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安藤家

作者: 庵樹

私が何気無く使っていた赤いハンカチ〜母から父の手に〜そして父が使うようになり……

私が、子供の頃使っていた、沢山小さな黄色のハート柄が散りばめられた赤いハンカチ……そのお気に入りも成長とともに使わなくなっていた。 その代わり、毎朝、父に持たせるお弁当を包むハンカチとして、母が使うようになっていた。 朝、未だ手の係るやんちゃ盛りの三人の子の着替えをさせ、慌ただしさの中でも、自らもキャリアウーマンとして働いていたものだから、小綺麗に身なりを整え出掛けていく様は、娘の私から見ても、格好良く、母は私の自慢だった。 私の父と母は、若くして結婚し、父の実家を継いだという事もあった為、恐らく、二人の甘い新婚生活というものは、あまりなかったのだろうと思う。 そんな中ではあったが、毎朝父に渡す弁当包みは、一時、母が父に対する愛情を、形にできるものだったのだろう。 あの賑かだった時間から、約20年が経とうとしている。 月日とともに、両親の価値観や生活も擦れ違いをみせ、二人は何年か前に離婚をした。 そして今、それぞれのパートナーと自らの生きる意を見い出し始める年齢となった。 若い頃から、自らの人生の完璧さを追い求めてきた父は、昔から山登りを趣味としていた。 “山岳会”という仲間を持つ程、熱心に取り組んでいた事もある。 私も幼い頃は、よく父に連れられ色々な山に登っていた。 その当時は、山登りの価値等判る訳もなく、唯、“負けん気の強さ”だけで登っていたが、今、振り返れば、あの頃の体験が今の私を支えてくれている事に気付き、父には感謝をしている。 平成19年7月始め、今の父の奥さんから私宛ての手紙…封を開ければ見覚えのある布地で作られた巾着袋一つ…… 美智子さんからの手紙〜『安藤舞子様 明けそうで明けない東北の梅雨に、洗濯物を干す場所を求めて行ったり来たりで、すっかり疲れてしまう始末で御座います。お変わりなくお元気でご活躍の事と存じます。8/2夜、須賀川を出発して、お父さんがお友達と二人で二泊、山小屋で泊まりながら、穂高岳への登山に出掛けます。安達太良山と磐梯山を、私と二人で登った時も、お父さんは舞子さんのハンカチをいつも愛用しておりました。縫い付けたゴムも古くなり、見かねて、今度は私が使っておりました赤いバンダナを譲る事に致しました。登山には目印として赤い色が必要な筈で、舞子さんの小さなハンカチも、お父さんや仲間を助けていた筈だと思います。舞子さんの赤いハンカチに感謝して、手縫いで袋を作り、又、舞子さんに使って頂きたいと思います。今度は、私が譲った赤いバンダナがお父さんを守ります。。。かしこ…H19・7・31 安藤美智子』 の後、父の後妻となった美智子さんという人は、父を誰よりも愛し、大切にしてくれている人だ。 だからこそ、今回の送り物は、彼女なりの、父と私の思い出を大切にしたいという行動の表れだったのだろうと思う。 その封を開け、一通り手紙を読み終えた時、私は、美智子さんへの有難さを感じながらも、同時に強いショックを覚えた。 常にプライドを高く持ち、余り人に弱味をみせる事の無い父が、唯一、あの頃の思い出残るハンカチを、静かに持っていたという事…… 父という人柄が、変わらず今もそこにあった。 成19年9月中端、私は少し遅めの夏休みを貰い、実家のある福島に帰った。 今の母の住まいに行き、どのような反応を返してくるかな?と思いつつも、恐るおそる、母にあのハート柄の赤い巾着袋を見せた。 ……瞬時に母の表情が変わり、思いを上手く言葉にできない様子…… 私は今、此処に、この巾着袋を手にしている経緯を話し始めた。 『この巾着袋、美智子さんが私にって縫って送ってきてくれたものなんだ。お母さん、この布地、覚えてるでしょ?今でも、お父さん山登り続けてるみたいなんだ。その時は、必ずこのハンカチを持っていって使ってたみたいなんだ。縫い目がほつれてきても、使い続けてるものだから、ある時、美智子さんが、『なぜ、いつもそのハンカチを山に持っていくのですか?』と聞いたら、『これは、舞子が小さい頃使ってたものなんだ』って、答えたんだって。だけど、あまりにもこのハンカチが見すぼらしくなってきたものだから、お父さんには、新しい赤い綺麗なバンダナ、私には巾着袋を縫って『このハンカチを、又、舞子さんにお返し致します』って、送ってきたんだよ。』 一通りの説明を終え、少し、思いの荷が下ろせた気がした。 母を見ると、涙を溢していた。 『なんで、泣いてんの?』と、私は聞いた。 母は、『お父さんのあの人らしい想いに、お父さんとお母さん二人しか判らない、あの頃の思い出を、その布地を見て、思い出しちゃってさ……』『………』『あんた達、子供にも判らない二人の思い出が、そのハンカチには詰ってるんだよ。』 今、穏やかに、あの頃と父を思う心が持てるように成っていた母に、私も感動していた。 “巾着袋”と化した、ハート柄の赤いハンカチ…端には、あの頃の私のヘタクソなでっかい字で“まいこ”と書いてある。 今は、毎日の私の通勤バッグの中に……若かりし頃の、二人のラブストーリーを秘めて……



誰もが、戻れぬ時間を懐かしみながら、毎日をこなしていく……だから、私はそれを文字にしようと思った

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