第11話『傍観者の駄弁』
三十分程歩いていると、想像よりもかなり早く町が見えてきた。どうも先程までリウスが見ていた影のようなものは、町の中でも比較的高さのある建物の屋根だったらしい。
「でも、どうして……?」
「多分、この世界も球体なんだろうな」
「球体……あ、そっか」
リウスも先程まですっかり忘れていたが、世界は――少なくとも地球は――平面ではない。歩き続けても果ては見えて来ない。前に進み続ければ、元の場所に戻ってくることが出来る。
そして球体の世界では、目視出来る距離に限界が存在する。所謂、水平線、地平線だ。
地平線や水平線までの距離は観測者の目線の高さによって変化するが、観測者が水面に立っているものとして水平線を観測した場合、水平線までの距離は――球体の大きさが地球と同じ前提で――約4.5キロメートルである。
果てしなく遠い位置にあるように見える水平線や地平線は、その実、一時間程度歩けば着く距離にあるのだ。
日本では背の高い高層ビルが立ち並んでいるため実感し難いが、あの町の建造物にそこまで高いものは存在しないらしい。故に、10キロも離れてしまうと、もう町は見えなくなってしまうというわけだ。
「あの町までどれぐらい掛かるかな?」
「目視で距離を測る特技は無いな……。でも、夜になる前には辿り着けそうだな」
今歩いている場所は先程までいた森や、見えている町よりも若干高さがあり丘のようになっているらしく、それもあって森からは町が殆ど見えず、丘からは町のさらに奥まで見通せるようになっている。
もしこの世界のサイズが地球と同じだったとしても、町までの距離は5キロ以上離れているだろう。
そんな時、ユキが唐突に話を切り出した。
「そうだリウス、ちょっと走ってみない?」
「え? 走るって……どうして?」
「普通に歩いてたらあの町まで時間が掛かるでしょ? せっかくこんなに広い場所なんだから、気分転換に走ってみるのも面白いかなぁって」
笑顔でそう言うユキの姿は、太陽に照らされ輝いていて、
「それに、このアバターの性能も、少し試してみたくない?」
首を傾げて問い掛けるその姿は、何処か幼さの残る容姿と相まって、おもちゃを与えられた子供のような無邪気さを感じさせた。
「……分かった。――走るか!」
どうせここには二人しかいない。
なら、久しぶりに童心に返ってみるのも、面白いかもしれない。
澄んだ青空の下。心地良い風が吹く草原で、二人は町に向かって走り出した。
◇◇◇◇◇
椅子、机、チェス盤、携帯ゲーム機、裁縫道具、松葉杖、トラックの模型、狩猟用ライフル、蝋燭、パソコン、トランプ、ライトノベル、人体模型、クリスマスケーキ、縄、棺桶――。
様々なものが散乱する空間の中心で、宙に浮かぶ半透明のスクリーンを見つめる男がいた。
スクリーンの中には、森を抜けたばかりのリウスとユキの姿が映っている。
「序盤でゲームオーバーにはならなかったか。流石に“最強”と呼ばれただけはあるねぇ」
草原を歩く二人を眺めながら、誰に聞かせるでもなく男は呟く。
そんな男の元に、見た目15歳くらいの金髪の少女が、“背中に生えた一対の純白の翼を羽ばたかせて”空中から舞い降りる。
「リミティブ様、いい加減片付けられては如何ですか?」
「ん……やぁエル。君も一緒に見ていくかい?」
「……私の話、聞いておられましたか? いい加減、片付けられては如何ですか?」
「そこまで言うなら、エル、君が片付けたら良い。この空間が気に食わないのは君なんだから」
「私、昨日全て片付けた筈なのですが」
「そうだね。だからこの部屋は昨日君が片付けた後にこうなった訳だ。何処か可笑しな所があるかい?」
「…………いえ」
会話に疲れたのか、それとも何を言っても無駄だと悟ったのか、エルと呼ばれた少女は無言で物を片付け始める。数時間後には、この行為が全て水の泡になることを知りながら。
「さてさて、これからどうなるか楽しみだなぁ」
隣で物を片付けているエルには目もくれず、近くにあったチェスの駒を弄びながらリミティブは呟く。
「リミティブ様であれば、結末を確認することも可能なのでは?」
そんな独り言に、エルはつい反応してしまう。呟きの内容が、少し意外なものだったから。まるで未来に期待するような、「楽しみだ」なんて言葉、似つかわしくない。
エルのその言葉に、リミティブはため息で返す。
「エル……。君は小説を読む時に最後のページから読むのかい?」
「文学の類は読んだことがありませんので」
「ああ、そう……。そこら辺に日本のライトノベルがあった筈だから読んでみると良い。人間の想像力というのは意外と馬鹿に出来ない」
「はぁ、そうですか」
「物語は先が読めないからこそ面白いんだ。話を好きに書いてみるのも楽しいが、僕はやはり、読んで楽しむ方が好みだな」
「では、今御覧になられているそれも、物語というわけですか」
「そうだね。元は僕が書いていたんだが……飽きたから、書き手から読み手に乗り換えたんだ」
「そうですか」
エルはリミティブの話をあまり理解はしていなかったが、それらしい相槌を打つ。リミティブもエルにきちんと理解してもらおうとは思っていなかったので、エルの雑な相槌を咎めることはしなかった。
「さぁ、プロローグは終わり。ここからが本編だ。――あ、エル、ポップコーン持ってきてくれるかい?」
「……畏まりました」




