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鬼森三兄妹

 翌日の仕事は、他社との合同業務だった。別に、珍しいことじゃない。妖怪退治人は、それぞれに得意分野がある。僕なら呪術を使っての遠隔攻撃や、仲間の援護が得意だけど、当然近接戦闘が必要なときもあるし、大掛かりな呪術を使う時は、複数人でやる。

 皆大きいトラックの荷台に乗せられ、今日の仕事場になる山奥に行く。

 トラックの中の全員が、同じツナギのような服を着ている。今日の仕事場には、瘴気が充満していることが予想され、全員に『協会』ご謹製の、防御呪術のなされた防護服が支給されたのだ。アルバイトの僕もお借りできることになり、ありがたく受け取った。

 それよりも、今は気にかかることがあった。

「──光香ちゃん」

「ぶひゃいっ!?」

 僕が声をかけると、光香ちゃんは不可思議な叫び声を上げて飛び上がった。さっきから心ここにあらずだったのだ。

「光香ちゃん。集中して? 今日の作戦、君が止め役なんだから」

 言ってから、仮にも後輩に、プレッシャーをかけすぎたかなと思う。後で、『後輩』『ほめて伸ばす』とかでググってみよう。

 というか、光香ちゃんのこの様子は、どうみてもただごとではない。僕はしばらくためらって、とうとうその言葉を言う勇気を振るった。

「──悩みとかあるなら、聞くけど」

「……先輩。『ほんとは聞きたくない』ってオーラが、ダダ漏れです」

 バレたか。光香ちゃんの苦笑から目を逸らす。だって、陽キャの悩みとか絶対僕に解決できないし、関わりたくない。

 ていうか悩みの張本人に言われても、とかなんとかブツブツ言っている光香ちゃんを無視して、僕は放置を決め込むことにした。後は、社長に任せよう。

 そんな時、声がした。

「おい、『土門』がいるのか。先に言っておけよ」

 振り向けば、今日の協力者達の中、中年の男が僕を見据えていた。その瞳には明らかな嫌悪と忌避があり、あ、『土門』一族のことを知っている人なんだな、とそれだけで分かる。僕は黙って俯いた。

 間に入ってくれたのは熊澤社長だ。熊のような顔に満面の笑顔を浮かべて、

「まぁまぁ、田中さん。うちの期待の新人なんですから、あんま、虐めてやらんでください」

 と冗談めかして言う。田中さんも、この人柄のいい社長には強く出られないらしく、渋々頷いた。

「まぁ、まだガキみたいだし、今更仕事にケツまくりゃしねぇけどよ。でも、気分のいいもんじゃねぇな」

 と捨て台詞を吐いて、仕事道具の整備に戻る。

「……なんですか、あの人! 気分悪いのはこっちなんですけど!」

 光香ちゃんがプリプリ怒るのを、まぁまぁと宥める。

 一定の年齢以上の妖怪退治人には、僕の一族を忌避する人が多い。光香ちゃんはまだ若いから事情を知らされていないようだけど、そのうち知るだろう。その時、このまっすぐな彼女が僕にどういう顔をするのか──どういう顔をされても傷つかないよう、僕は今から諦めるよう努めている。

 そんな僕らをよそに、大人たちの会話は、今日の獲物の話に移っていく。それはどこぞの限界集落の祠に祀られていた蛇神だったが、最後の信者であった老婆がとうとう死に、土地を相続した孫が祠ごと更地にしたのに怒って祟り出たという。

「……最近多いですね。こないだの猿だって、結局、どっかの山に祀られてたのが、開発で祠ごと壊されちゃったんでしょ?」

 光香ちゃんは浮かない顔だ。そのへんの理不尽というか、人間の勝手さを割り切れないのが、彼女の幼いところであり、良いところでもあると思う。

 ──とはいえ、本当に最近、こういうケースが増えている。ちょっと不自然なくらいだ。

 だが、なんにせよ、それは僕が考えることじゃない。

「そろそろ着くぞ、準備しろよ」

「はい」

 社長の声に応えて、僕はネットランチャーを、光香ちゃんは剣を持ち直した。

 トラックから降りた瞬間、

「うっ」

 と口を押さえてしまった。どっぷり暗い夜闇とともに、ドロドロと煮詰まったみたいな、濃厚な瘴気が辺り一帯に充満している。防護服がなければ即座に意識を失っていたと思う。

