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君の為なら神さえも。  作者: 塩砂糖
第1章『異世界転移編』
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第44話『出身地』

 たとえゴブリンに襲われようが、互いの気持ちに変化が訪れようが、相も変わらず朝は来る。

 いつも通りの時間に目を覚ましたリウスは、しかしベッドから起き上がることなく、自分の腕を抱えて眠るユキを眺めていた。


 俺が守るべきもの。

 俺が守りたいと思ったもの。

 俺に守られることを望んだもの。


 どうしてこうなったと、思う気持ちも確かにある。

 けれど、望まれたのであれば、今度こそ、守り抜いてみせよう。


 全てを守り抜こうとして、一番大切なものだけ守れなかったから。

 今はただ、一つだけを。


「すぅ…………んぅ……ん……」


 こうして腕を抱えられながら眠るのはこれが初めてではない。が、意識が変わると感じ方も変わってくるもので。

 ふと、抱きしめたくなったので抱きしめてみた。


 鼻息すらも当たってしまいそうな距離感。

 家族ですらこの距離で寝顔を見たことはない。

 近くでユキの顔を見て気づく。獣人種であるユキは頭の上に耳があるため、人と同じ位置には何もついていない。

 それがひどく奇妙に感じて、人であれば耳がある位置を優しく撫でてみる。

 もっとも、奇妙さでいえば頭から角が生え、背中には翼が生えているリウスのほうが余程奇妙ではあるのだが。


 背中に回した手からユキの鼓動を感じる。

 暖かい体温と一定のリズムを刻む鼓動を感じているうちに、リウスの意識は再び微睡の中へと沈んでいった。



 ◇◇◇◇◇



 その日ユキが目を覚ましたのは、リウスが二度目の眠りについた10分ほど後だった。


「ん……うぅ……?」


 自分の体温だけではない暖かさを感じる。それがとても心地よくて、近づこうと身を寄せるが、すぐに額に何かが当たり阻まれる。


「んぅ…………?」


 何事かと目を開けてみると、何故かユキの瞳にはリウスの顔がいっぱいに映し出されていた。


「………………え?」


 待って待って待ってどういう状況?


 背中にはリウスの手が回され、顔は唇が触れ合いそうなほど近い。

 確かにユキはこれまでリウスの腕を抱きながら寝ていたが、こうしてリウスのほうから寝ている間に抱きしめられていたのは初めてだった。


「ちょ、っと、どうしよう……」


 呼吸がリウスの顔に当たってしまいそうで、無意識のうちに息をひそめてしまう。

 抱きしめられているこの状況は嫌ではないし、抱きしめられる程度には大切に思われていると考えれば、この先も捨てられることはなさそうだと安心ではある。しかしそれはそれとして、この状況は精神衛生上良くない。心臓の鼓動が早くなりすぎて朝だというのに血圧が上がりそうだ。


「あ、あのー、リウス? リウスさーん? 朝ですよー……」


 果たして本当に起こす気があるのか不明なほど小さな声で話しかけるユキ。しかしそれでも、二度寝したばかりのリウスを起こすには十分だった。


「ん…………あぁ……おはよう……ユキ」


「お、おはよう、リウス……」


 特にリウスは特に動揺した様子もなく起き上がり、大きく伸びをする。


「……どうかした?」


「……ううん。なんでもない」


 自分だけ恥ずかしい思いをしていたのがどこか悔しく、ユキはそう嘘をついた。



 ◇◇◇◇◇



 ギルド一階の食堂で朝食を済ませ、部屋に戻って寛いでいたリウスとユキ。

 今日はどうしようかと、雑談交じりの話し合いはドアのノック音によって中断させられた。

 扉を開けた先にいたのはミュエだった。


「おはようございます。リウス様。昨日のゴブリン討伐の報酬金が確定しましたので、ギルド一階の受付までお越しください」


 ギルドの一階は心なしか昨日よりも人が多いように見える。ギルドの職員も慌ただしそうにギルド内を動き回っていた。

 ギルドに集まっている人は皆、完全武装といった雰囲気で、妙な緊張感が漂っている。


「なんか、怖いね……」


「……そうだな」


 黙って周りを見渡す者。どこか浮ついた雰囲気で談笑する者。ギルドに集まっていた人たちは大きくその二種類に分かれていた。しかしそのどちらに分類される人であっても、確たる決意をもってこの場に集まっていることは、何も知らないリウスとユキにも理解できた。


