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君の為なら神さえも。  作者: 塩砂糖
第1章『異世界転移編』
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第16話『世界の仕組み』

 当てもなく町を歩くことおよそ十分。リウスは唐突にその足を止めた。


「どうかした?」


「ん、いや、ちょっと確認しておこうかと思って」


 リウスの視線の先には野菜や果物が陳列された青果店があった。


 リウスの確認しておきたいこと。それは、手持ちの硬貨が使用可能か否か、だ。


 世の中金があれば大抵のことは解決する。各種情報然り、生きるための食料然り、人からの信頼然り、大概のものは購入出来る。


 そんな全ての基礎になり得る金銭が使えるのか、使えないのか。たったそれだけが違うだけで今後取るべき行動は大きく変わってくる。尤も、では具体的にどう変わるのかと問われても、それに答えられるほどのものを今のリウスは持ち合わせていないのだが。


 今は具体的な回答を導き出すだけの情報がない。しかし、情報を得るにはまず、金が使えるか知る必要がある。けれど、金が使えなかった場合の対処は情報がなければ行えない。

 結局のところ、何処までも行き当たりばったりだった。


 丁度お客の対応を終えた青果店の店主にリウスは話しかける。


「すいません」


「お、いらっしゃ――おぉ……すげぇ鎧だな、兄ちゃん」


 何故青果店の店主をやっているのかと思うほどにガタイの良いおっちゃんだった。


 気が良さそうな笑顔と共に発せられるはずだった客の来店を歓迎する言葉は、リウスの着用する鎧の存在感に掻き消えた。


「はぁ……どうも」


「最近見た中でも一際強そうだな、兄ちゃん。ま、俺には冒険者の善し悪しなんざ分かんねぇけどさ」


「はぁ」


「ああ、悪い悪い。お客さんだったな」


 流石にリウスの相槌が適当なことに気が付いたのか、青果店店主は一つ咳払いをすると、本来の業務に戻った。


「いらっしゃい。何が欲しい?」


 何が欲しいかと訊かれても、別にリウスは何も欲しくなどなかったのだが、しかしここで「いえ、何も要りません」と言ってしまっては何の意味もない。


 いや、別に元よりこの会話に意味などないのだが、意味のない会話と意味を失った会話では訳が違う。前者も後者も意味がないという点においては同じだが、意味のない会話には意味のない会話にしかない意味がある。しかし、意味を失った会話は無駄でしかない。そしてリウス達には、そんな無駄なことに時間を割いている暇はなかった。


 リウスは店に陳列された商品に目をやる。


 周囲を見回せば、正しく異世界に相応しい光景が広がっているが、今見えているその空間に限って言えば、別段目を引くような珍しいものはなかった。


 蜜柑(みかん)檸檬(レモン)を始めとした柑橘系の果物。

 苺、梨、葡萄、西瓜――などなど。

 野菜は馬鈴薯(じゃがいも)、玉葱、(にら)に人参。

 甘藍(かんらん)に空豆、筍まであった。

 日本で言うところの春野菜や夏野菜がメインに扱われているようだ。

 となると、四季があるとすれば今の季節は春か夏か。体感気温的に春、もしくは初夏辺りが妥当だろう。


 この世界にも竹が生えているんだなぁ、なんてことを考えつつ、リウスは商品を一通り見回した後、「じゃあ、梨を二つ」と答えた。


「ほい、梨二つ」


 そう言っておっちゃんは梨をそのままリウスに手渡す。


 まぁ、確かに、この世界にビニール袋なんて物は存在しないだろうから、こうして手渡すか、自分でバックなり何なりを持参するのが普通なのだろう。しかし、これまで日本で暮らしてきたリウスにとって、購入した商品をそのまま手渡されることは――それも生鮮食品を――今までになかった。


 そんな些細な部分こそが、今いるこの場所が異世界であるということを表している気がして、少し、こう、昨夜見た夢と同じ光景に遭遇したような、不思議な感覚をリウスに抱かせた。


「代金は?」


「本当なら青銅貨四枚何だが……二つ買ってくれたからな、青銅貨三枚で良いぜ」


 本当に気が良いおっちゃんだった。


 リウスは横にいたユキに梨を一つ手渡すと、空いた右手をアイテムボックスに入れ、青銅貨を三枚取り出し、店主に支払った。


「……戦士かと思ったが魔法まで使えんのか。全く、最近の若いのは凄いねぇ」


 無意識のうちに使っていたが、どうやらアイテムボックスのような魔法は存在するらしい。

 元より隠すつもりはなかったが、隠す必要はなさそうだった。


「どうも。それじゃ」


「青銅貨三枚きっちりだな。毎度あり!」


 威勢良く言う店主に背を向け、リウス達は青果店を後にした。


「ちゃんと使えたね」


「だな。これで当面、お金の心配はなさそうだ」


 第一の関門にして最大の難所を突破、と言ったところか。金が使えるのなら、行動の選択肢もそれなりの幅が出てくる。正に、幸先の良いスタートだった。


「ところで、勝手に梨にしたけど、食べられなかったりするか?」


「ううん。あまり好き嫌いはない方だから。でも、苺はちょっと苦手かな」


「それはまた、どうして?」


「ちょっと、見た目が……ね。ちっちゃな虫が集まってるみたいで好きじゃないんだ」


「なるほど」


 確かに言われてみればそう見えなくもないかもしれない。しかし、例えユキが苺を苦手としていなかったとしても、リウスは苺を選ばなかっただろう。


 実のところ、リウスもあまり苺は好きではない。どちらかと言えば嫌いな部類だ。尤もリウスの場合、見た目が苦手だからという理由ではなく、単純に傷みやすいからという現実的な理由なのだが。


 そんな会話をしつつ、リウスは先程の青果店の店主を思い出す。


 あれは、どういうことだったのだろう。

 言葉は通じていた。でも、だからこそ。


「……やっぱり」


「どうしたの?」


「……いや、何でもない」


「……? そっか」


 別に、知らなかったところで問題はない。

 ただ世界が、そういう風に出来ているだけなのだろう。それ以上の説明は出来そうになかったし、する必要もないことだった。


 右手に持つ、艶のある黄緑色の梨。

 取り繕うかのように、リウスは梨にかぶりついた。

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