第2話『八月一日』
突然だが、『MMORPG』というものをご存知だろうか?
MMORPGとは『Massively Multiplayer Online Role Playing Game――マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム』の略語であり、『大規模多人数同時参加型オンラインRPG』とも呼ばれることがあるオンラインゲームのジャンルである。
ここ十数年、数多く配信されたMMORPGの中でも、一際人気を誇っているタイトルがあった。
【APOCALYPSE】
PS重視。広大なオープンワールドのフィールド。豊富な武器。自由度の高い戦闘。膨大な組み合わせが可能な職業。コンプリート不可能とすら噂される膨大なやり込み要素。複数のプラットフォームでクロスプレイが可能なシステム。
様々な理由から高い人気を誇っていたのだが……。
今日はそんなアポカリプスのサービス終了日。
正式サービス開始から十周年を間近に控えたある日。突然運営より告知されたサービス終了の知らせ。
十年近く経っても未だ人気が衰えていないゲームだっただけに、ネットニュースや掲示板は大騒ぎ。大勢のユーザーが運営に対し、サービス継続を望む電話やメールを送った為、運営の回線がパンクする事件が発生するほどだった。
しかし、どれだけ電話やメールが寄せられようとも、運営の回答は「サービス終了は確定事項です」の一点張り。運営の対応は一部のプレイヤーの怒りを買い、ネットは大いに荒れた。その時のアポカリプスプレイヤーの騒ぎっぷりは、正に燃え盛る炎のようで、炎上は中々収まらなかった。
だが、現在ではそれも収まり、殆どのユーザーは惜しみつつもサービス終了を受け入れ始めていた。
◇◇◇◇◇
八月だというのにも拘らず閉め切られた室内。午後十一時ということもあり外は真っ暗だが、この部屋にはおよそ灯りと呼べるものが付いておらず、唯一部屋を照らすのは、ニュース番組が映し出されているテレビだけだった。
尤も、それ自体に意味はない。単純に昼間からテレビを点けっぱなしで寝ていて、起きたのが今だったというだけだ。
『先日、東京都内で発生した連続爆破テロの主犯格に、今日最高裁判所から死刑判決が言い渡されました――』
部屋の住人である男は、ニュースの内容を観てはいなかった。目線は画面の左上。時刻が表示されている部分に注がれていた。
「そろそろか」
呟くと、テレビの電源を消した。
室内照明を点けると、男――羽川秋斗はベッドから億劫そうに立ち上がり、パソコンが置いてあるデスクに座った。そして、アポカリプスを起動する。
彼、羽川秋斗は以前、アポカリプス内で最強――基準は色々あるが――と呼ばれていた。
個人としても、団体としても。
理由は単純明快。
アポカリプスには、所謂ボスモンスターが八体存在する。
秋斗は、アポカリプスにおいて唯一“単独”で全てのボスを撃破したプレイヤーだった。勿論それは秋斗のみの力で成したものではなく、作戦立案、AIの行動パターン解析などを行ってくれたプレイヤーがいたこと。また、秋斗が就いていた職業が公式チートとも揶揄されるほどの能力を持っていたことなど、様々な要因が重なっていたからでもあるのだが。
ボスの単独撃破を達成した秋斗は、一つの目的を果たした達成感、そして、仕事の多忙なども重なり、そのままゲームを辞めてしまった。尤も、他に理由が無いと言えば、嘘になるが。
秋斗がアポカリプスサービス終了の話を聞いたのは、秋斗がゲームを引退してから二年が経過した頃だった。
◇◇◇◇◇
「サービス開始からやってたから……八年もやってたのか、このゲーム」
秋斗は今、アポカリプスを始めたプレイヤーが必ず訪れることになる『始まりの街』に来ていた。
無論、ゲームキャラ『リウス』で、だが。
何故そんな初期の街に来ているかといえば、運営の最期の挨拶がこの街で行われるからである。ゲームなのだから全ての街で行えばいいのにと秋斗は思うが、それをゲーム内チャットで発言するようなことはしなかった。
始まりの街は既にログインしていたプレイヤー達でごった返しており、ラグが発生するほどになっていた。
秋斗の記憶の限り、ここまで大勢のプレイヤーが一つのエリアに集まったのはサービス開始直後以来の筈だ。