 ミュエから思わぬ額の報酬金を受け取った後、ちょっとした世間話として、リウスはギルドのこの状況を尋ねてみることにした。


「今日は何か、イベントでもあるんですか?」


「ご存じありませんか? 今日は大精霊の討伐任務があるんです。私はてっきり、お二人もそのためにこの町へ訪れたものだとばかり」


 大精霊、という聞きなれない単語にユキと顔を見合わせる。当然ユキも知らないようで、無言で首を横に振る。

 そんなリウスとユキの様子を見て、ミュエは簡単に大精霊について説明をしてくれた。


 大精霊、と冒険者ギルドでは読んでいるが、呼び名が厳格に定まっているわけではないようで、教会では『神の化身』、人によっては『神』『悪魔』『天災』など、本当に様々らしい。

 不定期に出現する謎の生命体とのことで、現在までに4回出現が確認されていて、そのうち討伐に成功したのは1度だけだそうだ。

 共通する特徴は、特定属性の魔術を使用すること。

 使用してくる魔術と同じ属性の魔術に対する完全な耐性を有していること。

 出現の際に広範囲に及ぶ魔術を使用すること。

 そして、討伐の有無にかかわらず、時間経過により姿を消すこと。

 討伐に成功したのは2度目の出現時。1度目と3度目は出現場所と周辺の町に多大な被害をもたらした後、姿が確認されなくなった。

 今回確認されたのは火属性を使用する大精霊。出現したのはおよそ一週間前。出現から討伐開始まで時間が空きすぎているように思えるが、そこには冒険者ギルド側の事情が関わっているらしい。なんでも、本来こうした危険な依頼を請け負ってくれる冒険者の多くが、別件で別大陸に出払ってしまっているのだとか。


「本来であれば、第三、第四等級の冒険者は参加させたくなかったのですが、仕方がありません」


 そう言って語り終えたミュエの顔には、僅かな後悔と不安のようなものが見て取れた。


「ところで、ではお二人は、どうしてこの町にいらっしゃったのでしょうか?」


「……? どういうことですか?」


「自分の故郷を悪く言うわけではありませんが、この町には特筆すべきものは何もありません。今回のように、町の近くの森に大精霊が出現した、なんてことがない限り、わざわざ訪れる必要性がない町なのです。大精霊が目的でないのなら、お二人はどうしてここに?」


 そう問われても、リウスとユキには答えられるだけの理由がない。

 ここに来た理由なんて、目が覚めた場所から一番近かったからに過ぎない。しかしそんな理由話せるはずもなく、リウスはなるべく自然になるように、嘘をついた。


「まだ始めたばかりなんですが、二人で世界中を見て回ろうかと思っていまして。ここに立ち寄ったのは偶々なんですよ」


「そうでしたか。ではお二人は、ご出身は同じなのですか?」


「――ええ」


 ボロが出ないよう、きちんと相手の言った言葉の意味を考えてから返答する。


「なんという国なのですか?」


「――――はい?」


「お二人のご出身の国の名前です。地理には詳しいほうだと自負しておりますので、もしかしたら知っている国かもしれないと思いまして」


 どう答えるべきか思案する。

 当然だが、リウスにこの世界に存在する国々の知識は一つとして存在しない。

 全く知らない国をでっちあげるか、素直に日本と答えてしまうか。

 考えていた時間は2秒ほど。リウスは、日本と答えることにした。でっち上げた国名を言おうが、日本と答えようが、どうせミュエにとっては知らない国に変わりはない。であれば、良く知っている場所のほうが、嘘もつきやすいだろう。それに、嘘をつくときには真実を織り交ぜたほうが信憑性が増すとも聞く。


「二ホン……ですか……」


 俯いて顎に手を当てる。元から表情の変化に乏しいミュエの顔から、さらに表情が消えたようにリウスには見えた。

 無表情という表情すら消えてしまったような。苦手な感情表現に回していたリソースを、この瞬間だけ別の場所に回しているような。


 ミュエが顔を上げた時、表情は無表情に戻っていた。


「申し訳ありません。自分から地理に詳しいと発言しておきながら、お二人の出身国存じ上げず。まだまだ勉強不足ですね」


「いえ、そんなことは。島国ですから。知らないのも仕方がありませんよ」


「――――」


 この瞬間リウスは、ミュエの顔から再び表情が抜け落ちていることに気が付かなかった。もっとも、気が付いていたところで何が変わったわけでもないのだが。


「ミュエさん! ごめんなさい、少し手伝ってほしいことが……」


 そう声をかけてきたのは、ミュエと同じくギルドで働く女性。初めて冒険者ギルドを訪れた時、受付で応対してくれた女性だった。


「分かりました――――申し訳ありません。少し、長話が過ぎました。何か御用があれば、また受付までお越しください」


「はい。こちらこそ、引き留めてすみませんでした」


 ミュエは一礼して、声をかけてきた女性職員のもとへと向かった。


「とりあえず、部屋に戻ろっか?」


「そうだな……」


 先ほどのミュエとのやり取りに若干の気疲れを感じながら、リウスはユキとともに部屋に戻ることにした。

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