第49話『隣で』
アレインから特等級冒険者への昇格打診があった後、部屋に戻ってきたリウスとユキ。
リウスは、自分の考えをユキに伝えることにした。
「リウスだけが、特等級冒険者に……?」
それが、リウスの考えていたことだった。
現状、特等級冒険者になるメリットはかなり大きい。
世界中に支部を持つ――と、アレインは言っていた――組織が自分たちの身分を証明してくれること。
冒険者ギルド関連の商業施設の利用が割引、無料になること。
その他諸々、特等級冒険者であるというだけで回避できる面倒ごとは多いだろう。
そしてそれらの恩恵は、リウスだけが特等級冒険者になっても受けられるものだった。
今後ユキと行動を共にするならば、リスクのある面をリウスが請け負い、ユキは恩恵だけを受ける。
それが賢い選択のはずだ。
それが正しい選択のはずだ。
そのはずなのに。
「……それは、ダメだよ」
この提案は、受け入れられなかった。
「どうして?」
「約束したでしょ? 私がリウスを人でいさせるって。そのためには……対等な立場じゃなきゃ……ダメなんだよ」
「……」
「私もね、分かってるんだ。環境が変わったんだから、私も変わらなきゃいけないって。
でも、その勇気が、私にはまだなくて。
だけど、今の状況に甘えて、リウスに守られる心地良さに身を委ねてしまったら、私はきっと、もう変われなくなっちゃう」
何かを殺す覚悟。
武器を持って戦う覚悟。
傷つけられる覚悟。
そんなものは出来なくて当然だ。
死は平等で、ありふれているけれど、身近じゃない。
誰かを傷つけるためだけにある武器を握るのは、簡単なことじゃない。
そして、その武器が自分に向けられるのを許容できる人間は、決して多くない。
それが出来てしまうリウスには、自分が正しいとは、どうしても思えない。
しかし、覚悟を決めて変わりたいと望むユキを止めるだけの覚悟は、リウスにはなかった。
「だから、リウスが戦うなら、私も戦う。
私を、リウスの隣にいさせて」
止めるべきだ。
止めるべきなのに。
――――助けなければ、助けられたのに。
どれだけ壊れて、あれだけ後悔して。
もう二度とあんな思いはしたくないと。
そう思っていたはずなのに。
ボロボロになって壊れても、それが元々何であったかは変わらないらしい。
危険だから? 過酷だから?
だからどうしたというのだろう。
その全てを、自分が振り払えば良いだけのこと。
背後で庇うよりもきっと、隣で手を握っていた方が守りやすい。
「……わかった」
リウスとユキは、特等級冒険者になった。
◇◇◇◇◇
「やっぱり、殺されちったのかねぇ」
視界に入る悉くの物が焼け落ちた森の中、全身を黒い布で包んだ男が呟く。
何者かになぎ倒された木を踏みつけながら、男は与えられた仕事が完遂できなかったことに対しての言い訳を考えていた。
大体、大精霊の出現が唐突過ぎたのだ。
事前におおよその出現地点が分かっていたとはいえ、判明から出現までの間隔が短過ぎた。
大精霊が討伐されないよう特等級冒険者を遠ざけ、第一等級以下の冒険者による討伐作戦を可能な限り先延ばしにし、何とか討伐作戦前に出現地点に来てみれば、大精霊の姿は既になかった。
尤も、冒険者ギルドに対しての裏工作は顔も知らない誰かの仕事で、男はただこの場所に来ただけなので大した苦労はしていないが、それでも徒労感はあった。
「……まあ、やるだけやって帰るかね」
男が冒険者による討伐作戦の後、こうしてもう一度この森と訪れているのは、もしかしたら大精霊がいるのではないかという希望と、殺されているだろうからその証拠だけ確認しようという義務感からだった。
結果として、ささやかに抱いていた希望は完全に打ち砕かれた。
大精霊は膨大な魔力の塊だ。
それが討伐されれば、大精霊を構成していた魔力は周囲に撒き散らされる。
つまり、討伐されたと考えられる地点の魔力濃度を調べれば、大精霊が討伐されたかが分かるという訳だ。
結果、この森の魔力濃度は、人間であっても魔物化するリスクがあるほどまでになっていた。
