伍
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「エリカ!?」
〔……〕
もしや、俺がエリカの声を聞きたがっていたのを察して声を掛けてくれたのだろうか?
ツンツンでクールなエリカだが、根は優しく真面目
な少女だ。パートナーである俺の危機に、パートナーである俺の、パートナーである俺の危機に居ても立っても居られなくなったのかもしれない。
しかし、それならば最も俺がエリカを求めているときに声を掛けてくれていた筈だ。この矛盾点はどうなる?
そこまで考えた後、答えはすぐに出た。
そうか、簡単なことだったんだ。
エリカは、とある理由により『蠱毒の蜘蛛糸』の舞台で殺し合いを始める前から孤独な人生を歩んでいた。
たった13歳の少女が、だ。
ゲームストーリーでこそ深く語られていなかったが、まともな対人経験など碌になかっただろう。まだまだ、人の温もりが恋しい年齢だったろうに。
故に、俺が彼女へ送る直接的な愛情表現に馴れていないのだろう。
「ようは、俺の言葉に照れていたのか」
はっはっは。そうか、そういうことだったのか。エリカも可愛いやつだ。知ってるけど。
ついでの結論として、あのタイミングで声を掛けてくれたのは、俺が直接話し掛けた訳ではなく、独り言のように呟いただけだから、エリカも緊張が少なく言葉を返せたのだろう。
今、俺の脳内ではツンクーからツンテレに進化したエリカが、ゲーム時代の立ち絵で恥ずかしがっている妄想が展開されていた。
ツンクーからツンテレまできたのだ、明日辺りにはツンデレに進化してもおかしくないな。
デレたらデレたで素晴らしいのだが、そこからツンテレに戻る可能性は低いだろう。ならば、残り少ないツンテレ期間を大切に愛でるか。
〔どうしよう、コイツずっとこの調子なんだけど。『綸』って全員こうなの?〕
イトって何だ?
そんな些細な事はさて置き、エリカの口振りから一つ気になった事がある。彼女はさっき、こう言った筈だ。〔ずっとこの調子〕、と。
「エリカは常に俺を見ているのか?」
エリカが俺を見始めたのは能力を貰ってからなのだろう。俺が『この調子』になったのは、世界が変わってからではない。能力を貰った直後だからだ。
彼女の口振り的に、以前の腐っていた俺を知らなそうだ。正直、情けない俺を見られなくて安堵している。今のところ嫌われてはいないようだし、ずっと『この調子』で行こう。
「こうなると、色々と考察が捗るな」
今思えば、エリカが言った〔証明して〕にヒントが隠されていたのだろう。
証明されたと判断するのは運営かエリカなのかは不明だが、少なくとも俺ではない。そして、証明さられたか判断するには俺の行動を把握するしかない。
ならばエリカか運営のどちらかが、あるいは両方が俺の行動を把握していると考えるのが自然だが、ここにきて先程のエリカのセリフが俺に一つの可能性を示唆する。
すなわち、エリカが俺の行動を把握している可能性が極めて高いということだ。それもリアルタイムで。
もしかしたら、今までは偶然見ていたタイミングで俺に口を出していたかもしれないが。よし、お願いついでに少しカマをかけてみよう。
「能力だけじゃなく、関心も俺と共にあるというのか。これは悦ばしい限りだが、エリカには常に綺麗な俺を見てほしいし、流石に……」
〔言っとくけど、頼まれたって変な時は見ないわよ〕
「ああ、やっぱり見てるんだなエリカ。一目でいい、どうか姿を見せてくれ」
〔……〕
どうやら、まだ見ていてくれたようだ。まぁ、ついさっき声を聞いてばかりだったので、あまり参考にならないかも知れないが。
それと、残念ながらエリカは俺の独り言に物申すことはあっても、会話するつもりはないらしい。いつか彼女と向かい合って互いに言葉を交わしたいものだ。
しかし朗報もあった、それはエリカが常に綺麗な俺を見てくれると言ってくれたことだ。
それはつまり、エリカが俺に気遣いをしてくれたということだ。ゲームでは最後まで誰にも心を開かず、ツンクーキャラを通していたエリカが、だ。
