弐拾肆
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◆リコリスside
新装備を手に入れ、ルンルン気分で帰ってきたリコリスを待っていたのは固く扉の閉ざされた自身の祭壇だった。
訳がわからない。あの扉は、そこらの人間や魔物に動かせる重量ではないからだ。それは、かつて非力であった自身が魔法で強化せねば開け閉め出来なかったことが証明している。
もしや、いつの間にか生まれた腐肉戦士が勝手に帰って勝手に閉めたのか? もちろん、そんな事はありえない。そもそも腐肉戦士に、そこまでの知能がないからだ。
ならば、誰がやったのだ。ここの祭壇は自身と腐肉戦士しか知らぬ筈、他に考えられなかった。
「おおーい、開けるのじゃ。ここは妾の祭壇ぞ!」
もしや空き巣か? ここには盗る物など何もないぞ! そんな風に呼び掛けていると扉が開かれる。
やはり勝手に帰った腐肉戦士じゃったか。自身の指示を聞くと言う事は、そうなのだろう。どう叱ってやろうかと考えながら出てくるのを待つ。
「はいはーい、どちら様ですか?」
「ぬおっ、誰じゃ!?」
現れたのは見知らぬ男だ。愛想は良さそうだが、それは不法占拠を許す理由にはならない。
ガツンと言ってやらねばと息を巻けば、男はリコリスの態度を心底不思議だと言わんばかりに平然と言葉を返す。
「? 初めまして、ルーベン・デュラと申します。以後お見知り置きを」
「ああ、これはご丁寧にどうもなのじゃ。妾はリコリスと申す、性は訳あって名乗れぬが許すがよい」
随分と丁寧に挨拶をされた。
あれ? これ妾が家を間違えちゃった『ぱたーん』かのぅ? 心配になったリコリスが真偽を見極めんと扉の内を見てみれば、見覚えのない内装が広がっている。
吸い込まれそうなほどに純粋な黒が部屋中に塗られており、最低限の家具を除けば中央に剣が飾ってある以外に何もない質素な部屋だった。こんな部屋は知らない、どうやら帰る場所を間違えたようだった。
「ああ、すまんのぅ。間違えたようじゃ、許せ」
「大丈夫ですよー」
よく見れば『デュラ』と表札が出ているではないか。妾のうっかりさん♪
後で、ご近所付き合いの品として『いんてりあ』でも持って行ってやるかと踵を返すと偶然見えた、見覚えのある……作り覚えのある『いんてりあ』が見える。
なぜ、これがここに? いや、そう言えば扉は妾の祭壇と似ておるのぅ、もはや瓜二つじゃ。
頭が「?」で埋め尽くされてフリーズしていると、先程の男が、再度出てくる。
「ちょっと、ごめんなさいねー」
「お、おお。こちらこそ、すまぬな」
「いやー、そう言えば扉だけ塗料を塗り忘れちゃってたんですよ。未完成の自宅でお恥ずかしい限りです」
「そんなことはない。これはこれで立派な扉じゃろう」
「そう言って頂けると嬉しい限りです」
うむ、やはり人間は謙虚が一番じゃな。はて、何か重要な事を考えていた気もするが忘れてしまった。
まぁ、いい。本当に重要な事なら思い出すじゃろう、とリコリスは思考を放棄した。
「しかし、見事な黒じゃのぅ。妾の魔導色である紫には劣るが、ある種の特化された『美』というものを感じる。どれ、妾にも少し分けて貰えぬか」
「あ〜、ごめんなさいリコリスさん。実はコレ貰い物なので人にあげられる程、持ってなくて……」
「そういう事なら仕方ない。妾こそ無理を言ったな」
会話してる間にもペタペタと塗り替えられていく自身の祭壇とそっくりな扉。
慣れたものじゃのー、と彼の手際を感心していると目の前のルーベンがこちらを向く。
「あっ、そうだリコリスさん。『ゆるふわ』という人をご存知ないですか?」
「『ゆるふわ』とな? 妾は知らんがどんなヤツじゃ?」
頭の悪そうな名前じゃのぅ、と思うが彼の友人であったりすれば気を悪くするだろう。最初に迷惑を掛けた負い目もあるし、知ってること位なら話してやるかと協力的な姿勢をみせてやる。
「そうですねー。自分自身が大好きな相手のお姉さんを気持ち悪いと言うようなクソ女です」
「なんじゃ、それは。もはや、ぶち殺されても文句は言えん程の糞女じゃ」
それはリコリスからすれば、絶対に許せない存在であった。たとえ自身に関わりのない人間関係であったとしても『姉』という存在への冒涜は許せるものではなくい。
最悪、リコリスの姉も被害に遭うかもしれない。それだけは避けなければならなかった。
「でしょう。しかも、その大好きな相手にとってお姉さんは何者にも代えられない大切な存在らしいんですよ。許せないですよね」
「まったくじゃな。よし、見つけたらお主に伝えるとしよう」
処刑確定じゃ。
幸運な事にルーベンの口振りから『ゆるふわ』との仲は好ましくないのだろう。これなら発見時に偶然死んでいたとしても、彼が嘆くことはない筈だ。
「ええ、お願いします。『ゆるふわ』が生きているなら我々夫婦の力で盛大に饗したいので」
予定変更、摘まみ食いに留めるとする。せっかく見つけた好ましい相手の獲物を奪うのは気が引けるからのぅ。
「では、妾は帰るとする。達者でな、ルーベン」
「さようならリコリスさん。また、お会いしましょう」
「うむ、その時は是非に妻殿にも会わせてくれ」
「はい! 妻は照れ屋ですが、必ず説得してみせます」
そのやり取りを最後に『デュラ家』を後にする。久しぶりに、本当に久しぶりに好ましい人間に出会ったと思う。
「妾が禁忌の魔導を使うと知った時あの夫婦は……いや、せめてルーベンだけでも仲良くし続けて欲しいものじゃ」
これまで出会った人間は姉を除く家族を含め、全てリコリスの趣味か使用する魔導を知ると離れて行った。
自宅に、あの狂気的な黒を使っている事から自身の趣味は受け容れてもらえると思うが禁忌の魔導、反魂の術については分からない。
これに関しては、あまりに冒涜的な術でありリコリス最愛の姉上ですら受け容れてくれるか不明なのだから。
きっと大丈夫じゃ、そう思う自分もいるがリコリスは『姉上』本人ではないのだから分からない。しかし、たとえ『姉上』に受け容れられず嫌われたとしても後悔はないだろう。
姉の復活は好きでやっている事であり、誰かに好かれたり褒められたりするために、やっている訳ではないのだから。
「まっ、好かれるに越したことはないのじゃがな」
自身が好ましく思ってる相手限定だが。
と、そうこうしてる間に自身の手で破壊した階段まで辿り着く。
見張りとして置いた腐肉戦士が相も変わらぬ無表情で立っているのを眺めていると、直前の自身の思考に不審な点を発見する。
「ここって妾が壊した階段じゃよな?」
そう、この階段はリコリスが祭壇から出たときに勢い余って破壊した階段である。祭壇から出た直後にあった階段だ。そして思い出す、扉の前に転がっていた数々の『インテリア』。
つまり、さっきの『デュラ』家は──
「やっぱり、ルーベンは嫌いじゃーっ!」
すでに黒を塗り終えて閉ざされた扉へとリコリスは突撃した。野郎、ぶっ殺してやるのじゃ。
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下記に別の連載作品のリンクがあるので、読んで下さるとありがたいです!