参拾
読んで下さってありがとうございます!
◆ルーベンside
「犯人は俺だ!」
リコリスの『姉』である、空飛ぶ生首の質問に答える。トドメは謎の玉だったが、それ以外は俺(と、俺が原因だとリコリスが言い張るもの)なので問題ないだろう。
不意打ちをしないというのはリコリスだけでなく、その姉にも適用する。『姉』もリコリス一味の一人だからだ。
「お前かぁぁぁっ!」
彼女は杖本体と自身の生首を分離すると急速に体を再生させ、翠光を纏う手で殴り掛かってきた。
リコリスの姉ならばコイツも貴族だろうに戦闘方法がステゴロとは、一体どんな教育をされたのか気になるところだ。
「いや、教育は禄に受けてなかったな」
何せ彼女らは幼少の折、生来の趣味が原因で勘当されているのだから。『姉』の翠拳を避けながら、そんなどうでもいい事を考える。
しかし、硬いな。隙を見て軽く斬りつけた俺の感想だ。
今の俺はATKは未強化時の五倍はある。ただでさえ、ゲーム中最高クラスのATKを持つエリカの火力だというのに、それだけ強化されればスキルを使わない通常攻撃でさえ、並のURのスキル攻撃に匹敵する火力が出る。
だと言うのに、『姉』はまるで効いてる素振りはない。一応傷はつけられるのだが、僅かについた傷もパッシブスキルであろう回復力に治されてしまった。
流石は未実装だったとはいえ、後半ボスキャラと言ったところか。まだ喰らっていないが、翠拳も受けたら手酷いダメージがあるのだろう。いくら何でも理不尽に過ぎる。
「あはっ、あはははははははっ!」
でも、それが楽しい。
通常攻撃でもダメージを与えられるなら、スキルを使えば効果的なダメージが期待できる。それだけの火力が出るのはバカみたいに多い腐肉戦士のお陰だ。
俺には敵が増えるほどATKが上昇するパッシブスキルがあるので、こうして明らかに単騎で戦うべきでない敵と戦えているのだ。その点は感謝だな。
「おい、リコリス! 折角姉上が来たんだから、お前もこっちに来いよ!」
『姉』が出てきてからリコリスは発狂したように奇声を上げながら、のたうち回っていた。彼女は黒い水晶を呑んだことにより、意識を失うほどの何かがあったのだ。
だから、普通に考えて仕方ない事かもしれない。リコリスにとっては『姉の近くにいる』より、苦痛を嘆く方が重要なのだろう。
「ぁぁぁぁうぇぇぇっ!」
「あん?」
ただ悲鳴を上げてるだけだと思っていたリコリスの声に違和感を覚えた。相変わらず床をのたうち回っており、その姿は普通のか弱い少女にしか見えない。俺の気の所為か?
「ねうぇぇぇぇっ!」
「おっ」
どうやら俺の気の所為は気の所為だったようだ。リコリスの心は生きているし、願いも諦めていない。つまり、まだ戦えるということだ。明らかに強化かれた今のリコリスと。
「死ねクソ野郎!!」
目覚めの一発で【絶対制裁】でも当ててやろうと思い斬りかかれば瓦礫の山に蹴り飛ばしていた筈の『姉』が襲ってくる。まだ、二秒と経過してないのに、凄まじい姉妹愛っぷりだ。
今までの攻撃は翠色に光る拳だけだったと言うのに、妹へ敵が近寄った途端、範囲攻撃を放ってきた。
『姉』を中心に広がる翠色の粒子はリコリスの命令がくるまで待機していた腐肉戦士にもダメージを与えて俺へ迫ってくる。だが、無防備に受けるつもりはない。
「お前が死ね!」
子供の言い合いのような言葉と共に【同胞渇望】を放つ。
見たところ『姉』の範囲攻撃は【同胞渇望】と同じく、物質には干渉しない生物(?)のみにダメージを与えるスキルだ。ならば、俺も【同胞渇望】を放てば相殺できるのではないかと考えた。
迫り合う黒と翠。互いに気体のような見た目をしてるというのに、その競り合いは凄まじいく大気が揺れるような錯覚に陥る。
「っ!」
やがて黒き蛇が温かな翠を食い破り、そのまま『姉』へ牙を剥いた。
正直、この結果は想像以上だった。
本来の性能を考えればぶっ壊れと言っても過言ではないほど強化された【同胞渇望】は未実装ボスである『姉』の攻撃を相殺に留まらず、撃ち破ってダメージを与えた。
しかし、敵も見事なものだと思う。『姉』として矜持なのか不意を突かれたであろう攻撃でも、悲鳴を噛み殺し妹を背に庇ってるのだから。
