暴落に備えて
「ふっふっふ。見てよ、アルフォンス君。私もついに大富豪と呼ばれるくらいの資産を持つに至ったわよ」
「……いやいや、なにしてんのさ、クリスティナ」
「なにって、商売よ。これほどお金が稼げる機会は今までなかったからね。稼げるときにしっかりと稼ぐ。それこそが商人の務めでもあるのよ」
俺のもとに顔を出したクリスティナがにっこりとした笑顔でそんなことを言ってくる。
どうやら、最近の魔道具価格の暴騰に便乗してかなりの儲けを出しているようだ。
数年前までは辺境中の辺境である霊峰の麓のバリアントまで行商をしていた彼女が、今ではオリエント国でも有数の大富豪と呼ばれるほどにまでなっている。
うれしくないはずはないだろう。
「けど、そろそろ手を引いておいたほうがいいよ。未来を占えるシオンも言っていたけど、この熱狂は長くは続かない。必ず終わりが来る。そのときに、魔道具を大量に抱え込んでいたら破産することになるよ?」
「だ、大丈夫よ。まだまだ魔道具は値上がりをし続けているもの。それに、私が購入している魔道具は安全性の高いものばかりだし平気よ。さすがに起動もしない魔道具なんて買ったりしていないから安心して、アルフォンス君」
儲けるのは別にいい。
だが、危険を伴う行為でもある。
そう思ってクリスティナに注意を促すが、大丈夫と言い張ってくる。
クリスティナの言い分としては、きちんと機能している魔道具を中心に取り扱って利益を出しているから問題ないということだそうだ。
しかし、果たしてそうだろうか。
もともと、俺たちが新バルカ街で作ってバナージ経由で売っていた魔道具の相場をはるかに超えているので、もはやきちんと使える魔道具だから安全資産だとは言えないと思う。
「もう一回、忠告だよ、クリスティナ。そろそろやめとけ。俺も戦いは好きだし、戦では突っ込むべき時には危険があっても突っ込むつもりだけど、本当に危ないときには撤退を考えるのが大切だってのは知っているつもりだ。今の魔道具相場はどう考えても危険だ。それを見抜けないなら別にいいけどね」
「……う。ごめんなさい、アルフォンス君。実は私もちょっと異常だなーとは思ってはいるのよ? でも、実際に利益が出続けているから商人としてはここで引くには引けないって気持ちが出ちゃってね。けど、分かったわ。儲けを出すのも大切だけど、それで信用を失ったら意味ないしね。私にとっては大金よりもアルフォンス君との信用を失うほうが怖いし、もうやめておこうと思う」
「そっか。そう言ってくれると助かるよ。むしろ、重要なのはこれからだからね。クリスティナはそっちで儲けを出したらそれでいいんじゃない?」
「あら。面白そうなことを言うじゃない。魔道具の値段が急激に落ちるっていうのがアルフォンス君の今後の予想なのよね? 損すると分かっているからやめろと言いつつ、それが儲け話につながるのかしら?」
「もちろん。狙いは土地だよ」
「土地? ……そうか。アルフォンス君の言いたいことが分かったかも。今、魔道具で稼ぎまくっている人が破産するほどの暴落が起きるなら、破産した人は手持ちのお金になるものを放出することになる。その筆頭が不動産である土地ってことね?」
「ああ。クリスティナの理解が早くて助かるよ。そのとおりだ。狙い目は都市部の地価の高い土地を持っている連中と、各村の庄屋なんかかな。とくに、庄屋は去年の先物取引で損を出しているから、この魔道具相場で逆転を狙ってかなり資金を投入しているみたいだ。去年に引き続き、今年も大損害を出したらどうなるかは火を見るよりも明らかだよね」
「面白いわね。ということは、ここまで稼がせてもらったお金はきっちりと現金化しておいたほうがよさそうね。で、たたき売りされるようになった土地をあちこちで買う、と。もしかしたら、私が資産だけの富豪ではなくて、本当の大地主になれるかもしれないということになるのね」
若干、金に目がくらんで正常な判断ができていなさそうだったクリスティナ。
気持ちは分からなくもないんだ。
一日ごとに自分の持っている資産が増えていく状況を歓迎しない人なんていないだろう。
もし、そんな状況で金を稼ぐのをやめろと人から言われてもなかなかやめられるものではない。
が、どうやらそんな儲けよりも俺の存在がわずかに上回ったみたいだ。
ほかの誰かに言われるならばやめなかったかもしれないが、俺からの信用を失うことと天秤にかけて、魔道具相場からは撤退することを約束してくれた。
だが、それもどこまで続くかはわからない。
商人である以上、どうしても金を稼ぐ機会を棒に振りたくはないだろうしな。
シオンの占いでもあったが、まだもうしばらくこの熱狂は続きそうなので、もしかしたらしばらくしたらまた魔道具相場に突っ込んでしまう可能性もあった。
そこで、別の稼ぎ話も提案する。
それは、この一連の熱狂後に対する俺の方針だった。
熱狂の後に訪れる大暴落の際に、どのように行動していくか。
それは土地を手に入れるというものだ。
土地を買うというのはなかなか難しいからな。
都市の中の土地はそれほど頻繁には売りに出されたりしない。
また、都市以外の農村では有用な土地が限られている。
このあたりの小国家群は氾濫がよく起こるので、昔から知られる比較的安全で農地などに適した土地というのは決まっているからだ。
そういうところは、昔からの土地所有者が存在しており、手に入れにくい。
だが、それが合法的に手に入れられそうだ。
今回の魔道具価格の暴騰は最初こそオリエント国の職人たちから始まった。
しかし、いつしかそんな状況は変わってきて、今はもう金を持っている奴がさらに金を稼ぐためのものになりつつあるのだ。
そして、金を持っているのはだいたいが土地の所有者と決まっている。
なぜなら、そこには人が住んでいて、そいつらから借地代などをとるだけでも安定して収入が得られるのだから。
それをごっそりといただいてしまおう。
オリエント国以外でも土地が買えるなら買ってもいいかもしれない。
俺の考えを聞いたクリスティナはそれを聞いてすぐに金勘定を始めたようだ。
どこの資産家が魔道具相場にいくら突っ込んでいて、予想される暴落時にいくら損が出て、どこの土地を売りに出すかをいまから計算すると言い始めた。
俺もそんなクリスティナの動きと協調して、アイの計算力も活用しつつ、土地の購入について入念に準備を始めていくのだった。
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