放置すれば魔物の大量発生の原因になるだろうが、その対処は男の仕事ではない。縁もゆかりもないあの町が滅ぼうが、どうでもよかった。
それに、きっと彼らがどうにかするだろう。
大精霊を倒せるのだ。そこらの魔物なんて脅威でさえないはずだ。
魔力濃度計測器をアイテムボックスに仕舞い、男は森を後にした。
◇◇◇◇◇
一般に普及こそしていないが、長距離間でリアルタイムに意思疎通が可能な通信機は、この世界にも存在する。
通信機の受話器を横に立つ女性に返し、男は椅子に深く腰掛けた。
「お使いも満足に出来ないとは。処分いたしますか?」
「許してあげてよ。急だったのは事実なんだからさ」
通話の内容は『大精霊の確保に失敗した』というものだった。
「しかし、これでは計画に支障が――」
「元から全ての大精霊を集められるとは思っていないよ。君だって、協力的ではない大精霊がいるって言ってたじゃないか」
「ですが今回は協力的でした」
「終わったことをあれこれ嘆いても仕方がないさ。再発防止に最善を尽くします、ってね」
「……マスターが、それでよろしいなら」
「いやいや、全くもってよろしくはないよ。どうにもならないってだけさ。僕らには時間を戻す手段がないわけだしね」
過ぎてしまったことをいくら悔やんでも先へは進まない。反省に意味はあっても、後悔には無駄しかない。
それなりに長い人生を歩んできた男が、この世の真理だと言えるものの一つだった。
「差し当たっては再発防止策をどうするかだよ。どうしたらいい?」
「今回は宿主の到着まで時間がかかることが想定されていました。魔力の消耗を抑えるべく、力を抑制した状態での顕現が一つの原因かと」
「なら次からは出し惜しみはナシにしよう。伝えておいてくれるかい?」
「畏まりました」
火の大精霊の力を借りられないのは正直痛手だが、今はそれよりもやるべきことがある。
「討伐者について分かってることは?」
「申し訳ありません。まだ調べさせているところでして」
「ごめんごめん。今のはただの意地悪だよ。僕の方で討伐者の目星はもう付いてる」
そう言って男が取り出したのは、冒険者ギルドに新たに登録された、特等級冒険者の情報が記載された紙だった。
「大精霊顕現とほぼ同時期に現れた異世界人だ。ギルドからの聞き取りで、彼らが大精霊を討伐したと認めたらしい。まぁ、彼らなら大精霊ぐらい討伐しても不思議じゃない」
「リウスと、ユキ、ですか。お知り合いなのですか?」
「知り合いであるとかないとか関係なく、彼ら――いや彼は有名人だったからね。プレイヤーなら誰でも知ってるよ」
初の全大型ボスソロ討伐者にして、魔人種で唯一ユニーク職についたプレイヤー。
それなりにあのゲームをプレイしていたなら知らない者はいないだろう。
「監視を付けておきなよ。いずれぶつかる事になる」
「では、ちょうど同じ町にいることですし、彼に任せましょう」
「あー、確か彼は暗殺者だったっけ。いいんじゃないかな。その仕事を持って今回の罰としよう」
「畏まりました」
◇◇◇◇◇
特等級冒険者になったからといって、その瞬間から何かが大きく変化することはない。
強いて挙げればギルドカードが特等級冒険者のものに変わったことと、冒険者ギルド2階にある宿屋の宿泊代が掛からなくなったことぐらいだ。
特等級冒険者になったことで、衣食住の内、食と住は冒険者ギルド関連の施設が無料で使えてしまうため――衣服に関しても頼めばどうとでもなりそうな気がするが――出費が大幅に減った。というかほぼゼロに等しい。
こうなると人間は何もしなくなる。
ただ息をしているだけで生きていけるのだから、わざわざ動くのも馬鹿らしいというもの。
しかしそんな植物みたいな生活をしていれば、ただただ駄目になっていくだけだ。
では何か依頼でも受けようと依頼掲示板を眺めるが、現状お金に困っていない以上、等級が低い依頼を受けるのは他の冒険者の迷惑になりそうで気が引ける。
