、温和で緩やかな生涯を過ごす。しかし、少数の人間喰い竜の存在が、竜という種族全体の印象を最悪にしていた。


 強硬派の人間達は、竜を滅ぼせと声高に叫んだ。竜狩りの討伐劇が娯楽(エンタメ)化していくのを、竜達は決して面白くは思わなかった。

 竜狩りこそ害悪であると訴える者が現れる。

 こと竜頭は凶悪で、竜を狩るのに竜の姿で現れる。彼こそが倒されるべき存在なのだと――……






 *






 緊急通報エマージェンシーコールが鳴り響き、竜狩り達は一斉に垂直離着陸機で現地へ向かった。

 竜頭の相棒として半年間戦ってきたルネにも、今回の通報の異常さが直ぐに分かった。


 通常現場は一カ所のみで、複数の目撃者が同じ事件について多方向から通報してくるのが常なのに、今回はどうやら同時多発的に事件が発生している。そのどれもが人間喰い竜による襲撃で――温和な人物が突然竜に変貌し人間を喰らい始めた、というものだった。


「同時多発的にということは、裏で手を引いている誰かがいるということ。竜狩りを分散させ、向こう(・・・)が一気にこちら(・・・)を狩ろうとしている可能性もある」 


 ロンの放った不穏な一言に、垂直離着陸機内の誰もが凍り付いた。

 嫌な予感がした。ルネは特殊強化兜を膝に抱え、隣に座るロンの表情をチラチラと覗った。


 このところ出動が多い。竜狩り達は疲弊しきっている。交替制勤務ではあるものの、人間喰い竜にとどめを刺せる竜狩りはそうそうおらず、ロンとルネは出突っ張りだった。社内で仮眠を取るのが日常で、まともに休暇を取ったのは数ヶ月前だったように記憶している。ロンは特に経験の浅いルネに指導をしつつの戦闘で、相当に疲労が溜まっているはずだ。


「もう何年か生きると、四百だったように記憶してる」


 車窓に広がる夜景を見つめるルネに、ロンは突然ボソリと言った。


「ルネ、お前は?」

「僕は三十六です」

「小さいから勘違いされるだろう?」

「ですね」


 互いに目は合わさなかった。垂直離着陸機には他にも十人の竜狩りが乗っていて、会話は全部筒抜けだった。


「私が標的だろう」


 ロンの言葉に、竜狩り達は一斉に顔を上げた。


「私は竜を殺し過ぎた。同族殺しは大罪だ。私を恨み、殺したがっている竜はごまんといる」

「ロンが居なければ、人間は滅んでいた。誰もあなたを責めませんよ」


 ルネが言っても、ロンは納得しきれない様子で首を横に振っている。


「若くて美しい、人間の女だった。種族も寿命も違う女に惹かれ、共に永遠(とわ)の愛を誓った。彼女が肉片になるのを為す術もなく見ていた自分に腹が立ち、狂った竜を全部狩ろうと心に誓った。私は人間が好きだ。竜狩りの誘いを断らなかったのも、役に立ちたい、人間を救いたいという純粋な想いからだった」


 プロペラの駆動音が響くなか、普段多くを語らないロンの告白は竜狩り達の胸に響いた。


「僕も似たようなものです。まさか同じ考えの竜が最前線で戦っていたとは思わなかった。まだ自分を曝け出すのは怖くてこのまま(・・・・)ですけどね」

「躊躇うな、ルネ。誰もお前を責めない」


 ルネは返事をしなかった。






 *






 巨大化し、目を爛々と輝かせ涎を垂らして猛獣のように叫びながら、人間喰い竜は暴れまくっていた。


 繁華街、逃げ惑う人々で現場は騒然としていた。十数体の人間喰い竜が店を壊し、逃げ遅れた人々を引き摺り出して喰い千切った。鮮血で窓も壁も真っ赤だった。中毒性のある人間の血肉は、竜を刺激し興奮させる。特殊強化兜を被っている分、ルネは正気を保てているのだと思うとゾッとした。


「ロン、大丈夫?」


 竜の姿を晒して戦う竜頭が気に掛かり、ルネは表情を確かめた。


「大丈夫、まだ行ける」


 激しく肩で息をして、ロンは苦しそうに食い縛っている。焦点が合わず、目玉がグルグルと不安定に動いているのを確認して、ルネはゴクリと唾を呑んだ。

 ロンは|《竜殺しの剣》をグッと構えて人間喰い竜と対峙した。竜は竜頭の存在を確認すると、グヘグヘと下品に笑った。


「同族殺シノ竜頭……。漸ク現レタナ……」


 人間喰い竜はロン目掛けて、人間の腕や足をぶん投げた。瓦礫と血肉が入り交じるなか、ロンはあくまで冷静に間合いを詰め、真っ二つに竜を裂いた。竜の血が大量に噴射して出来た血溜まりを、ロンは無表情に突き進んだ。

 続いてルネが戦う別の竜を背中から斬りつけて、羽をもぎ取り、足をへし折った。精彩を欠くロンの戦い方に、ルネは違和感を覚えた。


 一晩でこれだけ大量の人間喰い竜が現れた例はない。恣意的ではなく、作為的であると言わざるを得ない。

 助けたいと手を伸ばしても、それより先に竜が人間を喰い千切る。容赦などしていられない。次第にルネはロンから意識を遠ざけた。目の前の人間喰い竜を切り刻むことに集中した。


「正気デ居ラレルカ、竜頭。貴様モ結局竜ナノダロウ?」


 竜の血と人間の血が、街という街を赤く染めていく。

 人間喰い竜達は明らかに竜頭を狙っていた。竜狩り達は自らを囮にして竜の前に立ちはだかった。興奮した人間喰い竜は、竜狩りに容赦なく襲いかかる。特殊強化装甲を剥がされた人間の肌に、人間喰い竜は牙を立てた。


 一緒に戦ってきた仲間が次々に散っていく。叫び、剣を振るい、ルネは必死に抵抗した。

 人間は脆いとロンは言った。狩るか、狩られるか。その瀬戸際で、竜狩り達は半身を喰われながらも、竜の喉に剣を突き刺していた。犠牲になることを厭わない彼らの叶わぬ想いを胸に抱き、ルネは剣を振るい続けた。


 視界の奥でロンが吠えた。泣いているのか、叫んでいるのか。言葉にならない感情を全部吐き出すように、ロンは次々に人間喰い竜を斬りまくっていた。


 咆哮が闇夜に響く。


 満身創痍の状態まで動き続け、周囲に殆ど人間喰い竜が居なくなったところで、ルネは漸く顔を上げた。

 竜の死体が折り重なり、山を為したその天辺で、金色に目を光らせた一匹の黒い竜が、涎を垂らし、月を背にして殺気を振りまきルネを見ている。ボロボロになった特殊強化装甲、鈍い光を放つ《竜殺しの剣》。もう彼と会話することは出来ないのだろう。


「僕が終わらせるよ、ロン」


 躊躇しないと約束した。互いに、互いを止めるのは自分だけだと知っていた。

 ルネは特殊強化兜を放り投げ、ロンを睨んだ。











 真っ赤な鱗の竜頭が、それから数十年にわたって竜狩りを率いたというのは、有名な話――

 竜狩りは今日も剣を振るう。

 平穏に、人間と竜が暮らせる世界が訪れますように、と。



<終わり>

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