第10話『リスタート』
やっとこ第10話です。
でも第1章で書きたいことの10分の1も書けてません。
これいつ終わるんだ……?
『秋斗、こちら大原――さん。お父さんの……――――、かな』
『こんにちは。秋――ん。お父さんには、本当――――きれな――』
『…………』
『こちらは、――――だ』
なんだ、これは。
『それ――――さん。この度――当に――』
『いえ――、こち――――忙し――』
これは、なんだ。
いつの。
誰の。
どこで。
何の。
どんな、記憶だ。
ユキ、ユキの名前か?
大原柚月。知らない名前だ。少なくとも記憶にはない。大原という苗字は聞き覚えがあるが、大手銀行と同じ名前だ。聞き覚えがあってもおかしくない。
……では、一体これは。
「……リウス?」
「え? あ……うん。何でもない」
ユキに声を掛けられ我に返ると、さっきまでの思考は何処かに消えてしまったかのようにすっきりとしていた。
大原柚月。
秋斗はもう一度頭の中でその名前を反復してみるも、特に変わったところはない。
先程の思考は霧のように消えていき、記憶からは夢のように抜け落ちていく。もう既に、何を考えていたのか半分も思い出せない。
あれは、何だったのだろう。
そんな思考も、消えようとしていた。
「それで、さっきの話に戻るけど、リウスのことは本名で呼んだ方がいい、かな? それとも、このまま?」
「そうだな……質問を質問で返して悪いけど、ユキはどっちの方がいいんだ?」
多分、ユキという名前は本名の柚月から来ているのだろう。音としては大した違いもないので、どちらでもいいと答えられそうでもあるが――。
「私は、ユキ、の方がいいかな」
「それは、どうして?」
「……せっかく別の世界に来られたから、かな」
抽象的な答え。説明するには明らかに言葉が足りていないような回答だったが、秋斗にはそれだけでも「なるほど」と思わせるものがあった。
せっかく別の世界に来られたから。その言葉には、「前の世界から抜け出せたから」というニュアンスが含まれているようにも感じた。
なるほど。別の世界か。
知らない場所。見覚えのある着用物。初めて会った友人。
確かに、再スタートを切るにはぴったりかもしれない。
変わることは出来ないだろうが、新たに歩き始めることは、出来るかもしれない。
停まっていたものを動かすきっかけに、なるかもしれない。
「――だったら俺のことも、リウスと呼んでくれ」
その日、羽川秋斗は、リウスとなった。
◇◇◇◇◇
それから約一時間。『ユキ』と『リウス』の二人は森を出るべく歩き続けていた。
人間の歩く速度は時速四キロメートル程度と言われているが、それはあくまで平均であり、平坦な障害の少ない場所を歩いた場合に限る。
いくら木が枯れていて普通の森よりも見通しが良いと言っても、人の手が一切入っていない自然な土地というのはとても歩きづらく、人にとって活動し辛いものだ。いくら人並み外れた身体能力を引き継いだ二人といえど、歩き慣れない森林では通常の半分程度しか進むことが出来ない。
「おっ、と」
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫、大丈夫」
地面がごつごつとしていて不安定なため、時々躓いて転びかける。現にリウスも転びそうになり、咄嗟に近くの木に手をつく。
そして気がついた。
「これは……」
木に触れた手のひらが黒く汚れていた。
「どうしたの?」
「この木、枯れてるわけじゃないみたいだ」
「え……?」
ユキも木に触れてみる。
「――これ、焼けたあと?」
人差し指に付いた煤を親指と擦るようにして感触を確かめながら、ユキは呟いた。
「見る限り、全部の木がそうみたいだな」
「山火事でもあったのかな」
「分からない。けど、そうだとしたら相当な規模の火事だったんだな」
リウスたちは一時間以上歩き続けているが、今のところ焼けていない木を一度も見かけていなかった。
リウスは先程触れた木にもう一度手を伸ばし、人の腕ほどの太さの枝を一本へし折る。その木は中心部まで黒く焼き尽くされていた。
木というものは燃えやすいイメージがあるが、実際のところは水分を多く含んでいるため――種類にもよるが――生えている木が燃えることはあまりない。
にも拘らず中心部にまで火が及んでいるのは、よほど大規模な火災だったか、木が燃えやすい種類だったのだろう。
「山火事の最中じゃなくて良かったね」
「本当にな……」
目が覚めたら周りが火の海でした、なんて笑えない。その上リウスは金属の全身鎧を着用している。もしそのまま火に呑まれればどうなるかは想像に難くない。
「あっ、ねえ、リウス」
そんなあったかもしれない惨状を想像しながら歩いていると、ユキが前を指差しながら声を上げる。
「森、抜けられたんじゃない?」
木々の隙間から見える景色には、見渡す限り草原が広がっている。【空間把握】で知覚している情報と差異はない。どうやら森はここまでのようだった。
視界の限り緑は地面を覆い尽くし、そよぐ風も何処か清々しさを感じる。見上げる青空も、森の中から見たものとは別物のように綺麗に見えた。雑草の一つも生えていなかった焼けた森とは、さながら天国と地獄のようだ。
「凄いな……」
「綺麗……」
風によって揺れる草。心地良いそよ風。青空に浮かぶ白い雲。
自然と『平和』という言葉を連想してしまう。
日本ではまず見ることの出来ないその光景に、二人は心を奪われていた。
だが、そんな草原にも、不可解な点が一つあった。
それは、森と草原の境目。火事で燃えてしまったため、森に草が生えていないのは理解できる。しかし、森を焼き尽くしたその炎は、一切草原には飛び火していなかったのである。
まるで、森だけが世界から隔離されて燃やされたような。後から貼り付けられた地形のように、森の存在は周囲から浮いていた。
不思議ではある。だが、それだけだ。
リウスは疑問を棚上げすると、思考を切り替えた。
「これからどうするの?」
「まずは人のいる場所に行かないとな。近くに村でもあれば良いんだけど」
そう言うものの、付近にそれらしきものは見当たらない。少なくとも、リウスにはそう見えた。
「あれ、そうじゃないかな?」
しかし、ユキは違ったらしい。
ユキが指差すのは先程までリウスが見ていた場所だった。そして、何もないと判断した場所だ。
「……何かあるか?」
「見えない? ほら、あそこ」
目を凝らすと、微かにではあるが黒い影のようなものが確認できる。だが、それが町や村の類のようには見えなかった。もしあれが本当に町村の類なのだとしたら、一体何十キロ離れているというのだろう。
「違う……かな?」
「……俺には分からないな。でも、行く当てもないし、取り敢えずあそこに向かってみよう」
澄んだ青空の下、焼け落ちた灰色の森を背に、二人は歩き出した。




