信用を守るために
「ここに集まってもらったのはオリエント国の良心とでも言うべき職人の方々です。現在の魔道具相場の高騰で、残念ながらこの国の職人であっても造り手としての本分を忘れて儲けに走る者が出てしまいました。ですが、この場におられる方々はそうではありません。本当にいいものを作ろうとしているあなたたちだからこそ、今回新たな魔法陣についての情報をお教えしようと思います」
俺がオリエント国にある屋敷の工房にて、そこに集まった職人たちの前に立って語り掛ける。
この場には、以前アイの講義を受けた経験のある者たちが集まっていた。
だが、受講者全員を対象にして集めたわけではなく、こちらが選んで声をかけ、ここにきてもらっている。
その条件とは、ものづくりにたいして真摯であると判断できたものたちだった。
オリエント国はグラン出身の国というのが納得できるくらいものづくりが好きな連中が多い。
バナージなどもそうだろう。
普通ならば新年を祝う日で一家団欒するべきときにすら魔道具の研究をしていたくらいだ。
それは、なにもしなければ他の者たちから置いていかれるというのも確かにあったのだろう。
けれど、根本的には物を作るという行為そのものが本当に好きなのだと思う。
そして、それはほかの職人たちも同じようなものだったはずだ。
けれど、さすがに今回の魔道具相場は桁が違った。
これまでにはない空前絶後の状況で、作れば作るだけぼろもうけできる状況にあって、職人としての本分よりも金儲けに目がくらんだ者も多かったのだ。
ものづくりを極める、だとか、細かいところにまで気を配って作るということもなく、とにかく作って売れさえすればいいやという者が残念ながら職人たちからも出てきてしまった。
なかには商人からの注文で魔法陣の模様だけが描かれた偽魔道具を作るという行為に手を出した者もいる。
そういう奴らは今回、この場には呼ばないようにした。
こちらが調べられた範囲で、金儲けには目もくれず、ずっと自分の工房にこもりっきりになって日夜魔法陣の研究をしているという、ある意味で変人とも思える職人たちを呼び寄せたのだ。
「なにやら、アイ殿が新しい魔法陣技術について教えてくれるということでござるな。楽しみでござる。それがどのようなものか、拙者この数日想像しただけで目がさえて眠れていないのでござるよ」
そして、その中には当然バナージもいた。
寝ていない、というのは本当のことなのだろう。
去年の終わりごろは精神的に落ち込んでいる日々が続いていたバナージだが、年が変わるころには元気になっていたかと思ったのだが、今は目がぎらついている。
目の下は真っ黒な隈が見て取れて、髪の毛はぼさぼさだ。
もしかして、【瞑想】でも回復できないくらい長期間寝ずに研究でもしていたのだろうか。
「焦らないでくださいね、バナージ殿。今回、ここに集まっていただいたのは理由があります。それは、オリエント国の信用問題についてです。皆さんはこの国の現状をどこまで把握しているのでしょうか。全く機能しない品が魔道具であるとして取引され、それが高い値付けでやり取りされている現状をどのようにお考えでしょうか?」
「ふむ。その話は聞いているのでござるよ。けしからんことでござるな。職人としての矜持に関わるものでござるよ」
「ということは、バナージ殿も問題だと思っているわけですか?」
「もちろんでござる。けれど、そういうものは自然と淘汰されるものでござるよ、アルフォンス殿。長い目で見ればこれまでもあった話なのでござる。たとえばでござるが、同じような剣という武器でも業物もあればなまくらもあるのでござる。仮になまくらが一時の誤った評価で高い値がついたとしても、いずれはそれも落ち着くのでござる」
「なるほど。一理あると思います。ですが、今回はそれとはまた少し違った意味合いがあるかもしれません。新バルカ街にいるガリウスや商人でもあるクリスティナが今後のオリエント国について危惧していました。ものづくりの得意な国としての信用そのものが失われるかもしれないということについてです」
バナージやほかの職人は、現状についてけしからんとは思っていても、大問題だとまでは思っていないみたいだ。
彼らは根っからの職人であるというのもあるのかもしれない。
まがい物を作るなど職人としてとんでもない行為だ、と怒りはするが、あくまで個人の問題であるとみなしていた。
それはけっして間違いではない。
本当に長い目で見ればバナージの言うとおり、あるべき評価で落ち着くとは思う。
だが、それは歴史的に見ればというくらいの長期であり、一度失った信用を取り戻すには相応の時間がかかるはずだ。
なので、そのことをガリウスやクリスティナの名を使って説明する。
早く新しい技術について教えてほしいと思っているほかの職人たちもいたが、こちらの説明が進むほどに問題点について理解が広がったようだ。
その結果、多くの人が確かにこのままでは国としての損害が大きいと判断してくれたようだ。
「つまり、これらの点によって予想される最悪の未来を回避するためにも、オリエント国の信用を守っていく必要があると考えています。そこで、この場で集まった皆さまに提案です。魔道具組合を作りませんか?」
「組合、でござるか?」
「そうです。皆さんに組合に加入してもらい、そこに製造した魔道具を卸してもらう。そして、組合を通して販売するようにするのです。で、その魔道具の質については組合が独自に評価して、質の低い、あるいは悪質な魔道具は絶対に取り扱わないようにする。それをあらかじめ表明して行うことで、一定の評価を維持しようというわけです」
「……それはわかるでござるよ。この国にも取り扱う品によって組合などを組織しているものもあるのでござる。けれど、難しいのではござらんか? それは逆に言えば、組合に作った魔道具の買い取り金額などを決められてしまうことにもつながるのでござるよ。不当に安い値段でこき使われるという例がないわけではないでござる。その危険を冒してまで組合に入りたいと思うかどうかは微妙なところでござるな」
「そうかもしれませんね。だからこそ、その組合に入る方に限り、とっておきの魔法陣についてアイに教わることができる、としようと思います」
「なるほど。うまい殺し文句でござるな。ここに来た者たちは皆、新しい技術が教わることができると聞いて集まってきたのでござる。組合に入らなければそれが得られないというのでござるな。けれど、それはどのような魔法陣なのでござるか? それの効果次第で組合に入る者の数は変わってくるでござるよ、アルフォンス殿」
「きっとバナージ殿も気に入ると思いますよ。組合加入特典でしか知ることのできない、魔法陣の本場であるブリリア魔導国ですらない【制御】の魔法陣は、あらゆるものに高い効果をもたらすものですから」
金儲けに目がくらまない本物の職人たち。
そいつらを全て一つの組織にまとめることで、一定の品質を保ち、評価を高める。
そのために俺が提供することにしたのは、一風変わった魔法陣だった。
それを聞いてもすぐにどのようなものかピンとこないのか、ほとんどの者はまだ組合に参加するともしないとも言い出さない。
そこで、俺はその魔法陣が組み込まれた魔道具の実物を職人たちに見せつけることにしたのだった。
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