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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

首なし馬

作者: アイスクリーム

ある男子高校生と首なし馬との出会いの話。

 あっつい。

 思わず口にしてしまうような雨上がりの熱気が扉を開けると体を包んだ。

 早いとこ帰ろ。

 部活を夏休み前に辞めてから、特にすることもなく予備校に通い詰めていた。

 部活辞めたくせに成績悪いと元部員や親から白い目で見られるのはわかっているので仕方なく通ってる。

 しかし、勉学とは体に毒だ。

 疲れからか、見えるはずもない曇り空の上に浮かぶ月を眺めながら駅へ向かう。

 長い…。

 目と鼻の先にあるはずの駅がずっと彼方にあるような気がする。

 押しボタン式信号機を押すことさえ億劫になりながら横断歩道を渡り、なんとか駅のホームまで辿り着いた。

 白い長椅子にどっぷりと腰を預けた。

 はぁ…。

 深夜孤独に男子高校生が一人でおじさんみたくベンチに腰掛ける姿を想像し苦笑する。

 本当に俺、高校生だよな。

 残業帰りのサラリーマンみたいなというとサラリーマンさんに失礼だが実際、青春の甘酸っぱさとか若々しさは微塵もない。

 別に元からこんな味気なかったわけじゃない。

 俺だって帰りを共にする友人はいた。

 すれ違った女の子を見て「あの子可愛くね」とかしょーもない下ネタで大爆笑し合うようなザ男子高校生な友達だ。

 でも、もう彼はいない。

 そう彼、ハッシーこと橋田充は死んだ。

 それも自殺。

 忘れるはずもない。

 7月15日、その日は「死」とは全くもって縁もゆかりもないような夏らしい澄んだ日だった。

 だからこそ彼はみんなにブルーになって欲しくなくてこの日を選んだのかもしれない。

 しかし、そんなもの僕からしてみれば気休めにもならなかった。

 彼がいないことが信じられない。

 信じたくない。

 一番近くにいると思い込んで死の予兆さえ感じ取れなかった自分への無力感。

 友達として自分を頼ってくれなかった彼へのやるせなさ。

 どんなにそれを悔やんでもそれを吐き出せる場所はどこにもない。

 そして、そういうのが僕の胸にぽっかり穴を開けた。

 まるで、おもちゃのロボットから電池を抜き取るように。

 あれからちょうど1ヶ月、いっこうに穴は塞がらない。

 というかそれは勝手に塞がるものではなく塞がなければならないものなのだろう。

 そんな物思いにふけっていると踏切が電車の到着を知らせ始めた。

 やっときたか…。

 そう思いながら、立ち上がって電車を待ち始めた。

 しかし、いくら待っても、聴き慣れた電車の音は聞こえて来ない。

 はて、どうしたものかと疑問に思っていると、それに応じるように軽快な蹄の音が響いてきた。

 こんな深夜にこんな場所で乗馬?

