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君の為なら神さえも。  作者: 塩砂糖
第1章『異世界転移編』
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第36話『故郷への想い』

「…………」


 不意に目が覚めたリウスがメニュー画面で時刻を確認すると、現時刻は2時を丁度(ちょうど)回った頃だった。

 リウスは普段、起きるべき時間ではないときに目を覚ますことは(ほとん)どない。この時間に起きる、と決めてしまえばその時間まで目を覚ますことはない。勿論(もちろん)それは、起きたい時間に起きられるというだけで、好きなだけ寝続けられるというものではないのだが。

 そんな訳で、リウスが起きるべき時間より前に目を覚ます、という場合は何らかの外的要因が関わっていることが多い。例えば昨日なら、椅子という寝心地の悪い場所で寝たのが原因だろう。

 それでは果たして、今日の外的要因とは何なのか。これはまあ、もう既に答えが出ているようなもので、考えるまでもないようなもので、思いつくまでもないようなものだ。


 回答。外的要因はユキである。


 しかしこの場合、リウスは隣で眠るユキの存在に、自分の腕を抱えて眠る女性の存在に、ドキドキして、ドギマギして、ワクワクして、ウキウキして、十分に寝付けなかったのではない。

 単純に、暑苦しかったのだ。


「……人の体って、温かいんだな」


 というか、温か過ぎるぐらいだ。

 温かくて、暖かい。溶かされてしまいそうなほどに、あたたかい。


 無防備に眠るユキの顔。本来、親しい相手にしか見せない(はず)の顔。

 抱えられていた腕を引き抜いて――その際胸に手が触れたのは不可抗力だろう――何となしにリウスはユキの頭に触れる。犬――というよりは(おおかみ)のようなふさふさとした耳に触れる。

 ペットみたいだな、と凡そ人に対して抱く感想ではないが、そう思う。

 ――いや、この場合ペットなのは、飼われているのは、所有されているのは。


「……俺の方か」


 何せ、ぬいぐるみ、なのだから。


 ユキの頭に触れるのをやめたリウスはベッドから立ち上がる。とはいっても、何処(どこ)かへ行く予定も、何かをするつもりもない。しかし、()ぐにユキの眠るベッドに戻る気にもならず、リウスは誰も使っていない隣のベッドに腰掛ける。

 そして、暇潰しに思考する。

 例えば、このまま自分がこちらのベッドで眠ったとしたら、朝起きた時ユキは何と言うだろうか。

 喜ぶのか。怒るのか。哀しむのか。楽しむのか。何も思わないのかも知れないし、何も言わないのかも知れない。それでいて、その日の夜は再び、当たり前のように隣で寝るのかも知れない。

 どうなるのかは分からないし、知らないし、知るつもりもなければ、試すつもりもない。

 肯定も否定も拒絶も許容もしない。

 ユキが何処までリウスのことを理解しているのかは知らないが、なるほど、ぬいぐるみという例えは言い得て妙だ。

 意思を持たない自分には相応(ふさわ)しいと、リウスは思った。


 そこから何をするでもなく、まさしく意思を持たないぬいぐるみのように、ベッドに腰掛けたまま無為に時間を過ごしていたリウスが、そろそろ寝ようかと立ち上がった時、戻るべきベッドで眠っていたユキがゆっくりと目を開けた。


「……りう、す?」


「おはよう、ユキ」


 まだ人間が活動を始めるには早過ぎる時間だが、お早い時間に変わりはない。この挨拶(あいさつ)もそこまで的外れではないだろう。


「いま……なんじ……?」


「えっと――3時ぐらいだな」


 自分で時間を確認しながら、1時間近く何もせずにぼーっとしていたことに驚く。これほどまでに“時間を(つぶ)す”という言葉が当て()まる状況もないだろう。何も生み出していない真に生産性のない時間。無駄、ここに極まれり。といった感じだ。


「……さんじは、まだよる、だよ」


 おはようと言われて体を起こそうとしていたユキは、時刻を聞いて再びベッドに倒れ込んだ。


「なに……してたの……?」


「別に。ちょっと目が覚めただけ」


 ユキと寝るのが暑苦しくて目が覚めたとは、流石(さすが)に言わなかった。


「そ……」


 そう答えて、ユキは枕に顔を埋めて動かなくなった。なんて言うと、まるで死んでしまったみたいだが。

 そんなユキの横にリウスも寝そべる。今回はユキが腕に抱きついてくるようなことはなかった。

 起きる時間は……まあ、いつでもいいか。正確に起きる時間を決められるからといって、いつもその特技を使わなければならない理由もない。今まで通り、いつものように、好きな時間に起きるとしよう。



 ◇◇◇◇◇



「リウス……起きてる?」


 そんな声が聞こえてきたのは、リウスが目を閉じてから10分ほど()ってからのことだった。


「起きてるけど、どうした?」


 リウスに対し背中を向けて眠っていたユキは体を反転させ、リウスの方へ向く。


「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど、良い?」


「ああ、俺に答えられることなら」


「――リウスってさ……日本に、帰りたい?」


 改まって聞かれるものだから、一体何を言い出すのかと少し身構えていたリウスだが、別に大したことではなかった。


 日本に帰りたいか、否か。


 例えばの話で、漫画みたいな話――いや、ラノベみたいな話だが、この世界に来た理由が“日本で死んでしまった結果の転生”であるならば、きっとこんな問い掛けは作中に登場しないだろう。何故(なぜ)なら、そういった理由で転生した主人公たちにとって、日本という国で暮らしていたことは既に終わってしまったことで、過ぎてしまったことで、取り返しのつかないことなのだから。

 しかし、リウスにとって、ユキにとって、二人にとってはそうではない。

 これまで普通に続いていた日常が何の前触れもなく――死というのも大抵の場合、何の前触れもないものだが――唐突に途切れ、死という解り易くて分かり易い納得出来る理由もなく、事前説明は何もないまま放り出される。未知に対する不安感から、これまで無関心に親しんできた世界へ帰りたいと思うのは、至って普通の感情だろう。


 では、そんな普通の感情を、普通ではない自分に当て嵌めることは出来るのだろうかとリウスは考える。


 帰りたい理由は人それぞれだろう。

 家族に会いたい。恋人に会いたい。友達に会いたい。やり残したことがある。向こうの世界でしか出来ないことがある。自分の家に帰りたい。未知の恐怖から一刻も早く逃げ出したい。

 10人に質問すれば10通りの答えがあるだろうし、それは質問する人数を100人にしようと1000人にしようと変わらないだろう。全く同じ答えなど有り得ないし、有り得てはならない。

 では、そんな10人のうちの1人として、100人のうちの1人として、1000人のうちの1人として、リウスの出した結論は。


 帰りたい理由も、帰りたくない理由もない。


 というものだった。

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