かと言って、人間の生存圏を脅かすような生物を討伐する依頼は、今のユキには刺激が強すぎる。
そもそもの話、第二等級や第一等級、特等級の冒険者が動かなければならない事態など、そうそう発生するものではない。
詰まるところリウスとユキが何をしているかというと、特に目的もなく町を散策してみたり、部屋で本を読んでみたり、昼間から横になってみたりと、優雅で怠惰な生活を謳歌していた。
さて、では今二人が何をしているかといえば、ベッドに腰かけ壁を背もたれにし、二人で一冊の本を読んでいた。
タイトルは「魔術基礎論」
この本を選んだことに特別意味はないが、当たり前の顔をして魔術とは何たるかを説いている本を見つけ、興味を引かれてしまったのは事実だ。
「へぇ、これなら私でも魔法が使えそうだね」
「魔法が記述された媒体、か。俺でも作れるかもしれないな」
「リウスは頭の中で魔法を呼び起こすだけで魔術が使えるんだよね?」
「そうだな」
「それじゃあ、記憶領域に魔法を記述できる人ってことだね」
正直、本に書かれている内容を全て理解できているわけではないが、この世界の魔術と、ゲームの中にあった魔術には差異があるようだった。
「あ、次のページ行って大丈夫だよ」
だが今はそれより、気になることがあった。
「……暑くないのか?」
「全然? 迷惑?」
「そういう訳じゃないけど」
現在進行形で、リウスの左腕はユキに抱えられ、拘束されていた。
思い返してみると、数日前からユキは過剰なほど、ことあるごとに触れ合いたがった。リウスがユキを守り、ユキがリウスを守ると約束したあの日から。
最初は、もはや習慣付いた寝る前のハグから。
次第に寝ている間も手を握るようになり、今では腕を抱えられるまでになった。
ただ寛いでいるだけの時ですら身を寄せてくるその姿は、足音だけで飼い主を判断できるまでに懐いた犬のようだった。
「ただ、何でこんなにくっ付くのかは知りたいかな」
「……んー、そうだね……」
ユキは、少しだけ考える素振りを見せた後、特別気負うことなく話し始めた。
「前に、一人でいるのが怖いっていう話をしたの、覚えてる?」
「ああ」
「その理由なんだけど……私、昔誘拐されたことがあるんだ」
「…………」
「突然だけどリウス、大原銀行って、聞いたことある?」
「まぁ、日本人なら誰でも知ってるんじゃないか?」
大原銀行。日本全国に展開している都市銀行だ。利用したことはないが、街中で支店を見かけることは多かった。
「私、それの経営者の一人娘」
「……マジで?」
「異世界でこんな嘘をついても仕方ないでしょ?」
「まぁ、確かに……。じゃあ、誘拐ってのは」
「身代金目的、だね」
あまりにもユキが淡々と話すものだから現実感がないが、リウスから見て嘘をついているようには思えなかった。
「小さい頃だったから、ほとんど覚えてることなんてないんだけど、暗い所に閉じ込められでもしたのかな。それ以来、暗い所に居たり、一人でいたりするのが怖い……というか、凄く不安になる、というか」
それが、ユキの抱えていたトラウマ。
意識して思い出せるものではなくても、どこかできっと覚えているのだろう。
それとも、覚えていないということにしてしまったのか。
「家とか、安心できる場所なら一人でも大丈夫だったんだけど、まだこの世界では、そこまで安心できるところもないから」
「だから、家が欲しいって言ってたのか?」
「え……? ――そう、かもね。無意識だったけど」
話は分かった。ユキの過去に何があったのかは。
しかし。
「それで、こうしてくっついてる理由は?」
「あれ、今の話って理由にならない?」
「一緒にいる理由にはなるかな」
「んー、じゃあ……リウスのことが好きだから、って言ったら?」
「冗談にしては出来が悪いな」
「冗談じゃないって言ったら?」
「嘘つきは自分が嘘つきだとは言わない」
「つまんないの。もう少し私を信じてくれてもいいんじゃない?」
「信じてるよ」
ユキのことは、信じている。
信じられないのは、自分のことだ。