 すでに住民もみな死ぬか引っ越し、廃村になった村は荒れ果てて、残った家屋もほとんど崩れ落ち、樹木に壁や屋根を突き破られている有様だ。

 この村は、すでに人の領域じゃなくなっていた。ここで荒ぶっているという、蛇神の領域だ。

 他の皆が九字を切ったり、護符を構えたりして身を守る内に、僕はリュックサックから自作の防護マスクを取り出して被った。

「あ~! 先輩、ずるい! 私の分は!?」

「君には、その破邪の剣があるでしょ」

 騒ぐ光香ちゃんを無視して、社長の先導に従って歩く。瘴気はますます濃くなっているようで、皆の顔色が悪い。防護マスクをしている僕も、肩を押さえられているような圧力を感じる。

「これは……事前情報以上の大物だな」

「気を引き締めてかかれよ、ガキども」

 大人たちのそんな忠告に、僕と光香ちゃんは気持ちを切り替えて仕事モードに入る。

 民家が途切れ、ポカリと開けた更地がある。その向こうはすぐ山の斜面だ。山でもない、村でもない。そのあわいに、その祠は置かれていたという。きっと、山から下りてくる悪いモノから、村を守るために。だが、人間の勝手で、その祠は更地になってしまった。

 荒ぶる神は、もはや山から下りてくる悪いモノを跳ね返すどころか、引き寄せ取り込んで、ますます力を膨らませていったのだろう。

 いろいろな力が混じり合った強烈な力を、悪意と憎しみが纏め上げている。

 僕らの目の前には、濃淡の緑色が混ざったまだらの鱗をした大蛇がとぐろを巻き、その紅い眼差しでこちらを睨んでいた。長く伸びた紅い舌がチロリと口元を舐める。シュー、シュー、と息の漏れる音がした。

 蛇に睨まれた蛙、というのはこのようなものか。一瞬、足が竦んで動けなくなる。

 でも、大人たちはさすがだ。僕と光香ちゃんより一足先に我に返り、それぞれに呪言を唱える。大蛇の足元の地面に魔法陣が浮かび、それは凄まじい重力を発生させて、大蛇を地面に縫い付ける。

 それで僕も我に返った。

「目標補足、捕縛開始。急急如律令!」

 ネットランチャーから網を射出し、今度は上から、蛇を押さえつける。

「光香ちゃん!」

「はいっ!」

 光香ちゃんが剣を構え、止めを刺すべく走り出そうとしたその時。

 地面の魔法陣も、僕の網も、すべて破って、蛇が怒りのままにその身体を天に向けて伸ばした。爛々と輝く紅い眼差しが、天から僕たちを見下しているようで、恐怖に背筋が粟立った。

 社長の厳しい声がする。

「拘束失敗、作戦、次だ!」

「は、はいっ!」

 僕はリュックサックから特製水鉄砲を取り出す。

「水流発射、魔法陣展開、急急如律令!」

 呪言とともに引き金を引くと、あらかじめ入れておいた神山の霊水が噴射され、空中で魔法陣の姿を取り、呪術を発動させた。

 それを浴びた大蛇は、苦痛の呻きを上げ、一瞬動きを止めた。

 その隙に、他の退治人達が一斉に蛇に攻撃する。無数のクナイが蛇の蛇身に刺さり、苦痛にのたうつ蛇を、先に重しをつけた鎖が絡め取る。

 蛇がようやく動きを止めた、その時。光香ちゃんの剣が月光に煌めいた。

「漣流──滝割り!」

 そして、蛇の首は落ちた。

「やった……!」

 ホッとしたのも束の間。蛇の首は、なおも生きていた。僕の目に、蛇の目がギョロリと動き、田中さんを映したのが見えた。

 考えるまでもなく、僕の身体は動いていた。全速力で駆けると、田中さんの身体を突き飛ばし、一緒に地面に転がる。蛇の牙は空を切って、その首が地面に転がる。それきり、二度と動かなかった。

