流行による変質
「すごいなあ。見てみろよ、ガリウス。この魔道具は魔力を通したらピカピカ光り輝くんだとよ。これでお値段いくらだと思う?」
「さて、どれほどするのでござろうな。今ならば金貨十枚ですめばかなりのお買い得、といったところではござらんか?」
「……そうみたいだね。魔道具としては失敗作ってわけじゃないんだけど、さすがにこれにそんな価値があるとは思わないんだけど」
「そうかもしれないでござるが、それはアルフォンス殿だからでござるよ。こういうそれまでなかった魔道具が手元にあれば、そいつを研究して全く新しい魔道具が作れる可能性があるのでござる。であれば、欲しくなるというのも職人として分からなくはないのでござるよ」
本気かよ?
俺は手元で色とりどりの光を放つ謎の魔道具を見て、ガリウスの言うことに首をかしげていた。
オリエント国に訪れた空前絶後の魔道具流行。
それは、年を越してからさらに時間が経っても収まっていない。
むしろ、もっと加熱しているかのようだった。
アイが講義したことで、一気にいろんな魔道具が都市内外に増えた。
だが、アイが教えたのはあくまでも基礎が中心だ。
そして、今のところ、それ以上をアイに教えさせる気はなかった。
今回の狙いがアイの評価を高めることであり、そして、情報を与えることでこの国の職人たちに新たな挑戦をしてもらい、魔道具開発を加速させたいという思いがあったからだ。
その結果、アイから教えを受けた職人たちは独自に魔道具の研究を始めたのだ。
そして、その研究資金を得るために作った魔道具を売り、それを別の職人が買い取っていく。
そんな流れに商人や目端の利くものが加わったことで大流行が起きていた。
今では、新しい魔道具が出ればすぐさま超高額で取引されてしまう。
だが、そこに問題がないわけではない。
俺は手元の魔道具を机に置き、もう一つの魔道具を手に取って魔力を流す。
「じゃ、これはどう思う? ついこないだ売りに出された新機軸の魔道具だそうだよ。お値段金貨五十枚」
「ほう? それはどういう効果がある魔道具なのでござろうか?」
「わからん」
「え? いや、分からないということはないでござろう。あくまでも魔道具として作られたのであれば、それがどのような物であろうとも職人が目指した形があるものでござる。たとえ失敗作であってもどのような狙いで作られたかはわかるかと思うでござるが」
「それは誰にも分かんないよ。とにかく、この魔道具は全くの新しい発想をもとにして作られた、という触れ込みだけで高い値付けがされたからね」
俺が手にした魔道具はいくら魔力を注いでも、うんともすんともいわない。
いや、それは間違いか。
たしかに、この魔道具には魔石が埋め込まれているので、俺が込めた分の魔力は魔石に取り込まれて保存されてはいるのだ。
だが、それだけだ。
魔石に魔力が入っていく感覚はあれども、魔法陣はピクリとも反応していない。
それをみて、ガリウスが顔をしかめた。
どうやら気が付いたのだろう。
この魔法陣はなんの働きも発揮していないということに。
「もしや、その模様は魔法陣ではないのではござらんか? それっぽく見える模様ではあるけれど、違和感があるでござるよ」
「正解。これは魔法陣を暗号化されたときにできる模様に似せただけのものっぽいね。見た目だけなら魔道具に見える。けど、こいつは魔道具じゃない」
「まさか……。さすがに魔道具でもない見た目だけの偽物に金貨が大量に支払われるなどありえないでござるよ」
「それがあり得るかもってのが今回の問題点だね。だって、魔道具を買い取って商品を取引しているのは、今じゃ職人よりも正しい知識を持たない商人や市民たちなんだから」
こいつはかなり悪質な商品だ。
魔道具である、と言いながらも魔道具ではない。
しかし、それを魔道具として買う者がいる。
いてしまう。
魔道具の流行が起きた最初はまだよかった。
いくらたいして役に立たない魔道具なのでは、と思ってもそれはオリエントが誇る高い技術力をもとにして試行錯誤された本物の魔道具だったからだ。
それが実生活には役に立たないのだとしても、魔道具としてなんらかの機能は確かに持っていたのだ。
だが、それが金の稼げる商品となってしまった今は少し話が変わってきているようだ。
もはや機能の優劣を気にしないどころか、機能の有無さえ無視する者が現れてしまったのだ。
きっと、これを作ったのは職人などではないのだろう。
この件についてどうしてそんなものが出回り始めたのかの理由は単純で、儲かるから、の一言に尽きる。
今回、俺が手に入れたこいつと同じような別の偽魔道具は金貨数十枚で買い取られた後、ほかの者にたいして金貨百枚以上という金額で取引されていたのだそうだ。
そして、さらにそれが高く取引されることもあるのだという。
つまり、今の魔道具は商品としてではなく、金の生る木のような扱いを受けている。
いくらそいつになんの機能がなかろうが関係ないのだ。
とにかく、新しく作られて売りに出された段階で、どれほど高額であっても手に入れておけばいずれはそれ以上の価値になる。
そう思う者が大勢いるのだ。
そして、それは特権階級でもある一級市民だけではなく、二級市民や自由市民、あるいはごく一部の貧民街の人間までもが関わっていた。
どうやら、最近になって実際の硬貨ではなく証文での取引も始まったのが関係しているらしい。
この偽物魔道具は実際には十分の一か二十分の一くらいの担保金とあとは後日残りの金額を支払うという証文でやり取り可能だったという。
なので、少ない手元資金で購入して、あとで高く売りぬけて残りの差額を支払えば、あら不思議、大量のお金が転がり込んでくるというわけだ。
それでも初期投資の金額はかかるはずだが、去年俺が先物投資で魔道具を格安でばらまいたことがあったからな。
あのときの魔道具を今の高値の状態で売りさばき、そしてそれを元手にしてさらに新商品を買うという流れも出てきているらしい。
そんな話でオリエント国は盛り上がっている。
実際にごく普通の一般の人間や村の農民が大金を手に入れた成功体験を周囲の者に声高に話しているのだそうだ。
そして、言う。
今、魔道具を買わない奴は愚か者であると。
こうして、今日も魔道具のようななにかは買われ続けている。
この流れに乗り遅れてなるものか、というみんなの意見とともに、さらに加速し続けているのだった。
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