 好奇心に惹かれるままに線路に首を出し、踏切の方に目を凝らす。

 すると、本当に馬がこちらに向かってくるのが見える、それも線路の上を。

 自分が理解に苦しむ間にもどんどんそれは近づいてくる。

 近づくにつれて、はっきりと姿を捉えられるようになってきた。

 馬がホームに一番近い街灯のそばを通った時、やっとそれがこの世のものではないことに気がついた。

 首がない…。

 思わず後退りする。

 あんな薄気味悪いものを見れば当然だ。

 怖くなって、ホームから逃げ出そうとしたその時、誰かが自分を大声で呼ぶのが聞こえた。

 「大輝ぃー!」

 反射的に線路の方へ向き直る。

 聞き覚えのある声だったのだ。

 例の馬に乗馬した少年がホームに駆け込んでくる。

 まさか。

 「ハッシー!?」

 馬の上にはすでに死んだはずの彼、橋田充が乗っていた。

 驚きにその場で立ちすくんでいる僕を差し置いて彼は馬から降りてずかずかとこちらへ向かってくる。

 改めて馬を見てみると毛並みは艶のある黒だった。

 競走馬のように引き締まった筋肉をしている。

 そしてなんといっても首がない。

 根元からすっぱり切れている。

 切り口からは血を垂れ流しながら。

 「よっ!久しぶり。」

 彼がホームの目の前までやってくる。

 「お、おまえ死んだんじゃ。」

 「何、誘ってない友達が勉強会に来ちゃった時みたいな反応してんだよ。傷つくなー。」

 状況を理解できなくて黙りこくっていると彼は一層明るく、

 「だからー、会いにきてやったんだぞ。正確には会いに立ち寄ってやっただが。少しは喜べよ。」

 といった。

 「喜べって言われても…」

 僕がチラッと馬に目を逸らしたのに気づいたのか、

 「あれー、お馬さんが怖いのかなー?」いたずらっぽく笑いながらそう言った。

 「そりゃそうだろ、こんなの見たら誰だってビビるわ。」

 少し声を張って言う。

 「こんなに愛らしいのに。まあ、別に危害を加えたりはしないよ。僕らの地域では12時12分に首なし馬に出会ったら、食い殺されるとかなんとか伝説もあったみたいだけど。」

 確かに小学生の頃そんな話があったような。

 とりあえず、肩の力は抜けた。

 「それで、幽霊が僕になんの用?現世に未練でもあんのかよ。」

 「俺はそんな未練がましくねーよ。その言い方なら幽霊なのはそっちだろ。」

 「何言ってんだよ。俺はこの通り俺の心臓はドキドキだよ。」

 「ラブコメみたいなこと言うな。てか、そう言うことじゃなくて大輝が「俺」に未練があるんだろが。」

 「んなわけ、ってあれ…。」

 視界がぼやける。

 「言わんこっちゃない。隠そうとしたって体は正直なんだよ。言いたいことあんなら言えよ。」

 そんなに優しく話しかけんなよ。

 胸が熱くなる。

 「そのために来たんだから。」

 もうまともに目も開けられない。

 「何で一人でどっか行っちゃうんだよ…。」

 気持ちが昂る。

 「ごめん。心配かけて…。」

 「心配かけすぎだよ…。そりゃ、未練だって残るわ。」

 彼は申し訳なさそうに俯く。

 「何言っても今となっては遅いけど。でもこれだけは言いたかったんだよ。俺いるから。ちゃんとこの世に。だから、もう後ろ振り返るようなことはすんな。」

 「勝手に死んでおいて偉そうに。」

 涙を拭う。

 「確かに自分勝手だよな、それでも大輝には前向いて欲しいんだ。」

 「わかったよ…。お前のことなんか忘れちまうくらい夢中で前向いてやんよ。」

 「ああ。お願いするわ。」

 そう言って彼は少し微笑んだ。

 「おっと、もうお別れの時間だわ。」

 「と言いうと?」

 「自分の家に帰らなくちゃならないからな。こいつに乗って。」

 そう言って背中を撫でる。

 顔がないので判断はつかないが馬も心なしか喜んでいるように見える。

 「そうか、気を付けろよ。」

 「気を付けろも何も、もう死んでるけどな」

 彼が笑う。

 「確かに。」

 つられて笑う。

 彼は馬にまたがった。 

 もう馬の顔はっきりと見える。

 「じゃあな!」

 「またな。」

 僕がそう答えると彼は颯爽と暗闇に消えていった。

 もちろん線路を通って。

 ありがと。

 心の中で呟いた。


 

 後で知ったことだが、駅は「えき」以外にも「うまや」とも読めるそうだ。

 古代には地方を行き来する官吏が馬を休ませたり、宿に泊まるためそれぞれの地方に駅家「うまや」が設置されたらしい。

 そう考えると駅に馬が出てきてもおかしいことではないのかもしれない。

 そして何よりあの日はお盆だったのだから。

 少年一人くらい馬に乗ってもおかしくはないだろう。

 

 

 


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 親友に自殺された主人公の、残された者としての悲しみと喪失感が、切なくも丁寧に描かれていますね。 だからこそ、首なし馬に乗って駆け付けた親友の幽霊が、一際印象的に感じられました。 紛れもない…
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