バナージの責任と決意
「……ふう。少し休憩を入れるでござるか」
自宅での魔法陣の研究。
【瞑想】という魔法を使い、疲労を軽減しながらももう五日は寝ずに魔法陣について考えていたでござる。
オリエント魔導組合に加入するという条件で知りえた制御の魔法陣。
それを知ってから、拙者は寝る時間をさらに減らして研究しているのでござる。
この魔法陣は本当にすごい可能性を秘めているのでござる。
だが、その原理が一切わからない。
もととなる魔法陣の配列や魔導文字から読み取ってみても、どのようにして最適な制御を行うことが可能なのかが分からないのでござる。
なぜ、この魔法陣を組み込むことで多種多様な魔道具の制御ができるのか。
一つひとつの魔道具にあわせて調整する必要もないというのが、拙者の理解の範疇を越えているのでござる。
いや、もう今更でござるな。
以前からも分かってはいたことでござるが、ここ数年で確信に変わったことがある。
それは、拙者の生まれ育ったこのオリエント国はアルフォンス殿の生まれ育った天空王国と比べると明確な差が存在する、ということでござる。
その差は果てしなく大きい。
もはや、国による違いがある、などという程度ではなく、それこそ、世界がまったく違うといってもいいのではあるまいか。
天空王国というのは本当に実在するのかという気さえするほどでござる。
あるいは、そこがこの世とは全く別の異世界であったり、神の国と言われたほうがしっくりくるかもしれないのでござる。
空よりも高く、地上とは切り離された国。
霊峰と呼ばれるあの死の山よりも高い位置にあると言いながら、気候は常に安定していて、しかも水は豊富で作物は豊穣であるという。
そして、そこでは誰もが便利な魔法を使いつつ、高度な文明が存在しているというでござる。
今回、知りえた制御の魔法陣も大概でござるが、さらにその上をいく魔道具もあるという。
拙者は乗ったことがないでござるが、空を飛ぶ乗り物も当然のようにあるのだとか。
さらには、夜空に浮かぶ月まで行くことが可能な宇宙船なるものも存在していると聞いたことがあるのでござる。
そんなものは、あのブリリア魔導国にすらないであろう。
もし、空を自由自在に移動できる船などあれば、今頃この辺の小国など一年も保たずにブリリア魔導国の傘下に収まっているに違いないでござる。
しかも、天空王国の凄さはなにもその魔法陣技術だけに限らないというではござらんか。
魔道具とはまた違う異彩を放つ品を作る技術がかの国にはあるのだ。
それは、魔物の素材を使った道具でござる。
魔物の素材を使った道具と言えば、その筆頭は魔法武器でござろう。
しかし、拙者をはじめとするこの国の職人たちですら、魔法武器はほとんど製作した経験がない。
小国家群やブリリア魔導国、あるいはその他の国々には、もはや素材として有用な魔物とはそうそう出会う機会がないからでござる。
例外中の例外として上げれば、あの霊峰を登れば魔物はいるようでござるが、極寒の地では魔物の素材を手に入れる前にたいていの者が凍死するのでござる。
したがって、魔法武器を作ることはほとんどありえない。
だが、アルフォンス殿はそれを多数所有しているのでござる。
最近こそはなにやら赤く変形するかわった剣を使っていることが多いようでござるが、硬牙剣というらしい恐ろしく硬い剣であったり、氷の槍もあると聞く。
あのアイ殿は遠距離攻撃できる武器を持っていて、その性能は拙者の作った魔弓オリエントをはるかに超えるという情報もあるのでござる。
また、さらに驚愕すべきことに魔法鞄の量産も可能だというではござらんか。
魔法鞄は普通の鞄に見えて内部の容量が見た目以上にあるというもので、たいていは迷宮と呼ばれる場所で手に入れられるものでござる。
だが、その容量が広がるには長い年月がかかると言われていて、百年前の鞄と思えるものが迷宮で発見されても、容量的には便利な品だ、という域を越えない物なのでござる。
しかし、アルフォンス殿の持っている魔法鞄はその容量がどうなっているのか理解に苦しむほどなのでござる。
軍を動かすための食料を入れてもなお余裕があるというのだから、驚くなというほうが無理な話でござろう。
