第25話『あり得ない数字』
食事を終えたリウスたちは、町の公衆浴場へと向かった。
いわゆる日本の銭湯のように、湯船に浸かってゆっくりするようなことはできなかったが、最悪濡れた布で体を拭うことを考えていたリウスとユキにとっては十分すぎるものだった。
「それじゃユキ、また明日」
「……うん。また、明日。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
部屋の前でユキと別れる。
リウスは部屋に入ると暗い室内を照らす魔力灯をつけ、何となしに部屋の窓を開けた。
広がる夜空。人工的な明かりが少ないこの町では、東京などの都会と比べて遥かに綺麗に星が見える。
星空に浮かぶ一際大きな丸い星。恒星でないのにもかかわらず、周囲の星より遥かに強い輝きを放つその星は。
「……この世界にも、月は在るんだな」
うさぎの模様こそ見えないが、それは確かに向こうの世界で言う所の「月」に見えた。
昼の青空には太陽が浮かび、夜の星空には月が浮かぶ。
名称としては同じなのだろう。しかし、月の模様にも表れているように全く同一のものではない。
だとすれば、今立っているこの星は、地球であって地球でないのだろう。
「――何考えてんだか……やっぱり疲れてるのかもな」
短く息を吐いてから窓を閉めると、ベッドに横になる。
ネットもテレビもゲームもないこの世界では、娯楽というものはかなり限られており、日が沈んだ後にできることなど、ほとんどないと言っても過言ではない。
国の首都などの栄えている街では、夜更けまで営業している酒場や風俗店などもあるのだろうが、この町にはその手の類のものは存在しなかった。もっとも、仮に営業していたとしても足を運ぶ気にはならなかっただろうが。
そういえば、と思い出してリウスはメニューを開く。
確認したいことがあったのを忘れていた。
それは、自分自身のステータス。
森での戦闘や町にたどり着くまでの過程で、この体の性能が並外れていることは十分に理解できた。
しかしそれが実際どれ程なのかは感覚では分かりづらい。
確認しなければ何か不都合が生じる訳ではないが、例えば魔法使用に必要なMPの総量を数字で把握できれば、自分の戦闘能力を手っ取り早く把握できるとリウスは考えた。
しかし、リウスの試みは無駄に終わった。
「何だこれ……」
表示されたステータス画面には、ある一箇所を除いて、およそ文字と呼べるものが表示されていなかった。
文字化けしたような謎の記号が羅列されているだけで、一切意味を読み取れない。
だが、リウスが発した疑問の声は、それだけに向けられたものではなかった。
ステータス画面で唯一理解できる文字列が表示されている部分。
それは、自身のレベルが表示されている部分だ。
レベル269。それが表示されていた数値だった。
ゲーム『アポカリプス』におけるプレイヤーの最大レベルは200。それを大きく上回るレベルに、リウスの思考が一瞬停止する。
――レベルの上限がなくなった?
――だとしたらなぜこんな数字に?
アポカリプスでは、レベルは基本的に魔物などの敵を倒すことによって得た経験値が一定量を超えることで上がる仕様になっていた。もちろんそれ以外にも方法はあったが、この方法が最も効率良く経験値を稼ぐ方法だった。
そのルールがこの世界でも変わらないと仮定した場合、リウスがこの町にたどり着くまでに倒した敵はただ一つ。
森で出会った、あの影以外存在しない。
だがしかし、もし仮にそうだとしても、たった一体魔物――のようなもの――を倒しただけでレベルが69も上がるなど、アポカリプスでは考えられない。
リウスの選択した『魔人種』は、他の種族よりもレベルアップに必要な経験値が桁違いに多かった。
そして、アポカリプスのゲームシステム上、レベルが上がっていくに連れて必要な経験値は跳ね上がっていく。
具体的には、Lv.190からLv.195まで上げるために必要な経験値は、Lv.1からLv.190に上げるよりも多かった。
ちなみに、Lv.195からLv.200に上げるためには、1から195までレベルを上げる工程を2回繰り返さなければならない程の経験値が必要だったりする。
要は、たった一体モンスターを倒しただけでLv.269まで上がるという現象は、あり得ないのだ。
しかし、あり得なくとも、今この瞳に映っている光景は幻想ではない。
なぜここまでレベルが上がっているのか。
可能性としては四つ。
一つ、森で出会った影があり得ないほどの経験値を保有していた可能性。
二つ、この世界とアポカリプスではレベルアップに必要な経験値が異なる可能性。
三つ、この世界に転移したプレイヤーが一律でLv.269まで上がっている可能性。
四つ、現状では推測不可能な何らかの要素が影響している可能性。
一つ目、二つ目、四つ目に関しては今のところ確認のしようがないが、三つ目に関してはユキに確認すれば済むだろう。
「……明日、確認するか」




