拾弐
読んで下さってありがとうございます!
◆ルーベンside
ピチュン、ピチュン。
部屋に飾った腸から滴る水音で目覚める。
寝ぼけ眼で辺りを見渡せば、そこには大きめのベッド、シーツに残る赤い染み、手の中には最愛の相手(の持ち物)。
「なるほど、これが朝チュンか」
〔違う!〕
おおっ、エリカの夢を見て、目覚めたらエリカ(の持ち物)と触れ合っていて、さらにエリカの声が聞けるとは今日は良い一日になりそうだ。
機嫌がよく部屋を見渡せば、多少変色していても昨日とあまり変らない内装だった。うむ、善き哉。
「おはようエリカ、いい朝だね」
朝から声を掛けてくれて、ありがとう。そんな気持ちを込めてエリカに挨拶をする。
本来なら直接言いたいところだが、昨日確認した通りエリカは照れ屋だ。そんな事をしても困らせてしまうだけだろう。
ならば、エリカが俺に慣れてくれるまで待つだけさ。これも甲斐性だろう。だから、例のごとく俺の呼び掛けに無反応でも悲しくなんてない(泣)。
「あっ、しまった」
目から零れる汗を拭っていると昨日の自分の愚かさに気付く。
偶然、今回は大丈夫だったが血の匂いに引き寄せられた魔物に部屋を荒らされる恐れがあった。俺の努力の結晶を、だ。
いくら体にダメージを受けないとは言え、気を抜いて可能性そのものを考えてなかったのは不味い、反省しよう。
今回荒らされなかった理由は、デパートのそこら中で血の匂いが充満していて特に気にされなかったとかだろうか? 石像とゾンビ共に嗅覚が備わっているのかは疑問だが。
〔……ルーベン、何処から何処まで見たのか答えなさい〕
せめて、次からはカーテンを閉めて扉に簡易バリケードでも作るかと考えていると、エリカから質問された。
今までの俺を突き放すようだった声音とは違い、決して逃げることは許さないと言外に伝わってくる緊張と威圧を孕んだ声で。
ここで言葉を間違えれば、俺達の関係は崩壊する。そんな予感が過ぎるほどエリカは強い口調だった。
一瞬、嫉妬心から昨日のクソアマの裸をどこまで見たのかを聞きたいのかと思ったが、それなら昨日エリカも把握しているだろう(そうなら萌え死ぬ)。
仮に何かの事情で把握していなかったにしろ、薬局に行った段階で俺は『裏切り』の誤解を解くため、やることを事前に説明していた。お咎めがあるのなら、その時に受けてなければおかしい。
故に、これはあり得ない。
ならば、エリカが他に気にするような事がある筈だ。けれど分からない、もしかして【阿鼻決別】を抱き枕にしながら視姦した事か? やばい、有り得るかも。
思考が迷走し始めた時、ある可能性に思い至る。
いや、むしろこれしか考えられない。かなり荒唐無稽な話だがゲーム時代のエリカの振る舞いと、今のタイミング的に、そうなのだろう。
もうエリカをかなり待たせてしまっている、俺に迷っている時間などなかった。
たとえ馬鹿な事を言ってエリカに怒られるよりも、何も答えられず呆れられる方が嫌だ。その一心で重くなった唇を無理矢理動かす。
「井戸で磔にされてるところから、蛇に喰われたところまで」
俺は寝ている時に見た夢の事を話した。
普通に考えればエリカが俺の見た夢を知ってる筈がないので「ふざけるな」と一喝される内容だ。しかし、今の世界は『ふざけてる』内容が実現された世界だ。可能性を完全に否定することは出来ない。
それに俺は自分で言ったではないか、「俺とエリカは一心同体」だと。他の誰が相手でも否定しただろうが、エリカならば有り得る。
何故ならエリカが見せたくないと思ったとしても、無意識の俺が求めてしまうからだ。彼女の過去を。
〔やっぱり、そうだったのね〕
俺に、そう言葉を返すとエリカは沈黙した。
あれだけ求めていたエリカとの初会話は重苦しい空気のまま幕を閉じた。
◆
『地雷』をご存知だろうか。
兵器としての物理的な地雷ではない、比喩表現として個人ごとの踏み込んでほしくない領域の方の『地雷』だ。
