内政不干渉
メメント家によって始まった大きな戦は、当然のことながらメメント家のもつ領地と接する場所での戦闘が主だった。
東側に大雪山を背負う形で存在するメメント領は西にドーレン王国、北にフォンターナ王国、そして、南にリゾルテ王国と接していた。
すべての王国と隣り合う形になるのではあるが、本領であるメメント家は後方を大雪山という人が侵入するのが難しい天然の砦で守られているため、ある意味では戦いやすかったようだ。
そして、メメント大戦当初は一番勢力が弱いドーレン王国の領地が狙われていたという。
そんなメメント家に対抗するように最強の使役獣たるヴァルキリーを配下に配り、防衛力を強化し始めたドーレン王国。
すると、そこで困るのが南部に位置するリゾルテ王国だった。
リゾルテ王国は領地のさらに南部に飛竜と呼ばれる魔物が住む大渓谷が存在している。
こちらも、大雪山と同じように人が住むような環境ではない。
なので、南部からの人類国家による攻撃を受ける心配はなかった。
だが、北部にあるドーレン王国とメメント領がヴァルキリーを用いた軍備拡張を行うことに強い警戒感を示した。
というのも、リゾルテ王国の主力は大渓谷に住む飛竜を活用した飛竜部隊だったことが関係している。
飛竜という人を乗せて空飛ぶことができる魔物を使えることで、リゾルテ家はかつて最強の名をほしいままにしていたそうだ。
まあ、当たり前だろう。
ほかの人間には手の届かない高所から一方的に攻撃を仕掛けられるのであれば、負けることなんてそうそうないだろうからな。
だが、そんな最強部隊も現在は最強ではなくなっている。
それは、ヴァルキリーとは関係なく、かつてメメント家も含めた三貴族同盟に負けたからだ。
三貴族同盟の中のパーシバル家という貴族との相性が悪かったらしい。
最強部隊であったはずの飛竜がパーシバル家の【猛毒魔弾】によって次々と殺されてしまったのだ。
そして、その時の飛竜の減少は今も変わらなかった。
大渓谷に分け入って、飛竜の卵を持ち帰り、リゾルテ家の【調教】という魔法で卵から孵った本来は凶暴な魔物を従えるという方法は、大きく減らした数を回復させるのにどうしても時間がかかってしまったからだ。
たいして、ヴァルキリーの増加速度は飛竜とは比べ物にならなかった。
使役獣の卵があれば、数か月で実戦投入可能な成獣にまで成長するのだから、比べるまでもないだろう。
リゾルテ王国は恐れた。
今はお互いがつぶし合うように戦っているメメント家とドーレン王国の目が自分たちのほうへと向かないかということに。
そこで、リゾルテ王国はどう対応したかというと、ごく常識的なものだったようだ。
ヴァルキリーの生みの親であるアルス兄さんに掛け合おうとしたという。
おたくの使役獣が勝手に使われて戦争の道具とされているけどいいの?
そんなふうに天空王国に問い合わせたのだ。
「まあ、当然の対応だよね。というか、アルス兄さんはよその家が勝手にヴァルキリーを増やしたりして怒らなかったの?」
ここまで話を聞いて、俺も同じことを疑問に思った。
最初にメメント家がヴァルキリーの孵化に成功し、そして周囲を攻撃し始めて、さらにメメント家以外までもがヴァルキリーを生み出したのだったら、結構な時間が経っているはずだ。
その間のことを、アルス兄さんが知らなかったというはずはないだろう。
だけど、ここまでのアイの話ではアルス兄さんの話は一切出てきていなかった。
そして、俺もこの話を聞いたことがない。
いくら、俺が東方での生活で忙しくてフォンターナ連合王国のことにたいして関心が薄かったとしても、アルス兄さんが怒って何かしらの動きをしていたら知っていたはずだから。
けど、実際には天空王国は鎖国化して以降、地上のことに首を突っ込んだという話は全くなかったはずだ。
ということは、ヴァルキリーを盗まれたことにたいしてアルス兄さんは対応しなかったということになるんじゃないだろうか。
「アルス・バルカ様が当時リゾルテ王国に返した言葉は、内政不干渉を貫く、でした」
「内政不干渉? いやいや、ヴァルキリーを勝手に使われたんだよね? 盗まれたって言ってもいいことだと思うし、戦にもなってるのにそう言ったの?」
「はい。アルス・バルカ様の中では、ヴァルキリーの数が増えることはカイザーヴァルキリー様の魔力量増大に寄与するのみで、特段の不都合は見られないという見解でした。また、ドーレン王国も独自に力をつけられる機会であり、上手くすればメメント家から領地を奪える機会でもあり、天空王国にたいして救援要請は出していません。すなわち、交戦状態のある当事者からの要請はなかったことも起因しています」
……なんというか、さすがアルス兄さんだな。
自分で国を作っただけあって、冷静だなと思った。
俺なら自分のものが盗まれたと感じたら怒ると思うけど、そうじゃないみたいだ。
ワルキューレがどこの誰かも知らない奴に無断で使われているなんてしったら許さないと思う。
けど、確かにヴァルキリーの数を勝手に増やしてくれるのはアルス兄さんにとっては利点でもあるのか。
それに、勝手に他国がつぶし合っている状況は天空王国にとっても悪くはない、か。
なんにしても、メメント大戦を早期に収める大義名分を持つはずのアルス兄さんが動かなかったことで、その後もさらにヴァルキリーの数は増えていったそうだ。
当然、そこはリゾルテ王国も手を出したらしい。
もっとも、その時はすでに使役獣の卵がなかなか手に入らずに、出遅れがあったみたいだけど。
こうして、メメント大戦はその年だけでは終わらず、その後も続いていったのだった。
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