走馬灯
【残心】
宣託病院の一室に集まった人々が一人を囲んでいる。その一人、シンメンチアキが呼びかける。
「サトリ。みんな集まってくれたよ」
「父さん。俺だよ。ナツだよ。駄目だ。目を開けない。せっかく仕事を休んで来たというのに」
「お父さん。私、マフユだよ。もう私もお婆ちゃんになっちゃったけど、分かる?」
シンメンサトリは寿命を迎えようとしていた。サトリの娘マフユの夫クロオがサトリの息子ナツに言う。
「ナツの仕事は、何だった?」
「前も言ったよ。警察を定年退職した後は、ベンケイさんの警備員の仕事をさせてもらってる」
「悪い。最近忘れやすくってよ。もうすっかり爺さんだよ」
「クロオはタイガさんの道場で師範として現役だからすごいよ」
「まあな」
ゴショガワラマフユの息子コクヤがクロオに言う。
「父さん、最近腰が痛いって言ってたよね。あまり無理しないでほしい」
「おう、気をつける。それにしても、マフユに聞いたけど、ナツの家族はみんな夏に関係する名前って本当か?」
「改めて紹介するよ。僕の妻サミダレ、それから、僕の息子ウツセミ、それから、その妻のヒデリさん、それから、その一人娘のウリちゃん。一応みんな夏の季語に関係する名前だよ」
「へえ。何かの縁だな。ウリちゃんは何歳になった?」
「10歳です」
「もう10歳か。時の流れは早い。ウリちゃんがお婆ちゃんになるのもあっという間だぞ」
「え~、やだ~」
その時、サトリが呻き声を上げた。サトリの妻チアキが反応する。
「みんな!サトリが何か言った」
「え?お母さん、本当?」
「本当よ。見てて」
「……うー……まて……」
「本当だ。何か言ってる。でも何て言ってるの?」
「分からない。父さん、大きい声で言って」
「…ひなぎく」
その場にいる全員はサトリの言葉に驚く。
「サトリは夢を見ているのね。それも昔亡くなった妹の」
【昇天】
サトリは夢を見ていた。自分が大切に思う人々が次々と現れては笑顔で手を振った。サトリもそれに返すように手を振った。しかし、最後に現れた、白いワンピースを着て麦わら帽子を被った女性は手を振らずに走って行った。
「待ってくれ!」
サトリはその女性を必死に追いかけた。サトリの足は老人から若々しくなっていった。気づくと、一面の花畑の中に着いていた。
「どこだ?」
サトリが見回すと、女性は一つ向こうの道に立っていた。サトリは女性の元に着くと言った。
「はあはあ…どうして逃げるの?」
女性は一つの花を指さした。
「これは…ヒナギクだ。もしかして、これを見せるために?」
女性は頷いた。その時、風が吹き、麦わら帽子が飛んでいった。女性の顔が露わになった。
「君は…」
風はどんどん強くなって、サトリが宙に押し上げられた。
「待って!君の名前は…ヒナギクなのか?」
女性は微笑んだ。サトリの周りにはヒナギクの花びらが舞っていた。
「うわああ!!」
サトリが夢から醒め、大声を上げた。チアキがサトリに言う。
「びっくりした!サトリ、起きたのね」
「あれ…?ここは…?」
「ここは宣託病院だよ。ほら、見て。みんな集まってくれたよ」
サトリは集まった人々の顔をゆっくりと眺める。その中にいた赤ん坊を見て、サトリははっとする。
「その子が気になるみたい。近くで見せてあげてくれる?」
コクヤの妻アサヒは抱きかかえる赤ん坊をサトリに見せる。サトリは赤ん坊の頬に触れる。
赤ん坊を見てウリが言う。
「赤ちゃん、笑ってる」
「本当ね。サトリ、知ってる?この子の名前、ヒナギクちゃんよ。サトリの妹と同じ名前の」
サトリはまじまじとヒナギクを見つめる。
「マフユとクロオの子の名前は黒い夜と書いてコクヤ。コクヤとアサヒさんの子の名前は春に咲く花ヒナギク。夜が明けたら日が昇るように、冬が明けたら春が来る。明るい兆しを持つ子という意味。サトリの妹もサトリにとってそうだったように」
サトリはもう一度集まった人々を眺めた。
「みんな、ありがとう」
集まった人々が泣いた。チアキが言う。
「泣いちゃ駄目。最後は笑顔でお別れよ」
集まった人々が笑うのを見て、サトリも笑った。死の間際、サトリは赤ん坊の奥に白いワンピースの女性が見えていた。サトリは天にも昇る気もちで昇天した。