第35話『添い寝の理由』
まさか、他者に無関心でいることを誰かに感謝される日が来るとは夢にも現実にも思っていなかったリウスだが、今日のこの話はユキに感謝されてはい終わり――とはならなかった。
「ちょっと待て」
「……? どうしたの、リウス」
「いや、どうしたの? じゃなくて――」
話も終わり、部屋の明かりも消し、後はもう眠るだけのはずなのに――何故かリウスとユキは同じベッドに横になっていた。
「――こっち、俺のベッドなんだけど」
「うん、知ってる」
「ユキのベッドが向こうだってことは?」
「それも知ってるよ?」
「…………」
ああ、なるほど、そういうことか。わかったわかった。
リウスはベッドから起き上がる。
そして、歩いてもう一つのベッドへ向かい、横になる。
つまり、あれだ。今朝はなぁなぁで使うベッドを決めてしまったが、ユキが使いたいのは自分が選んだ方のベッドなのだと。
別にベッドの大きさも、質感も、寝心地も、二つのベッドに違いなんか一つも有りはしないが、とにかくユキが使いたいのは最初に自分が選んだベッドなのだと。
確か今朝の段階では、ユキは椅子で寝るようなことを言っていた気もするが、やっぱり気が変わってこのベッドで眠りたくなったのだと。
そうだ、そうに違いない。これ以外に答えなどあるはずもない。これが間違いであるならば、きっとこの世に正解なんてものは存在しないだろうし、間違いを間違いだと気付くこともできなくなるはずだ。1+1=2という答えにも赤ペンによってチェックが入ってしまうだろうし、六面立体パズルを5面だけ揃えることも可能だろうし、呼吸という動作ですら他人から学ばなければ満足に行えなくなってしまうだろう。
自分自身の完璧な回答に満足したリウスは目を閉じる。
そして、その隣にユキが寝転がった。
「――このままだと、1+1が2ではなくなるんだけど」
「……いきなり何の話?」
「あぁ、いや……こっちの話」
何があっても、ユキはリウスと同じベッドで眠るという決定を覆すつもりはないようだった。
まあ、それならそれで別に良い。ユキが良いのならリウスに拒絶する理由はない。ただ、ベッドのサイズがシングル程度しかないので、二人で寝るには大分手狭で寝にくい点と、汗をかくほどではないが、半袖で生活できる程度には暖かい気温なので若干暑苦しい点と、何故かリウスの腕を抱える様にしてユキが眠るため、自由に動くことができない点を除けば、特に問題はない。
こうして考えてみると、拒絶する理由しか見当たらなかった。
「いや、まぁ、うん。百歩譲って、俺の隣を譲り渡して、一緒に寝るのは良いとして、せめて理由ぐらいは教えてくれ」
「……? 私が一人で寝たくないから、だけど」
リウスと寝たいから、ではなく、一人で寝たくないから。
何処までも自分本意で自分勝手で自己中心的な回答に、リウスは少しホッとする。
何故なら、自分はまだ、ユキに好かれるようなことを何もしていないのだから。
「まぁ……いいや。――というか、なんかユキ、性格変わってないか?」
昨晩の「どっちがベッドで寝るのか論争」でも多少感じたが、リウスが思っている以上にユキは意思が強い。しかしそうでありながら、見ず知らずの男と同じ部屋で眠ることよりも、一人で眠ることに恐怖を感じる弱さも持っている。昨日までの――否、この部屋に帰ってくるまでのユキは、その弱さの部分が表に出ているようにリウスは感じていた。しかし今のユキからは、何処か吹っ切れたような強さを感じる。その訳を、リウスは訳もなく知りたくなった。他者に対して無関心でありながら、知りたくなった。訳もわからず、知りたくなった。
「……今までは、ほら、いくら知り合いとはいえ会ったことのない男の人だった訳だし、多少は警戒心があったんだよ」
ユキは語る。
「――そして、諦めてもいた」
「諦め……?」
「うん、寝てる間に胸を揉まれるぐらいなら、まぁ、されてもいいかなって思ってた。それぐらいなら我慢できるって」
ユキがリウスに悟らせなかった覚悟と諦め。ユキにとっては、見知らぬ男に体を弄られる嫌悪感よりも、孤独の恐怖が強かったということだ。
別にリウスは、自分自身がそういうことをするかも知れない人としてユキに見られていたことは、特に気にしていない。むしろそれが普通。通常。正常。生物として当然の防衛意識。リウスが失ってしまった――否、捨ててしまった、素晴らしく尊いもの。
けれど、それと同時にリウスは異常だと感じた。女性にとって、見ず知らずの男に対しての警戒心は、一人でいるのが嫌だ、などという子供っぽい理由よりも優先されるはずのもので、優先されるべきもののはずだ。しかしユキはそうではなかった。
ユキの感覚は正常だが、その優先順位は壊れている。既に壊れて、壊れ切って、壊れ終わったリウスはそう思った。
「勿論、襲われそうだったら抵抗するつもりだったし、リウスの反応を見るために敢えて気弱な感じで振る舞ってた部分は、多少あるかも」
そしてユキは、騙っていた。
「――けど、リウスが私に興味がないってわかったから安心したというか」
「安心?」
「だってほら、抱き抱えて眠るためのぬいぐるみを警戒する人はいないでしょ?」
「俺はぬいぐるみですか」
害意のない人だと信頼されたとかそういうことではなく、そもそも生物として見られていなかった。
「それに、全部が全部演技だったって訳でもないんだよ」
真っ直ぐにリウスの目を見つめてユキは告げる。
「――リウスがゲームを突然辞めた時は……本当に寂しかったんだから」
「…………そうですか」
リウスは、今のユキの態度が仮に演技であったとしても構わないと、そう思った。




