閑話
時は少し遡る。羽島美鳥は、慣れ親しんだ土門家で、ちゃぶ台にバァンと両手を叩きつけた。ちゃぶ台の上で湯呑が揺れる。
「幸ちゃん! 聞いてよ、あの男。ほんっと最低なんだけど!」
「聞いてる、聞いてる。だからうちのちゃぶ台壊さないで」
美鳥よりちゃぶ台の心配をされた気がして、美鳥は目を吊り上げ、幸太郎を睨めつけた。いつも通り、顔の半ばまでを覆う前髪。せっかく整った顔をしているのにもったいない、と思うが、これはこれで可愛く思えるのは、惚れた欲目だろうか。
それなのに、彼に向けて他の男の話をしている自分が、ほんとうに馬鹿らしく感じるけれど──。
最初は、幸太郎の気を惹きたかっただけだった。
「山田くんに告白されちゃって、保留にしてるんだ。幸ちゃんはどう思う?」
いたずらっぽく笑ってみせた。幸太郎も、美鳥を好いていると信じて疑っていなかった。止めてくれると思っていた。でも、幸太郎は、真剣な顔で言ったのだ。
「それで美鳥ちゃんが幸せなら、僕は良いと思う」
──それで、やけっぱちになったのが始まり。
以降、好きでもない男に告白されてつきあっては別れての繰り返し。我ながら、何をしてるんだと思う。いつかは言うのだ。
「こうなったらもう、幸ちゃんと付き合っちゃおうかな」
って。でも、まだ幼馴染の関係を崩す、その勇気が出ないだけで──。
そんなわけで今日も、美鳥は幸太郎に他の男の愚痴を言い募るのだった。
「デートでどこに連れて行かれたと思う? パチ屋よ、パチ屋! お気に入りの服に煙草の匂いが染み付いちゃったし、信じらんない!」
「それはひどいね」
幸太郎はのんびりと茶を啜っている。
「しかもよ。『絶対負けを取り返すから、金貸してくれ』って言うのよ!? 冗談じゃない。別れるって言ってやったわ。なのにしつこいのなんのって、『別れるなら慰謝料寄越せ』って、ただギャンブル代がほしいだけじゃない!」
その時ちょうど、LINEの着信が鳴った。見れば、やっぱり昨日別れたばかりの元カレだ。
美鳥の表情が曇ったのに気づいたのだろう。幸太郎が真剣な顔になった。
「どうしたの?」
「……今、私の家の前に来てるって……」
どうしよう。今日はおじいちゃんが老人会の慰安旅行に行っていて留守だ。LINEには『痛い目に遭いたくなかったら、慰謝料用意しとけよ』と脅すような文句も書いてあって、さすがにちょっと帰るのが怖い。
「美鳥ちゃん。LINE、見せて」
「え」
「いいから」
幸太郎は時々こうして、妙に迫力のある声音を出す時がある。美鳥は素直にスマートフォンを幸太郎に渡した。幸太郎はその文面を見て、眉を顰める。そして、湯呑をちゃぶ台に置いて、立ち上がった。
「行こうか」
「え?」
「美鳥ちゃんち。僕も一緒に行くよ。──話をつけよう」
普段は、ちょっと人から話しかけられるだけで、ビクビクオドオドするくせに。幸太郎は時々、妙な強さを見せる時があって──それは、ほとんどが美鳥を守るためのときで。
そんなところがやっぱり好きだ、と美鳥は思うのだった。