第5話『再会』
爆発は起きない。何かが凍ることもない。吹き飛ばされるようなこともない。故に地形も変化しない。その魔法は、対象者のみを、標的だけに、敵にしか、影響を及ぼさない。
魔法が発動したのだと理解した時には既に、目の前に影の姿はなかった。
最初からそこには何もなかったかのように、初めから何も起きていないかのように、拍子抜けする程に呆気ない。
改めて思う。地味な魔法だ。
だが、その魔法によって敵を倒すことが出来たのは事実だ。今はそれで充分だろう。
体当たりで弾き飛ばされた際に舞い上がった土煙が徐々に消えていき、視界が晴れてくる。すると、離れた位置から小走りで駆けてくる女性の姿が見えた。
「あのっ、大丈夫ですか!?」
動き易そうな軽鎧に身を包むその女性は、普通の人間ではなかった。いや、この言い方では多分に誤解を招いてしまう可能性がある為、訂正しなければならないだろう。
その女性は、人間ではなかった。
頭には、耳があった。――勿論、人間誰しも耳は頭にあるだろう。だがそうではなく、そういう意味ではなく、本来ある筈のない、獣の耳。例を挙げるとするならば、狼のような耳が、まるでカチューシャの装飾かなにかのように、二つの耳が頭部に付いていた。それに加え、背後に見え隠れするのは尻尾だろうか。ふさふさとした毛の尻尾が、腰の辺りから生えているらしかった。
だが、そこさえ除けば、茶色のセミロングの髪に何処か幼さの残る顔。白過ぎない肌の色。深みのある黒色の瞳。それは、今の秋斗から見ても、美しい、いや、可愛らしいと思わせる容姿だった。
そう、思った。だが、違う。何かが引っかかる。
間違いなく初対面だ。少なくとも、知り合いにこんな女性はいない。なのに、だと言うのに、何処か懐かしさを感じるのは何故か。
「大丈夫……ですか?」
何も言葉を発さない秋斗の顔を覗き込むように女性が見つめる。
「あ……はい、大丈夫――」
急な立ち眩み。思わず膝をつく。
ああ、そうだった。あの魔法の効果はスキルでも無効化出来ないんだった。
「どうしましたっ? どこか痛みますか?」
何処か痛むか、と聞かれれば、全身が痛いと答える他に無いのだが、そんなことを言っても困らせてしまうだけだろう。
「いえ、本当に、本当に大丈夫です」
秋斗はアイテムボックスから、以前チームメンバーの錬金術士に作ってもらったポーションを取り出すと、小瓶の中に入っている液体を一気に飲み干す。
コーヒーとスポーツドリンクを混ぜたようなその味は、決して美味しいものでは無かったが、ゲームでは味覚などという項目は存在しなかった。味に関してはポーションを作ってくれた彼の所為にする訳にはいかないだろう。
味は壊滅的だったが、しかし効果の方は素晴らしかった。
液体を全て飲み干す頃には、体の痛みは完全に消えていたし、目眩や倦怠感も無くなっていた。
秋斗が立ち上がり、女性に向き直る。だが、女性の視線は、秋斗の持つ空の小瓶に向けられていた。
「嘘……じゃあ、やっぱり……」
秋斗に、その言葉の意味は理解出来ない。
「あの、このポーション、見てください」
女性の手にはいつのまにか、秋斗が今飲み干したポーションと、“全く同じ物”が握られていた。どうやら腰のベルトに提げていた物らしく、同じ物が2本程まだベルトに残されている。
秋斗の使ったポーションは、プレイヤーが自作した物だ。ショップで購入出来る物とは効果も形も違う。
もし仮に、女性の持つポーションも自作された物だったとして、それでも、膨大な組み合わせが可能だったポーションのデザインが被るとも思えない。秋斗のポーションを作った人物は特に、他者と被ることを嫌う人だった。それこそ、同じデザインのポーションを見かけた時に、全員のポーションを回収して全く新しい物に変えたことがある程だ。
このポーションは、仲間内だけの、チームのメンバーしか持っていない筈。もし、偶々デザインが被ったのでは無いのなら。
そこまで考えた時、秋斗は、女性に対して感じた違和感、懐かしさの正体に気が付いた。
装備だ。その軽鎧。それは――。
「もしかして……ユキ?」
秋斗が、チームメンバーと共に素材集めをし、それをメンバーの一人である錬金術士が作った鎧。であれば、目の前にいるのは。
「リウス……」
アポカリプスで同じチームに所属していた四人のうちの一人。ユキ以外、あり得ない。