「これはエリカに最強を証明出来れば直接会って会話するのも夢じゃないな」
その時のエリカはツンテレだろうか、ツンデレだろうか、それとも一周回ってツンクーだろうか。
無論、エリカはエリカであるだけで愛おしく、俺の全てを賭して最強を証明する相手ではある。だが、それはそれとして、上記のエリカにはそれぞれの良さがある筈だ。
その全てを味わいたいと思うのは彼女のファンとして、パートナーとして間違っているだろうか? 否だ。
たとえ他の誰が否定しようと、俺はエリカの全てを愛すると誓う。
「いや、待てよ」
エリカの生声と自分自身の妄想により、エリカニウムを存分に補給してコンディション絶好調の脳裏に、圧倒的な閃きが疾走る。
そもそもエリカは俺に会えないと明言していないではないか。
それならば、俺が勝手にエリカの一存で会う会わないを決めていると思い込んでいただけで、もしかしたら直ぐ会えるにも関わらず俺が条件を満たしていない事により、会えていないだけではないのか。
「くっ、俺としたことがっ。こんな簡単なことに気付かなかったなんて。考えろ、考えるんだ俺」
そうして訪れる、本日二回目の閃き。
前提として俺とエリカは一心同体な訳だ。切っても切れない間柄、未来永劫ラブラブ生きることが決定付けられている存在だ。
けれど悲しいことに肉体は一つだけ、支配しているのは言うまでもなく俺だ。ならば、俺の意識が支配していない俺の肉体を用意すればエリカは現れるのではないか?
大丈夫、死にはしない。エリカの【復讐誓約】のお陰で、クールタイムを守れば死に放題なのだ。今こそスキルの検証という大義名分を掲げ、俺のエリカと触れ合うを叶える時だ。
「試しに真っ二つになってみよう。確かノコギリがこの辺に……」
〔バカなことを言ってないで意識を耳に集中しなさい。そろそろ来るわよ〕
「え?」
腰の付け根辺りから搔っ捌く直前で待ったを掛けられた。『来る』とは何のことか?
所在なさげにビロビロするノコギリを放置してエリカへ質問しようとすれば、答えは予想外の形で示された。
〘聞こえるかな? 私は神だ〙
それはノイズ混じりのオッサンボイスだった。
◆デパート最上階 ???サイド
「ひっく……ぐすんっ……」
映画館に女性の泣き声が響く。
デパートの開店直前、突如として化物が現れたので一緒に逃げて来た人のものだ。
立て籠もり場所をここにしたことに、深い意味はない。ただ逃げ続けた果に辿り着いたというだけだ。
「泣くなよ、大丈夫だ」
私と共に、外を警戒していた同僚が泣いている女性の元へ向かう。
二人は付き合っているので駆け寄りたい気持ちは分からないでもないが、持ち場を離れる時は一言欲しいと思うのは私の心が狭いのだろうか。
イライラする私を他所に二人の会話はまだ続く。
「大丈夫じゃないよっ! だって、みんなグチャグチャになって食べられたんだよっ! 私、あんな死に方やだよ」
「大丈夫だから、絶対に俺がなんとかするか安心しろって」
そう言う同僚の声は言葉と裏腹に焦りと怯えが滲んでいる。それはそうだろう、ここにいるのは化け物に見つからないためだ。それなのに化け物を刺激するようなヒステリーを起こしている。
少し奥に行ったところにある映画上映室ならばともかく、自動ドア付近のここに防音性などほとんどない。
こんなところで泣き叫ぶなんて馬鹿か? 馬鹿なのか? 泣きたいのは私の方だし、何とか出来るならやってみろってんだ。
こいつら二人を囮にして逃げられないかな?
化物が現れただけでも絶望的だと言うのに、挙げ句の果てにはスマホは圏外で固定電話も繋がらない。何時から、この世は地獄になったのだろうか。
「誰か助けてよ」
思わず呟く。世の中そんなに甘くないことは分かっているが、自身の力では覆せない理不尽を目の当たりにして弱音が漏れたのだ。
私も随分と弱気になったなと自重していると、潰えそうになっていた希望を乗せた言葉が聞こえた。
〘聞こえるかな? 私は神だ〙
読んで下さって、ありがとうございました!
次話は0時過ぎに投稿予定です。
下記に別の連載作品のリンクがあるので、読んで下さるとありがたいです!