しかし、サービス開始直後であってもラグが発生することはなかった。そんなアポカリプスのサーバーを以ってしてもラグが発生しているのは、暗にサービス開始時よりもプレイヤーの数が増えていることを物語っていた。
「未だに人気があるな。このゲームは……」
賑わうワールドチャットを見ながら秋斗は呟く。
二年もゲームから離れていた秋斗だが、やはり終わってしまうとなると少しばかりの寂しさを感じる。
しかし、何故これほどまでに人気があるゲームにも拘らず、サービスを終了させるのか。きっとプレイヤーの誰しもが疑問に思っているであろうことを考える。
商売としてであれば、人気的にもまだまだこのゲームで金を稼ぐことは出来る筈だ。秋斗に経営的なことは一切分からないが、少なくとも自分が運営だったのなら、ここでサービスを終えるという決断をすることはないだろうと、そんなどうでも良いことを巡らせていた。
すると、運営からアナウンスが入る。
『それではこれより、運営から最後の挨拶を始めさせて頂きます』
時刻は現在、午後十一時四十五分。
サービス終了時刻が零時なので、挨拶終了と同時にサーバーダウンとなるのだろう。
『サービス開始から本日で十年。皆様には大変長い間このゲームをプレイして頂きました。関係者一同、深く感謝しております。
サービス継続を望むメールなどにも全て目を通させて頂きました。これ程までの人々に愛されているゲームを開発、運営出来たことを非常に嬉しく思います。
ですが、我々運営は、サービス終了の決定を覆すつもりは御座いません。また、新作のゲームなども予定しておりません』
そんな運営の挨拶に何となく目を通しながら、秋斗は何をするでもなく、サービス終了時刻になるのを待っていた。
かつては、共に遊んでいた仲間もいた。
ボス攻略の作戦会議をした。休日をチャットで潰したこともあった。些細なことで言い争いにもなったが、それすらも今となっては懐かしい。
本名も顔も、性別すらも確かなことは分からないが、掛け替えのない友人達だったことは確かだ。
だが、秋斗がゲームを辞めてからというもの、その繋がりも切れてしまった。
(彼らは、俺のことを憶えてくれているだろうか)
もし仮に憶えていたとしても、あまり良い印象はないかも知れない。
秋斗はゲームを引退したが、そのことを彼らに対して明確に告げたことはなかった。
『暫くログイン出来なくなると思う。戻ってきたらまた相手してくれ』
そう言ったきりだ。
だがそれも、言い訳かも知れないが、秋斗からすれば仕方のないことだった。事実として秋斗にはその時、このゲームを引退するつもりなど、全く、微塵も、これっぽっちも、なかったのだから。
――最後に、個人チャットを送ってみようか。
メッセージを送って、それでどうする。
――ならせめて、フレンドリストからログイン状況を確認しようか。
それこそ、何になるというのだろう。
どうせもう、会うことはない。
秋斗の自問自答はそれで終わったが、運営の挨拶はまだ続いていた。
『最後に、ユーザーの皆様から寄せられた質問の中で最も数が多かったものに、この場を持って回答させて頂きます。
質問の内容は、何故サービスを終えるのか、というものです。
皆様もご存知の通り、このゲームを愛してくれているユーザーは、未だ多く存在します。ですから、このゲームで収入が見込めなくなったからサービスを終了する訳ではありません。
運営を行なっている我が社に問題が生じた訳でもありません。
対応不可能な技術的問題点が見つかった訳でも、はたまた運営がこのゲームに飽きた訳でもありません。
新規イベントなどの追加、アップデートが出来なくなった。という訳でもありません。
ですが、新たなイベントを用意していなかったのは事実です。
何故なら、サービスを開始した十年前のあの日から、今日この日にサービスが終了することは、“決まっていた”のですから』
「どういうことだ……?」
秋斗が無意識のうちに言葉を零す。
お祭り状態だったワールドチャットも、瞬く間に疑問の声で溢れ返る。
『改めまして皆様、特に“各種族でユニーク職に就かれた”方々、十年間のゲームプレイ誠に有難うございました。これならば充分“実用に耐え得る”ことでしょう。
それでは、ご武運を』
秋斗がそのメッセージを読み終えた直後、パソコンの画面が暗転する。
「なっ……」
キーボードを叩き、マウスを振るが、反応がない。
「何がどうなって――」
秋斗の記憶は、ここで終わっている。