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君の為なら神さえも。  作者: 塩砂糖
第1章『異世界転移編』
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第17話『無意識』

「……梨って、こんなに美味しかったんだな」


 甘い――いや、別に日本のものと比べて特別味が優れているわけではないのだろう。糖度で言えば、品種改良が施された日本の梨の方が高い筈だ。


 しかしここ最近、生きる為に必要な最低限の食事しか口にしていなかったリウスには、久々に口にした果物がとても甘く感じられた。


 ふと、横のユキに目を向けると、いつの間に取り出したのか小型のナイフを右手に持ち、梨を半分に切り分けてから口に運んでいた。


「……? リウス、どうかした?」


「いや、俺には切るっていう発想がなかったなぁ、と」


「丸かじりも良いかなって思ったんだけど、ちょっと大きかったから。リウスも使う?」


「んー、いや、俺はいいかな」


 そっか、と答えてユキは半分になった梨をかじる。小さなその一口は、リウスにユキが女性であることを少なからず意識させた。


 その姿を、リウスは無意識のうちに見つめ続ける。


「……あの」


「ん?」


「その、見られてると……食べ辛い、かも」


「ああ、悪い――」


 別に、他意があった訳ではない。完全に無意識で、不自然なほど自然に、(つか)えることなく滑らかに、その言葉は口から溢れ出た。


「――ただ、可愛らしいなと思って」


「…………えっ」


「え?」


 あれ、今、俺、何て言ったんだっけ。


 何か思っての発言ではなかった。何か、別のことを考えていたような気もする。


 上の空だった頭で、俺は今、何を口走った?


「……えっと、あの、その……ありがとう、で良いの、かな」


「あー……えっと」


 咄嗟にさっきの言葉を撤回しようとするも、それはそれで失礼な気がして、リウスは言葉を詰まらせる。


 リウスがどう答えるべきか迷っている間にも、ユキの顔は徐々に赤くなっていく。尤も、それはきっとお互い様なのだろうが。


 全く、高校生かと。恋愛経験に乏し過ぎるのも考えものだと、ユキへの返答を考える頭の片隅で思う。


 ――そもそも、撤回する必要もないのではないか。リウスがユキのことを『可愛らしい』と感じたのは紛れもない事実なのだから――。


「……何というか、無意識、だったんだ。ごめん」


「あ、謝らないで……別に、嫌じゃ、なかったから……」


「……そうか」


「……」


 そこから暫く、互いに顔を見て話せるようになるまで、二人は無言で歩き続けた。



◇◇◇◇◇



 リウスとユキ、二人が梨を食べ終わった頃。


 町の中でも一際――否、この町の中で最も大きな建物の前に二人はいた。


 洋館を思わせる石造りのその建物は、外観からは三階建てに見える。


 建物の正面には、高さ3メートルはあろうかという両開きの巨大な扉があり、人の出入りが多い時間帯だからか、現在それは開け放たれていた。


 両開きの扉の上部。開閉の妨げにならない位置に、これまた大きな木製の看板が掲げられ、そこには看板の大きさに合わせたサイズで「冒険者ギルド」と書かれていた。


 その文字を見て、思わずリウスとユキの動きが止まる。その文字の意味が分からなかった訳ではない。文字におかしなところがあった訳でもない――いや、この場合は、おかしなところしかなかったと言うべきか。


 その文字は、日本語ではなかった。


 平仮名ではなかった。片仮名ではなかった。漢字が使われている訳でもなければ、アルファベットで表記されている訳でもない。


 リウス達の暮らしていた地球に存在した文字。そのどれとも一致しない文字で「冒険者ギルド」という文字は書かれていた。


「……読めるか?」


「うん……どんな原理なんだろうね……」


「……文字もそうなら、やっぱり」


 やはり、言葉も――。


「どういうこと?」


「――何でもない。それにしても、文字が読めるのは助かるな」


 正直、言葉さえ通じるならば、文字が理解出来なくとも大きな問題にはならなかった。この世界の識字率がどの程度なのかは今のところ知りようもないが、仮に中世後期と文化レベルが同等なのであれば、文字が読み書き出来なくとも怪しまれることはなかった筈だ。


 何にせよ、文字が読めるならそれに越したことはない。


「ところで、ここに入るの?」

「ああ、ここでギルドカードってものを手に入れようかと思ってさ」


「それって、確か衛兵の人が言ってたものだよね? 身分証になるんだったっけ」


「あの口振りからしてそうだろうな」


 現在リウス達には自らの身分を証明する術がない。


 日本において自らの身分を証明出来ないことはまずあり得ない。その為イメージしにくいが、身分証明の術がないという状況は非常に不味い。


 何故なら、身分が証明出来ないというのは則ち、自分が不審者であることを否定出来ないということなのだから。


 先程の衛兵とのやり取りにしてもそうだ。

 身分の証明というものを普段生きていて意識することは少ないが、いざ尋ねられた時に対応出来ないというのは、それだけで相手に不信感を抱かせる。


 別に、正式な書類が必要という訳でもないのだ。


 身分証明など、言ってしまえば丁寧な自己紹介のようなもの。

 所属している組織がなければ「**にある**村出身です」とでも言っておけば一先ずの受け答えは出来る。


 しかし、この世界の知識がないリウス達にはそんな会話すら難しい。

 だからこそ、見せるだけで身分証明が可能な「身分証」は、この世界で生活する為にも早めに入手しておいた方がいい。


「取り敢えず、まずは入ってみるか」


「そうだね」


 余り立ち止まっていても邪魔になる。

 何にしても行動しないことには始まらないと、二人は冒険者ギルドなる建物に足を踏み入れた。

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