普通ならば国宝を越えて、伝説級の一品と呼ばれてもおかしくないはずが、量産できるというのはもはやどうなっているのか拙者の頭では理解が追い付かないのでござる。
拙者は失敗したのでござろうな。
はじめてアルフォンス殿の兄であるアルス殿と知り合ったときのことを思い出す。
あのアトモスの戦士を壊滅させて、その本拠地であったアトモスの里を奪い取ったブリリア魔導国。
その国の王女であるシャーロット姫が、魔法陣を解読し自在に使いこなすこととなったカイル殿というらしいアルフォンス殿の別の兄のもとへと嫁ぐというその現場に出くわしていたのでござる。
ブリリア魔導国は魔法陣技術ではほかの国々の数歩先を独走していた。
にもかかわらず、高貴な姫を外に出すと決めたと聞いて、もっと警戒すべきだったと今更になって反省するのでござる。
当時、国力が落ちていたオリエント国のためにアルス殿から魔法を授かったのは完全に間違った選択だったとは思わぬ。
だが、それでも、その後に現れたアルフォンス殿にもっと警戒しておくべきでござった。
故郷である天空王国を追放されて、わずかな者と一緒に、蛮族である霊峰の麓の野人たちとともにオリエント国に現れたアルフォンス殿。
傭兵として働きたいというその姿は、この国の人間からはけっして高くは評価されていなかった。
事実、拙者も子どもであるアルフォンス殿になにができるものではないと思っていたのでござる。
いかにアルフォンス殿たちがつよかろうと、あくまでも個人の強さであって、それ以上ではないと思っていたのでござる。
しかし、その結果がどうなったか。
この国でアルフォンス殿を笑い、軽く見た者たちのほとんどはいなくなってしまった。
しかも、そのほとんどはこの国にとってはいなくてはならないような重鎮たちでござる。
それらが一時に、ほぼ同時にいなくなるというのはどれほどの混乱が起こるかわかったものではないのでござる。
けれど、その混乱はわずかな時間で正常を取り戻してしまった。
アイ殿が議長の座に座ったからでござる。
本来ならば、オリエント国の議長の椅子にこの国の御三家出身以外が座ることは考えられなかったはずでござる。
しかし、それが許されているのはほかにその仕事がこなせるものがいないという実情もあったのでござる。
なにせ、アイ殿は拙者以上に寝ずに毎日仕事をしているのでござる。
いったいどうなっているのか、アイ殿が議長になって以降、議長室から明かりが消えたことはないという話だ。
アルフォンス殿もおかしいが、天空王国からオリエント国へとやってきた者の中で、なにより一番おかしいのはアイ殿で間違いないでござるな。
あの誰もが振り向く美貌で、オリエント国も含めてさまざまな国の言語を操り、いくつもの国の礼儀作法も覚えていて、しかも知識量と職人としての腕も拙者を含めたこの国の誰よりも優れているのでござる。
アイ殿の代わりにオリエント国の者を議長に据えるべきだという意見はないわけではないが、ではだれが代わりとなれるのかと言えばだれもいないでござろう。
アルフォンス殿がこの国に来て数年。
それだけの短い期間で、この国の在りようは大きく変わったと感じるのでござる。
そして、それは今だけの話ではなく、これからもでござる。
もはや、この国はかつてのように他の国々との間を交渉によって渡り合い、国を維持していくという姿はどうあっても不可能であると思う。
拙者の責任、なのでござろうな。
あの時、アルス殿という少年と出会い、その弟を受け入れたのはほかならぬ拙者なのだから。
こうなったら、最後まで責任を持つべきでござろう。
なんとしても天空王国の持ち得る技術と情報を引き出し、この国へと取り込んで、彼らと協力しながら国を守る。
そうすることが変わりつつある故郷を守るために、拙者にできることなのだと覚悟を決めて、ふたたび魔法陣の研究に取り掛かることにしたのでござる。
アルフォンス殿がこの国の民に害をなさないことを祈りながら。
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