参拾壱
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◆『姉』side
どうして、こんなことに。
それが『姉』の嘘偽りない心情だった。
彼女はただ、最愛の妹と一緒に居たかっただけなのだ。自身が眠りにつく前、毎日のように交わした約束を護るために。
だが、この現状は何だ。
目覚めれば妹は錯乱しており、犯人を自称する男に力負けし、妹への攻撃を許してしまった。果ては妹の言っていた、「寂しい」という言葉には胸が張り裂けそうだ。
口惜しいとは、まさにこの事。後悔と怒りで気が狂いそうになる。どうして、かつての自分は生首でも約束を護っていられてると勘違いしたのだろうか。
「ァァ……ァネウエノ……」
血を吐くような想いで過去の自分と目の前の男を呪っていると、叫び疲れたように黙っていた妹が再び口を開く。
今度は、ちゃんと自分へ向けられた言葉のようだ。相変わらず焦点が合ってない事と全身が紅く染まっている事が気掛かりだが、贅沢は言えない。妹なら、きっと大丈夫だと信じようと思う。
「良かった、話せるようになったのね」
叫び疲れていたのだろう。大きく叫んだ後、ぐったりしながら、うめき声を漏らすだけだった妹が再び喋り始めた事を喜ぶ。内心の不安を押し殺しながら。
聞き間違えでなければ、妹は「姉上の」と言っていた。恐らく、自分に伝えたい事があるのだろう。そして伝えたいという事は『姉』を認識してくれてる筈だ。
あの甘えん坊な妹の事だ、きっと泣き言を言いながら抱き着いて離れなくなるに違いない。そしたら、これまで出来なかった分まで目一杯、甘やかしてやろう。自分に出来るのは、それしかないのだから。
さぁ、言ってごらん。お姉ちゃんが来ましたよ、だから昔のように可愛らしい笑顔を見せて。貴方が笑顔なら、お姉ちゃんはなんだって出来るから。
久しく見ていなかった妹の笑顔を祈る『姉』。リコリスは虚ろな視線を漂わせるとスゥッと大きく息を吸って、言葉の続きを発した。
「アネウエノ………ウソツキィィィィィッ!!!」
聞いたこともないような妹の悲哀と憎悪に満ちた言葉。その罵倒が他でもない、自分へ向けられてるのだと知った『姉』は一瞬フリーズした後、やがて現実から逃避するように目を瞑り、耳を塞ぐと──
「イヤァァァァッ!!」
絶望のあまりに心を閉ざした。自分は出来る限りの手を尽くしても妹が正気に戻れなかったから。そして、そんな状態だからこそ聞けた妹の本心が自分への憎しみだと知ってしまったから。
夢なら醒めてよ。あの『神』は私達を苦しめ続けて何がしたいの?
「あはははははははっ」
暗転する意識、悪魔が嗤い声が聞こえた。
◆ルーベンside
「あはははははははっ」
俺は敵に囲まれているというのに、腹を抱えて蹲る。ダメージを受けたからではない、目の前の悲劇が思っていた以上に出来が良かったからだ。
エリカの『能力』で強化されてなければ、腹筋が崩壊していたと確信する笑いが提供され、人目も憚らず笑いと涙を垂れ流す。
しかし、何時までも笑ってる訳にはいかない。苦労の末に、なんとか笑いが抑えた俺は姉妹とどうやって戦うか悩んだ。
と、言うのも。
「アネウエ、アネウェ……」
「ふふふっ。さぁリコリス、ご飯の時間よ……」
二人共、壊れてしまったからだ。しかもローテンションに。今さらだが、ボスキャラと言えどメンタルは人間と大差ないのだろう。リコリスは大分粘ったと思うが、『姉』はアッサリと壊れたからな。
俺が最強を『証明』するために、姉妹には生きてる限り俺と戦ってほしいのだが、困ったものだ。
「アネウエ、イタイヨ……」
「あっ、忘れてた」
俺は何を暢気にしていたのだ。リコリスの敵キャラ時専用スキルである【紅涙に沈む】は尋常ではないでデメリットがあるのを忘れていた。
それは毎ターン最大HPを1%削減だ。
仮に1%ダメージなら大した問題ではないが、この場合は最大HPそのものを減らすのでリコリスお得意のパッシブスキルで回復することも出来ない。『姉』が、どれだけ回復に優れていても関係ないのだ。
そして、このまま放置すればリコリスは勝手に死ぬ。俺と会う前だったら何とも思わなかったのだがエリカに倒すと宣言し、リコリスへの恨みを持った今は俺に殺される以外の死に方をされては困る。エリカに嘘を吐いたことになってしまうからだ。
それは不味い、楽しい楽しい戦いが出来なくなるのも不味いが、そんな事はどうでもよくなるレベルで不味い。考えろ、考えるんだ俺!