『地雷』を踏まれた側の対処は大きく分けて二つあると思う。
一つ目は踏んだ相手と戦うこと。自身のマイルールを侵した罪人に対し「見るな」「知るな」「探るな」と口撃、攻撃を問わず行い相手を排除することだ。
二つ目は戦わないこと。利益、諦観、優しさ、迷い、様々な理由があるだろうが、マイルールを侵した相手を許容し、その場を明け渡すことだ。稀に自身のマイルールそのものを曲げ戦略的撤退を成し遂げる者もいるが、それは殆ど敗北を認めているようなものだと思う。
そう、二つ目の理由は敗北しているのだ。自身の定めた在り方を歪め、個性を削り、量産品への道を進む、そんな選択肢。
別に量産品が悪い訳ではない。自分が生きやすいように行動するのは当然だと思うし、『流行』という大きな流れに身を任せる安心感も知ってる。それらのためならば、大切な物の一つや二つを捨てても安いものだという人も多いだろう。
だが、極稀にマイルールを捨てられず、一つめの選択肢を選び続ける人間がいる。
それが、社会不適合者だ。俺達は他人から見ればガラクタにしか思えない『大切な何か』を後生大事に抱え、時に命すら掛けてそれを護る。
代わりがあるなら、そんなことはしない。そんなモノは存在せず、存在させないのが俺達である。
俺で例えるなら、仮に俺が死んでもエリカを守る代わりはあるだろう、でも俺にとって護るべき対象はエリカ以外に存在しない。護るべき対象が欲しいからエリカを護っている訳ではなく、エリカだから守っているのだ。
「そして、エリカも社会不適合者だ」
恐らく、俺が見た夢はエリカの過去だったのだろう。何故分かったかと言うと、ゲームストーリーでエリカの過去を聞いたキャラに対し同じような対応をしていたからだ。
そして過去の話こそエリカにとっての『地雷』。それなのに、エリカは俺を特に咎めることなく引いた。これは異常事態だ、ゲーム時代を考えれば有り得ないと断言したいほどの。
何故、エリカの過去を見れたのか理由は分からないが、不快にさせたのだから出来る事なら謝りたい。しかし、それはエリカに対する侮辱だろう。
どんな経緯であれ彼女が許容した事を、『地雷』を踏んだ罪人の価値観で否定し、遠回しとは言え彼女の対応が間違っていたと認めろ、と迫るなど出来るはずもない。
そんな事をすれば、今の不安定なエリカではどうなってしまうか分からないからだ。
下手をすれば、そのまま間違っていたと思ってしまい、彼女は全ての信条を折ってしまうかもしれない。一つ折れればドミノ倒しになるなど何事においても珍しくないのだから。
そうなれば、今のエリカの心を殺すに等しい行為となる。俺の愛した今までのエリカを。そんなことは断じて出来ない。
俺が生きる理由はエリカへ愛を『証明』すること、本来ならゲーム時代からの目標である最強を『証明』することで愛の『証明』としたかったが、仕方ない。
「覚悟を決めよう」
これはエリカの『大切なもの』を護る為だけではない、俺自身の『大切なもの』を護る為の覚悟だ。
俺が何の覚悟を決めたか?
簡単だ。俺の心が許容できないエリカに嫌われる事の覚悟を決めたのだ。
俺は心の死すら受け入れ、この覚悟を『証明』の一つとしよう。今回、エリカが『迷った』理由を聞き出し、その原因を取り除く。
俺がエリカに誓った『裏切らない』という言葉を護り抜く為に。俺の全てはエリカの為に。
「なんだ、いつも通りじゃないか」
違うのは俺の心への被害も勘定に入れてる事だけ、何も問題はない。むしろ、今まで足りなかった覚悟を決めた事で、より良いものへ仕上がったのではなかろうか?
ならば進める。俺は俺の『大切なもの』を折らないままに。
「オァァァッ」
その時、中央に吊るした『飾り』が大きく咆えた。
読んで下さって、ありがとうございました!
次話は14時過ぎを予定してます。
下記に別の連載作品のリンクがあるので、読んで下さるとありがたいです!