第13話『嘘なき戯言』
人間、普通に生活していれば嫌でも金が掛かる。日本であれば、税金、年金、保険料などに始まり、賃貸マンションであれば家賃が掛かり、生きる為には食費が掛かる。
生きていく上で金は最も重要であり、なくてはならないものだ。
こんなことを言うと「金で買えないものもある」なんてことを口にする人が現れる。
確かに、金で買えないものというのは存在する。しかし、所詮それは全ての人が平等に享受出来るが故に、万人にとって価値のある無価値なものに過ぎない。
例えば時間という概念。時間を購入し、自分だけ一日を三十時間や四十時間にすることは出来ない。時間というものは有限であり重要なものだが、凡ゆる生物に“平等”に流れているが故に無価値なのだ。
だがしかし、こんなことを言うと今度は、「実体のないものに金が払えるわけがないだろう」と言い出す輩が出てくる。
確かに、その主張も一理あるだろう。売買の本質は物々交換。金の代わりに差出せる物品が無ければそれは成立しないようにも思えるが、それは違う。
例えば、芸術品。
人間は芸術的価値などというものに値段を付け、金を払える生き物だ。
例えば、情報。
個人情報。機密情報。芸能人のプライバシーから料理の隠し味に至るまで、金で買える実体なき情報は山ほど存在する。
結論。金で買えないものはある。しかし、金より価値のあるものは存在しない。凡ゆる価値と交換可能な価値を持つものが金なのだから。
そしてそれは、ここ異世界でも変わりはしない。
食料も宿も、下手すれば町に入る為にも金が掛かる可能性がある。
リウスとユキにとって、金銭の確保は何よりも優先しなければならないことだった。
「お金をどうにかしなくちゃいけないのは分かったけど……それと装備に何の関係があるの?」
「お金がないなら何処かからお金を持ってこなくちゃならない。でも、俺たちにはこの世界の知識が一切無い。仕事を見つけることは難しいだろうし、働いても直ぐにお金が入るとは限らない」
「リウス……?」
「だったら……お金を持っている人から直接――」
「駄目だよ。それは」
その言葉は、刃物のような鋭さを持っていた。
リウスの言葉を断ち切り、辺りの空気を張り詰めさせる。
「本気で、言ってるの?」
本気か冗談かで言えば、リウスは紛れもなく本気だった。最悪の場合は、他人から恐喝して金銭を得ることを、躊躇わないだろう。強制的に強奪することも、厭わないだろう。
「……冗談だよ」
しかし、それを言葉にしないぐらいの分別は持ち合わせていた。
「……そっか。それで、本当の理由は?」
「俺たちが持つ最大の武器はこの体だ。この世界でどの程度の強さかは分からないけど、少なくとも弱くはないと思う。
ここまでアポカリプスとの共通点がある世界なんだ。魔物や魔獣の類がいてもおかしくない。討伐じゃなくても、所謂採集クエストのようなものもあるかもしれない。
何にせよ、手っ取り早くお金を稼げそうな仕事を得る時に、質素な装備をしているよりも、立派な鎧を着てた方が強そうで印象に残るし、頼りになりそうだろ?」
先程話した理由以外は考えていなかったので、咄嗟に思いついた理由を口にする。
あまり理由になっていないような気もするが、だが今は、今はそれっぽいことを言えればそれで良い。
「――――そういう理由だったんだね。それなら、私の装備もこのままの方が良いかな?」
「そう、だな。まぁ、今持ってるお金が使えるのが一番だけどね」
ユキにこの言葉がどう伝わったかは分からない。
さっきの、あの言葉。
――本気で、言ってるの?
何処か幼げな優しい印象だっただけに、あの声は、あの表情は、少し意外だった。
ゲームではそれなりに長い付き合いだったが、やはり人間、実際に話してみないことには何も分からない。
「他に心配なのは、やっぱり言語だな」
「日本語じゃ……ないのかな」
「都合よく日本語だと嬉しいんだけどな。ところで、ユキは日本語以外に何か喋れるか?」
「ううん。英語は多少分かるけど、それでも中学英語レベルだよ。リウスは?」
「日本語と英語、それとドイツ語が少し話せるぐらいかな」
「じゃあ、日本語が通じなかったら英語とドイツ語を試してみよっか」
「はは、そうだな」
不安はある。だが、一人ではない。話が出来る、言葉が通じる相手がいる。
リウスにとっても、ユキにとっても、お互いの存在はとても大きく、心強いものだった。
「リウス」
唐突に、何の前触れもなく、突然に、
「ありがとう」
ユキは感謝を告げた。
それが何に対しての感謝なのかリウスには分からなかったが、そのことについて問うようなことはせず、
「こちらこそ、ありがとう」
リウスも感謝の言葉を返した。
ユキの感謝が何に対してのものだったのか。「ありがとう」に込められた意味を、リウスが知るのはまだ少し先の話だ。