まぁ、そんなものは──
「ア゛ァァァァァァッ!!」
無駄なんだけどな。
過去一の絶叫、もはや断末魔の如き声を上げるリコリスを尻目に俺は『姉』を嘲笑する。【同胞渇望】は不思議なスキルで、物理的には干渉出来ないにも関わらず、向こうからは干渉されるのだから。
さて、意図せずに当初の目的である目覚めの一発を叩き込めた訳だがリコリスはどうなるか。
「えっ!? リコリスッ!!」
む? 『姉』がリコリスの方へ行ってしまった。
しかも残念なことに、今までは怒り狂いながらも人語を解していた『姉』までも正気か少し怪しい。ついでにリコリスも気を失った。おいおい、こんな消化不良で終わるのは嫌だぞ。
最悪、逃げられるかもしれない。それならば逃げ道を塞ごうと、殆ど原型がない扉へと向かえば『姉』の献身的な看病によりリコリスが目覚めた。おお、しぶとい。
爆発的に増えた腐肉戦士の影響で、リコリスが最初に食らった時よりダメージが増えてる筈だがリコリスは耐えきった。素晴らしいことだ。
「よかったな、妹さん生きてて。じゃあ続きをやろうか、もちろん妹も一緒にな」
「貴様……」
先程までの怒りに染まった燃えるような視線ではなく、暗く濁った怨念を込めて見詰めてくる『姉』。リコリスは目覚めたと言っても、動けないどころか口もきけない程に弱っている様子だ。
けれど、戦闘には支障は少ないだろう。生きてればスキルは使えるだろうし、『姉』が居る今はリコリスが動く意味も薄いので構わない。
「……ァネウェ」
「リコリス、気が付いたのね。守れなくて本当にごめんなさい」
まだ焦点の定まらないリコリスが『姉』を呼ぶ。それが余程、嬉しかったのだろう。俺へ向けていた濁った目付きは瞬く間に消え去り慈愛に満ちた目でリコリスを見つめていた。
ちくしょう、この感動の再開が終わるまで待たなきゃいけないのかよ。
「ァネウエ……」
「なぁに? 私はここよ」
まだかな、まだかな、と待ち続ける。いっそのこと、二人のやり取りを横槍を入れたい衝動に駆られるが、それで二人が戦闘時のパフォーマンスを落としてしまえば本末転倒だ。万全の状態で戦いたい。
他に出来る事と言えば、リコリスが願いが叶った事により、燃え尽き症候群のようになっていない事を祈るばかりだ。
「アネヴェ、アネウエ」
「り、リコリス、どうしたの? 何でもお姉ちゃんに話してごらんなさい」
「ァネウェ……」
「私の目を見てリコリス。大丈夫だから、もう泣かないで!」
あまりにも暇で暇で仕方なかったので、壁にエリカの似顔絵を描いていると姉妹の会話が少し不穏な方向へ流れてることに気付く。
不穏な《面白い》方向に、だ。
「アネウエ……ドコ……」
「私はちゃんと居るわ。ほら、おてて握って上げる。昔みたいで楽しいわね?」
「ワラワ……ヒトリハヤダ……」
「もう貴方は一人じゃないわ、私とずっと一緒にいましょう。お願いだから、私とお話……」
「アネウ……エアネヴエアネゥエァネウエアネウェアネウエアネウエアネウエアネウエアネウエアネウエアネウエアネウエアネウエアネウエアネウエアネウエアネウエアネウエアネウエア゛ア゛ア゛ネ゛ネ゛ネ゛ウ゛ウ゛ウ゛エ゛エ゛エ゛ェァァァァァァッ!!」
「リコリス! リコリス! 落ち着きなさい! 傷はもう治ってるわ、痛い事なんて何もないの! だから正気に戻って!」
はははっ。リコリスめ、燃え尽きるどころか燃え上がってるな。それもそうか、なにせリコリスは『姉』を認識出来てないみたいだからな。
少し哀れだとも思うが、それ以上に復讐対象の不幸が愉快だという気持ちの方が強い。つまり、この場において唯一幸福感を感じてるのは俺だけだ。エリカ万歳。
どう見ても気が狂っているようにしか見えないリコリスに『姉』は懸命に話し掛ける。彼女の目には、すでに俺など映していない。
クライマックスは間近だろう。
読んで下さって、ありがとうございました!
そろそろ一章が終わります。
その後は、一旦完結にして二章が仕上がり次第再投稿します。
下記に別の連載作品のリンクがあるので、読んで下さるとありがたいです!