ヴァルキリーのいずれ行く場所
「すべてはカイル兄さんの手の上ってことか。メメント家はどれだけ領地を増やしても勝ち目はないだろうね」
ヴァルキリーを手に入れたメメント家によって始まった大きな戦。
そのメメント大戦は結局のところ、カイル兄さんが主導権を握ることとなったわけだ。
だから、俺がアイを通してカイル兄さんと話したときも、向こうは落ち着いていたわけか。
きっと、なんでもないことだと思っているんだろう。
ただ、カイル兄さんがものすごく優位に立っているのは間違いないが、難しいかじ取りを迫られているとアイは言った。
これは、カイル兄さんがフォンターナ家に仕える貴族だからだ。
カイル兄さんが当主を務めるリード家はフォンターナ王国に属する貴族家である。
フォンターナ連合王国の中にはフォンターナ王国と天空王国、ドーレン王国、そしてリゾルテ王国がある。
この四つの王国のなかでもっとも格が高いのがフォンターナ王家とされていて、そして、そのフォンターナ王に従う貴族家で一番力のあるのがリード家なのだ。
なにせ、元聖都を本拠地として、そこから西の地域で、かつて覇権貴族にもなっていたラインザッツ領などを中心に広範な領地を持つ。
というか、現実的には第五の王と言ってもいいくらいの規模がリード家にはあるのだ。
そんなリード家の当主たるカイル兄さんがすべての角ありヴァルキリーを従えることができるというのが知られたらどうなるだろうか。
少なくともそれまでと同じ目でカイル兄さんを見る者はいなくなるだろう。
そして、その中で一番反応するのは間違いなくフォンターナ王国に違いない。
今のフォンターナ王国はまだ若いフォンターナ王を支えるために家臣が力を合わせている状態だ。
これまでであれば、そいつらが注意深く見るべき相手はドーレン王家だろう。
もともとフォンターナ家の上位にいた存在だし、仮にフォンターナ王家が落ちぶれるようなことがあれば旧来の貴族家はドーレン王家を中心にまとまって反旗を翻すことも考えられた。
なので、フォンターナ王国から建国の際に最も活躍したアルス兄さんを上手いこと追い出して、内部での権力争いをしつつも、潜在的な外圧によってまとまっているのだ。
もしそこで、ヴァルキリーとカイル兄さんの関係が判明したら、そのギリギリで保っていた均衡が崩れることになるかもしれない。
下手をしたらフォンターナ王国とリード家が争うことがあるかも、というわけだ。
別にそうなってもいいんじゃないかとも俺なら思うけど、どうもアルス兄さんやカイル兄さんは意味もなく戦うってことが好きじゃないみたいだしね。
あんまり事を荒立てたくはないのかもしれない。
きっと、子どもとか子孫のこととかを考えているだろうと思う。
どれだけ自分が強くて、なんでも好きにできるのだとしても、それが自分の子どももそうである保障はどこにもない。
周囲に危険人物と見られたら、自分がいなくなった後の子孫が大変だとか、そういうことも考えているのかもしれないな。
別にそんなの気にする必要あるのかと思ってしまう。
結局は自分のことは自分で何とかするしかないからだ。
そんな後のことまで考えて行動するという兄さんたちの行動が俺にはよく理解できない。
俺も結婚したり、子どもができたらそう考えるようになるんだろうか。
なんにせよ、カイル兄さんは【念話】を使って全ヴァルキリーに命令できるという決定的な事実を公表していない。
だが、実際にはすでに命令していて、フォンターナ王国内では攻撃魔法ができないように設定されているらしい。
そして、アイがいうところでは、いずれ別の命令も発動するかもしれないということだった。
「頃合いを見て、ヴァルキリーを回収する、か。そんなことをされたらヴァルキリーだよりになっているところは困るだろうね」
カイル兄さんの今後の案としては、適当なところでヴァルキリーを取り上げてしまおうというものがあるらしい。
メメント家とドーレン王国、そして、リゾルテ王国がそれなりにつぶし合った後に、【念話】でヴァルキリーに移動を命じるというものらしい。
今のところの考えでは、いずれ北西にあるネルソン湿地帯にヴァルキリーを送り込むつもりだそうだ。
アーバレスト地区にも接するネルソン湿地帯はかなり広いらしい。
泥人形なんていう魔物もいたりして人類未踏の土地だけど、アルス兄さんが魔導飛行船で空を飛んで上空から広さだけは確認したからな。
海まではかなりの距離があるのに、その間をずっと湿地帯が続いているのだそうだ。
きっと、そこを人の住む土地にしたいんだと思う。
けど、それは多分人間だけの力じゃ無理だ。
だからこそ、最強の戦力であるヴァルキリーを使う。
魔物はびこる危険な湿地帯であってもヴァルキリーだったら活動できるだろうからな。
で、ヴァルキリーが魔物を倒して、その地を【整地】や【土壌改良】すれば、いずれは人が住む環境に変えられる。
そのためには、もっとヴァルキリーの数がいてもいいのだそうだ。
「つまり、こういうことか。使役獣の卵を使ってヴァルキリーを孵化させることができるようになった。けど、角ありの状態だと魔法が使える代わりに、【念話】も使えるから、いつ何時カイル兄さんの命令が発動して、ヴァルキリーがいなくなるかわからないってことね」
「はい。そのとおりです。ですので、アルフォンス様がこの地でヴァルキリーを増やすおつもりでしたら、角切りの状態のほうが良い可能性があります」
「ま、そうだろうね。いきなりヴァルキリーが走り出して大雪山を駆けあがったら、寒さで誰も助からないだろうし。分かった。じゃ、ヴァルキリーの角は切る方向で考えとくよ」
メメント大戦の話は面白かった。
が、けれど、こっちとは距離のありすぎる話だ。
俺のほうはと言えば、ワルキューレは孵化までに時間がかかるから、ヴァルキリーの数を増やしたい。
が、そのヴァルキリーが角ありだったら、いつそいつらがいなくなるかわからないという問題が付きまとう。
いろんな魔法が使える存在は惜しいけど、それをあてにしていて急にいなくなられたら後々困ることになりそうだ。
俺はヴァルキリーの数を増やすが、角なしとして活用していこうと決めた。
こうして、アイの話を聞き終わった俺は、角なしヴァルキリーの休む厩舎に使役獣の卵を置いていったのだった。
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