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 星姫歴一〇〇七年。聖嵐の月の七日。

 帝都アーガラムは解放軍を名乗る反帝国主義の群によって進攻の最中にあった。栄華を極めた貴族共の楽園は今や、塵芥のように見下していた民草によって崩壊の危機にある。

 と言っても積み上げられた帝国二五〇年の歴史は厚い。腐敗と堕落の帝国にあっても、責任感と実力を兼ね揃えた貴族達も少なくない。各地の戦績は五分五分であり、アーガラムが陥落することもまず有り得ないだろう。

 故に、解放軍は“皇帝の暗殺”と言う一発逆転に命運を賭けた。

 敵の本拠地へと潜り込み、乾坤一擲の大作戦を任されたのは、四名の若者。一〇〇年前に滅びた王家の末裔。古い森に住むエルフの姫君。帝国に復習を誓う元暗殺者の経歴を持つ破戒僧。魔術院始まって以来の秀才と名高い青年。

 誰も彼もその戦闘能力は認められる物であり、戦い方によっては一軍さえ相手に出来る猛者達であった。

 協力者の助けもあって帝都に侵入した四人は、一秒でも惜しいと真っ直ぐに皇帝が座す宮殿へと駆ける。そして、強固な結界で守られた宮殿へ続く唯一の跳ね橋の前で四人の足が止まった。

 跳ね橋の上に立つのは帝国軍服を纏った男が一人。いや、髪や髭の色を見るに老人と言った方が正確か。がっちりとした身体つきで鍛えていることがわかるが、六〇を幾らか過ぎているのは間違いないだろう。

 尋常ではない殺気と闘気を滲ませる老人を、四人は良く知っていた。いや、知らない者を帝国で探す方が難しい。

“剣帝” ルーグ・フラガラッハ。

 一介の騎士でありながら“帝”を名乗ることが許された、大陸最強の戦士である。この半世紀に彼が関わった戦争の数は知れず、邪教の呼び出した“よくないもの”の討滅、単独での龍の撃退、等々その逸話は枚挙に暇がない。

 そんなルーグが宮殿へと続く道に立つ意味は一つしかないだろう。


「遅かったな。待ちくたびれたぜ?」


 番人だ。反乱軍の鎮圧でもなく、帝都の守護でもなく、皇帝と彼に与する貴族は最強のカードを自らの守護の為に切ったのだ。元々予想していた展開であるとは言え、四人にとっては最悪の展開と言って良い。全盛期を過ぎたとは言え、ルーグの実力は軽んじられる物ではない。恐らく、一対一であれば未だに剣帝は大陸最高峰の強さを誇るだろう。


「剣帝様。道を譲っては貰えませんか。貴方程の人であれば、この国がもう終わってしまっていることは理解している筈です」


 可能ならば、もっとも戦闘を避けたい相手だ。解放軍の実質的なリーダーである、シャムシール・エ・ゾモロドネガルはルーグの一挙一度に細心の注意を払いながら交渉を試みる。たった一〇メートル程の距離など、達人にとってはあってないようなものだ。


「ああ。帝国はもう駄目だろうな。ポールが、アレックスが、カレナが、ダンテリオンが、誰かが死んでいく度に、俺の知る帝国が終わっていった。今あるのは、残骸、がらんどう、なれの果てだ」

「わかってんじゃん。じゃ、どいてくださらない?」

「それは無理な相談だ」

「どーして!」


 エルフの姫――黄金の林檎のサクラの言葉にルーグは首を横に振る。


「皇帝をぶっ殺した所で、問題は解決しやしねーよ。折角、俺達が一つにした大陸がまたバラバラになっちまうだけだ。あっちこっちで紛争戦争が起きるだろうな。今以上に、民草は苦しみ、何人も死ぬ。あの時代の地獄が繰り返される。それだけは避けなくちゃならねえ」

「だったら、今の帝国の方がマシだと?」


 噛みつくように破戒僧のダモンが叫ぶ。ルーグは笑いながら腰から剣を抜く。


「違う」


 それだけで、四人は一斉に飛び退った。ルーグ自身の闘気は微塵も変化していないが、誰もが自分の身体の一部が切り飛ばされる瞬間を想像し、心臓を早鐘のように暴れさせている。


「貴様達は帝国の代替に値するのか? 貴様達に大陸にうねる戦火を鎮める力はあるか? 貴様達は俺に続く未来を託すに値するのか? 貴様達が大陸を救うに相応しいか見極めさせて貰おう。俺を越えられぬようでは、この先を任すことなど到底できんぞ?」

「貴方もそれに協力してくれれば良い! 貴方がいれば百人力だ」

「馬鹿か。この老いぼれに頼る程度で世界が救えると思ってんのか?」

「イルダナーハ! 説得してくれないか!? 君の義父なのだろう?」


 想像される激戦を回避しようと、シャムシールはイルダナーハ・フラガラッハに最後の希望を託す。若き天才魔術師イルダナーハは、シャムシールが言う様にルーの義理の息子であった。