 地面から身を起こして背中に手を回せば、防護服の背中の部分が、鋭利に切り裂かれている。あと一ミリ違えば、僕の肌は切り裂かれていただろう。それを思うとゾッとして、身体が震えた。

「た、たたた、田中さん、だだだ、だいじょぶ、ですか?」

 問う声も震えてしまう。

「俺は大丈夫だけどよ──ていうか自分で避けられたけどよ、おまえこそ、大丈夫かよ」

 田中さんが呆れたみたいに言う。ポンポンと僕の肩を叩いて、耳に口を寄せた。

「ま、いちお助けられたから、教えてやるけど──鬼森(きもり)三兄妹の、残り二人。釈放されたみたいだぜ。気ぃつけろよ」

 その忠告に、僕は真顔になったのだが──それは少し、遅かった。

「なんだ、もう倒されちゃったのか。もっと粘るかとおもったけど、意外に早かったなぁ。こんな辺鄙な村の神じゃ、荒神になってもこんなもんか──な、卯月」

 いつからいたのだろう。気配に敏い僕ら妖怪退治人達の目を今までかいくぐって、月光の下、その二人はそこに立っていた。

 短い金髪を逆立てた、細身ながらも鍛え上げられた体躯の男──鬼森虎丸は笑っている。そして、その虎丸に手を繋がれたまだ幼い少女──鬼森卯月は、まったくの無表情。虎丸はTシャツにジーンズ姿、卯月は袖なしのワンピース。ごく普通の格好だが、それが逆に、異様に映る。この二人は、こんな軽装で、先程まで、あの瘴気の中に立っていたのだ。

「鬼森兄妹……!」

 呻くように社長が言えば、虎丸が社長を睨んだ。

「三兄妹、って言え。俺たちはいつまでも鬼森三兄妹だ。龍彦兄貴が死んだところで、それは変わらねぇよ」

 鬼森龍彦の名を聞いて、僕の身体は強ばる。脳裏に思い出される、焼けただれた死に顔──。

 田中さんが、そんな僕を背に庇うようにして、虎丸に聞く。

「じゃ、鬼森三兄妹。なにしにここへ来た? この一件、おまえらに関係あるのか?」

 虎丸は肩を竦めてみせる。

「おーお、怖い怖い。昔の俺たちは確かに呪術を使った殺し屋だったかもしれないが、釈放された今は、ただの解体業者だぜ?」

「──解体業者?」

 虎丸がニヤリと笑う。

「そう。いかにも霊験のありそうな土地の持ち主に声をかけて、俺らなら、土地神やらの起こす霊障に邪魔されず、無事に更地にできますよ~って提案するのさ。更地にした後、残った荒神やら怒った精霊やらの相手は、また別料金。ここの土地の持ち主は、そのための追加料金を渋ったんで、この有様ってわけ」

「てめぇ……! それで、何が起きるか分かってんのか!」

 社長が珍しく怒声を上げるけど、虎丸は気にした風もない。

「分かってるけど、それ、俺に関係ないし? おたくらの仕事だし?」

 一触即発の空気の中、今まで黙っていた卯月が、初めて口を開いた。

「──それで、協会が私達を『悪』だと判断するなら、『土門』を送ってくればいい」

 その言葉に、水を打ったような沈黙が落ちた。

「……それが目的か」

 社長が、苦しそうな声を絞り出す。虎丸はウィンクしてみせた。

「釈放のときにね。色々制限をつけられたんだ。今の俺たちは呪縛だらけ、直接『土門』を襲いに行くこともできない。──でもさ、向こうから来るなら別じゃん?」

「そのために、こんな迂遠な方法を取っている。協会に伝えろ、早く『土門』をこっちに寄越さないと、同じことが繰り返されるぞ、と」

 卯月の言葉を最後に、鬼森三兄妹の二人は立ち去った。しばらくして、バイクの音が遠ざかるのが聞こえる。

 ややあって、田中さんが僕を振り向いた。呆れればいのか、笑えばいいのか迷っているような、複雑な顔をしていた。

「おまえ、全然『土門』だって気づかれてなかったな」


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