結
半ばから切り離された鍛えられた鋼の刃が宙を舞う。
「俺が剣を折られるのは何時振りだ?」
真っ二つになった己の持つ剣を投げ捨て、ルーグはニヤリと笑いながら振りかえる。
視線の先には全力を出し尽くし、四肢を投げ出して倒れるイルダナーハの姿があった。自分の限界を超えた闘気を扱った反動で、今は息をするのも苦しいだろうに、その手には宝剣をしっかりと握り締め、瞳は未だに敗北を認めていない。
「ぎりぎり、及第点だ」
言いながら、懐から一本の試験管のような物を取り出す。真っ赤に輝く液体に満たされた内部には、まるで人間の胎児のような生き物が二つ繋がって浮んでいる。錬金術によって生み出された疑似生命ホムンクルス。その中でも最上位と言われる“妖精の双子”と言われる秘薬の一種だ。膨大な数の命を凝縮して形を持った生命力のようなもので、癒しと言う一点においては“賢者の石”すら上回ると言う。もっとも、学問としての錬金術に興味がまったくないので、ルーグにとってはただの凄い霊薬だ。
その国宝級のアイテムを、ルーグは自分がボコボコにした四人に順番に飲ませて行く。最後に自分も一口飲んで全員を回復させた頃には、試験管の中身が半分ほど減っていた。巨大な浴場に一滴垂らすだけの濃度でも十分に治癒の効果はあるのだが、ルーグは説明書を読まないタイプの人間だった。
半分になってしまった試験管をしまい、立ち上がって怪訝な目で自分を見つめる若者達にルーグは「どうした? さっさと行け」と虫を払うように手を動かす。
「良いんですか? 貴方に負けた私達を通しても」
「は? お前達如きが俺に勝てるわけないだろ。俺は最強だぞ?」
自らの未熟さを恥て心の底から悔しそうに告げるシャムシールに、ルーグは笑いながら応える。四人の内にはイラっとした感情が湧き立ったが、事実なので甘んじて受け入れる程度のプライドはあったのか顔には出さない。
「お前達はそこそこ強い。この後に起きる波乱も何とか乗り越えられるだろう。だから、行け。帝国を終わらせて来い」
「上から目線ね、あんたのお父様」
その物言いに耐えきれず、サクラが不満を漏らす。が、神殿に“帝”と認められたルーグは、実質的に皇帝と同程度には権力を持っている。ただ、権力を行使できる領地や人民を所持出来ないため、名前ばかりではあるが。
「借りは絶対に返す」
あれだけ殺気を振り撒いて襲って来たルーグがあっさりと手を引いたことに納得いかない三人を置いて、ダモンは捨て台詞を吐くと踵を返して宮殿へと歩み出した。身体の動きを確認しながらゆっくりと歩いて行く破戒僧の背中を三人が追いかける。
自分にもあんな時期があったな、とルーグにしては珍しく感傷に浸ってその背中をじっと眺めていると、イルダナーハが脚を止めずに、振り返る。
「親父!」
「前を見て歩け。転ぶぞ!」
「コレが終わったら沢山話をしよう! 聴いて欲しいことが沢山あるんだ!」
「ああ。楽しみだ!」
右手を掲げて力強く了承を伝えると、イルダナーハは子供のように無邪気に笑って前へと向き直る。そして、それを最後に四人は駆け出して宮殿を進んでいく。誰がどうやったかは知らないが、半ば魔界と融合を始めた伏魔殿と化していることを伝え忘れた。まあ奴等ならどうにかするだろう。
その程度はやって貰わなくては困る。
「頑張れよ、イルダナーハ」
血の塊を吐き出して、ルーグは申し訳なさそうに笑う。
「それと、すまんな。約束は守れそうにない」
長年の無茶な戦いによって傷付いた肉体は、既にボロボロで常人であればとっくに死んでいてもおかしくはない状態にあった。加えて、ルーグによって殺された者達の怨嗟は積もり、呪いとなって肉体を蝕み始めて久しい。秘伝の霊薬も焼け石に水の状態で、肉体がついに限界を迎えてしまったようだ。
「これで終いか」
掌にべっとりと残る自分の血を見てルーグが笑う。
いまわの際に思い出すのは、自身の戦いの歴史ではなく、イルダナーハとの思い出ばかりだ。走馬灯のように駆け巡る息子との思い出の最後を飾るのは、先の一撃。
今まで闘って来た連中の中で、もっとも鋭く、もっとも迅い剣閃だった。
「勿論、俺の次にだが」
目に焼き付いた最後の一閃を想い、微笑む。
「息子に負けると言うのは、存外――悪くない物だ」
ずっとずっと、イルダナーハは約束を守って素振りを続けていたようだ。
それが堪らなく嬉しい。