 リーダーの提案に、イルダナーハは首を横に振る。


「無理だ。親父は言い出したら人の意見を素直に聞き入れる奴じゃない。シャム。戦うしかないぞ!」


 そして杖を構えると魔術を放つべく集中を始めた。


「それで良い」


 臨戦態勢に入った義息子に満足げに笑みを作ると、ルーグが地面を蹴り――


「だが、十分ではない」


 ――次の瞬間には破戒僧ダモンへと刃と共に迫る。闘気で強化されているとは言え、その条件はシャムシールやダモンも同様。ならば、六〇も半ばを超えるルーグよりも若い二人の方が肉体的には有利であるのが道理。

 しかし、事実として迅いのはルーグだ。振り下ろされた白刃はこれ以上ないタイミングでダモンを襲い、熟達の暗殺者は無様に地面に転がる事でしか活路を見出すことができない。

 そしてその隙を見逃す剣帝ではない。速やかに追撃がダモンへと走る。


「させない!」


 サクラの声と共に、剣を振り上げる剣聖と転がる破戒僧の間に瑞々しい若木の壁が現われる。エルフ得意の精霊魔術。木々のない帝都の中心地に現われたその樹木は、鉄の硬さと竹のしなりを併せ持った霊木であり、生半の攻撃では何度斬り付けようと伐採することはできぬだろう。

 だが、相手は剣の頂きである。


「この程度の盾! 千は斬ったぞ! 小娘!」


 一閃。

 斬れぬはずの樹木は容易く斬られ、ゆっくりと傾いて行く。そのまままったく勢いを殺すことなくダモンへ走る剣先を、


「うおおおおお!」


 裂帛の気合と共にシャムシールが手にした宝剣で迎え撃つ。

 拮抗は一瞬。

 両手で叩きつけたシャムシールの刃は、容易く弾かれて身体が泳ぐ。


「おぼっちゃまの剣だな。一〇年早い」


 トロルと鍔迫り合いしても勝る膂力が打ち負けたことに目を剥くシャムシールを、ルーグは煽るように笑う。が、気を抜いているわけではない。笑顔とは、牙を剥いているに過ぎない。


「そして工夫のない背後からの攻撃」

「が!?」


 僅かな間に姿勢を立て直し、ルーグの背後を取ったダモンであったが、剣帝の鋭い蹴りを脇腹に喰らって不意打ちは失敗となる。苦し紛れに暗器の類を投げつけるダモンだが、それも片手間に弾かれ、続くサクラの弓による一撃もまた回避されてしまう。

 だが、その隙にシャムシールは体勢を立て直す事に成功し、イルダナーハの呪文の完成を悟り後退する。

 イルダナーハが天に掲げた杖の先端の空間が裂け、現われるたるは金色に輝く龍のかいな。帝国に滅ぼされた民族の伝承から、イルダナーハの研究室が復活させた古代呪文ハイエンシェントの一つ。単独での行使の為、威力と規模は本来よりも格が落ちるが、それでもなお攻城魔術としての本質は失っていないだろう。

 人一人を殺すには過剰な龍の一撃が風を引き裂いてルーグへと振り下ろされる。


「ボクごと父親を殺す気か!」


 ひょっとしたら宮殿を守る結界すら破りかねない威力。過剰とも言える攻撃呪文の選択にシャムシールは文句を叫びながら慌ててルーグから距離を取る。同時、父親相手に放つ魔術ではないとイルダナーハに僅かな怒りを覚え、吐き出す。


 が、それはまるで見当違いな怒りであることは直ぐにわかった。


「ずえぁ!」


 気合一閃。

 ルーグは上段に剣を構えて龍の腕を正面に振り下ろす。

 たったそれだけで、古の秘術は真っ二つに避けて霧散して行く。数打ちの軍用剣には歯零れ一つなく、剣帝は気合と技術だけで破軍の秘術を破って見せたのだ。同じことをやれと言われても、シャムシールは首を横に振るだろう。

 神技と呼ぶほかない。

 これが剣帝の実力、その一端。殺す気で挑んだとしても、まだ遠い。

 この場で最も剣帝の力を知っているからこそ、イルダナーハは最初の一撃として黄金龍の遺失呪文を選んだのだろう。


「かか! 戦場で拾ったあの赤子が! 剣も振れずに泣いていたわらしが! よもや俺の前に敵として立つか! 面白い! だが温い! 本気で来い! イルダナーハ! それでもなお、俺が強いのだ! いいか! この俺を打倒することこそが、帝国を打ち倒すことと心得ろ! お前の前に立つは当代最強、剣帝ルーグ・フラガラッハであるぞ!」


 笑うルーグの台詞に、イルダナーハを除く三人がようやくその強さを理解し始める。相手は激戦の帝国の歴史の体現だ。王剣宝剣を使う国一番の騎士など飽きる程に斬っている。エルフだろうとドワーフだろうとマーマンだろうと蹂躙して支配して来た。暗殺者との戦いなど日常茶飯事だっただろう。邪教や秘術の一族を相手に剣だけで戦い勝ち続け生き抜いた。

 そのルーグと剣を交えると言うことは、帝国五〇年の闘争の歴史と戦うと言っても過言ではない。


「さあ。続けるぞ! 若鳥達!」


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