〔随分と面白い顔してるじゃない。私を最強だって証明出来そうかしら?〕
「うぐっ。勿論だ、エリカに対して裏切りは無い」
〔私、誰かの戦いに口を出さない主義なの。遊びじゃなくて、割と本気で戦ってたみたいだから黙ってて上げたけど、もう終わりみたいだし別にいいわよね?〕
「待ってくれ、確かに今は戦ってないが何とかする!」
顔が見えなくとも楽しげにニヤニヤしてると伝わるエリカの声で俺に火が点く。元より後には引かないつもりだったが、これで思考停止による立ち止まりさえ出来なくなった。
注入されたエリカニウムを糧に燃え上がっていると、ふと疑問に思う。もしや、エリカは俺の扱い方に慣れてきてるのではなかろうか?
世の男性は嫁に尻に敷かれる事を嘆く者は多いが俺は大歓迎である。いつの日か、物理的に尻に敷かれたいものだな。
そうしてリラックスすると視野が広がり今まで視えてきた。
何も俺が二人の精神をケアしてやる必要はないのだ。二人が万全か、それ以上のコンディションで俺と戦ってくれさえすれば問題ないのだから。
『姉』の方は、ある意味簡単だろう。未だに自失してる彼女は、それでもリコリスを気に掛け世話を焼いていた。まぁ、姉妹の会話は噛み合っていないが。
恐らく、理想のリコリスの幻覚でも見てるのだろう。リコリスが釣れれば『姉』とも戦えると思われる。
対してリコリスは『姉』を認識出来ていない。それどころか俺や、下手をすれば腐肉戦士すらも。だが、認識していなくても「アネウエ」と繰り返している事から、彼女もまた『姉』に執着を持ち続けているのだと分かる。
そうだとすれば、自ずと答えは出てくる。リコリスがああなる前から『姉』だと認識してる何かを使って、俺と戦うように誘導すればいいのだ。あの時のように。
「エリカありがとう!」
〔知らないわよ。早く行きなさい、このバカ〕
エリカの罵倒に背を押されて、俺はリコリスへ手を伸ばして目当ての物を掴み取る。それは、リコリスが後生大事に抱えていた抜け殻の杖だ。
変化は劇的、あれほど求めていた最愛の姉を見ようと宙を彷徨うだけだった視線が、俺を捉えて離さない。これは大当たりだ。
「ルーベンッ! また……また、貴様かっ!!!」
「おはようリコリス。時間がないから巻で行くぞ」
やはり彼女の瞳は『姉』を移さないが、思った通り『姉』の方はリコリスが敵と認識した俺を敵認定したようだ。流石はエリカの助けを得て出された答えだ。エリカありがとう。エリカ万歳。
「殺せぇぇぇぇぇっ!!!」
「あははははははっ!!!」
リコリスの号令の下、一斉砲火された【自爆】と『姉』の範囲攻撃。俺は【同胞渇望】により現れた蛇の中で嗤いながら突撃した。
読んで下さって、ありがとうございました!
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