ちびワルキューレ
「キュウ」
新バルカ街の俺の家。
そこには今も元孤児たちが住んでいて、アイから教育を受けている。
元高級娼婦で結婚しなかった人も何人か残っていて、家のことをしてくれている。
そんな我が家に俺は駆け込むように帰ってきた。
ワルキューレだ。
この家のそばにある厩舎。
そこにいるワルキューレがついに子どもを産んだのだ。
いや、それはちょっと正確ではないかもしれない。
正確に言えば、ワルキューレが産んだ使役獣の卵が孵化したのだ。
使役獣の卵とは文字通り使役獣が生まれてくるものである。
その卵を孵化させるためには魔力が必要であり、誰がどのくらい魔力を注ぐかによって生まれてくる使役獣の形態や能力が違ってくる。
そして、生まれてきた使役獣は人間にたいして従順で、命令をよく聞くという特性を備えている。
そんな使役獣の卵に俺が魔力を注いで生まれたのが、ヴァルキリーにそっくりだが色が赤く違っているというワルキューレだった。
真っ赤なさらっとした毛並みの騎乗できるうえに、魔法まで行使可能な使役獣がワルキューレというわけだ。
だが、こいつはさらにヴァルキリーとは違う点があった。
それは、使役獣の卵を産めるという点だ。
本来使役獣の卵というのは黄金鶏という使役獣が産むものらしい。
なのになぜ、ワルキューレがその使役獣の卵とそっくりな卵を産めるのかよくわかっていない。
というか、本当に使役獣の卵なのかどうかも確証はなかった。
だが、卵を産んでからはワルキューレ自身が頻繁に卵に魔力を注いでいたようなので、きっとその卵からいつかは新たな命が誕生するだろうとは思っていた。
それがようやく来たわけだ。
「きゅう」
「アル様、みてみて。ちっさいワルちゃんがうまれたの」
使役獣の卵が孵化したという報告を受けて厩舎に行ってみると、そこには確かにちびワルキューレがいた。
生まれたばかりの子だ。
まだ体は小さく、なぜかミーティアの膝の上に乗せられている。
そのそばには大人のワルキューレが寄り添って、ちびの体をぺろぺろと舐めていた。
「ミーはこの子が生まれた瞬間を見ていたのか?」
「はい。ワルちゃんがそわそわしてから見てたの。そしたら、ピキピキって卵が割れてちっちゃい子が出てきて、すっごくかわいいー」
「お、おう。そうか、よかったな」
ミーティアはかわいいもの好きなんだろうか。
生まれる瞬間を見れたことがうれしかったのか、全身でそれを表現している。
というか、興奮して猫耳や尻尾がぴょんと飛び出て、それがフリフリと振られていた。
最近はミーティアも成長したからか、あるいはハンナの【慈愛の炎】のおかげか、こういうふうにたまに興奮したりして獣化をしても、体調に変化はないようだ。
そんな興奮状態のミーティアが自分が見たことを最初から最後まで事細かに教えてくれた。
いつ、どんなときに、どんなしぐさをちびがしたのがかわいかったというのを力説してくる。
あまりにも長くなりそうだったので、途中でちょっと気になった部分だけを聞き返すことにした。
「ちょっといいか、ミー。この生まれたばかりのちびワルキューレは生まれた直後に卵を食べたんだな?」
「あ、そうです、アル様。ミーね、びっくりしちゃった。いきなり、隣にあった卵を割ってちっちゃなお顔を突っ込んで食べてたけど大丈夫なのかな?」
やっぱりか。
俺の記憶が正しければ、今は大人のワルキューレも生まれたばかりの時に使役獣の卵を食べたはずだ。
これは、ヴァルキリーには見られない行動だと思う。
天空王国では今もヴァルキリーが生まれているが、そこにいる子たちは、生まれた直後に卵の殻を食べることはあっても、卵そのものを割ってまで食べたりしない。
もしもお腹が減っているなら、ハツカなんかを食べるのだそうだ。
だが、ワルキューレは使役獣の卵を食べた。
これはどういうことだろうか。
単純にお腹が減ってそばに食べ物がなかっただけなのかと思ったが、今回は違うはずだ。
様子を見に来ていたミーティアが自分用の軽食を厩舎の棚に置いていたからだ。
食べ物を食べたいだけならば、その軽食を狙ってもいいはず。
しかし、使役獣の卵を食べた。
もしかして、卵を食べなければいけない理由があるのだろうか。
それとも、あの卵はそんなにおいしそうに見えるものなのだろうか。
……現状ではわからないか。
そのへんのこともおいおい調べていったほうがいいのかもしれない。
「ほかに孵化しそうな卵ってまだあったよね?」
「うん、あっちにありますよー。それと、向こうのほうにあと何個か生まれそうな卵があるよ」
検証はそう難しくはないはずだ。
ワルキューレは使役獣の卵を一個しか産まないわけではないからだ。
これまでにも、ときどき使役獣の卵を産んでいたし、それに魔力を注いでいた。
まあ、そのうちの一個を食べられてしまったわけだけど。
ただ、ほかの卵も産んだ時期に差があるが、いずれは新たな命として誕生するはずだ。
そいつらが成獣になってまた卵を産んでくれれば、もっと早くワルキューレの数を増やすことができると思う。
楽しみだな。
新しい命を産んだワルキューレにご苦労様と言いながら、その美しい毛並みを撫でてしばらくミーティアと一緒にちびワルキューレの様子を見ていたのだった。
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