流行
「アルフォンス殿、見てほしいでござる。この魔法陣はいかがでござろう?」
「あー、明けましておめでとうございます、バナージ殿。魔法陣に熱中するのはいいですけど、新年の祝いくらいはゆっくりくつろいだらどうですか?」
「ああ、これは失敬。しかし、そうも言っていられないでござるよ。拙者だけではなく、この街にいる魔法陣についての知識を得た職人は今も研鑽に励んでいるはずでござる。今、この時を休むということは他の者との差が開いてしまうことを意味するのでござるよ」
「そうですか? バナージ殿はもともと魔導文字についても調べていて、魔弓オリエントを作れるくらいの知識を持っていたんだから大丈夫だと思うんですけど」
「それは違うでござるよ。技術とは爆発でござる。新たな新技術がもたらされ普及した場合、その技術は一気に、加速度的に向上していくものなのでござる。のんびりしていると置いていかれるのでござる」
年が明けた。
いつもどおり、この日は俺もお祝いすることになる。
だが、これまでの年とはちょっと違いもあった。
それは、俺が今いるのは新バルカ街にある自宅だということだ。
これまでは、新年の祝いをする際にオリエント国にあるバナージの屋敷に顔を出していたのだ。
これはフォンターナ連合王国の風習が関係している。
騎士は自分が仕える主のもとにはせ参じて新年を祝う習慣があったからだ。
バナージは俺の主ではないけれど、この国での最重要人物であり、また身元の保証人でもあったために顔を出していたのだ。
だが、それも去年までの話だ。
俺は去年、護民官になった。
これは議員ではないものの、軍全体に関与できる立場であるために議員と同等以上の地位としてみることができる。
なので、今年からはバナージの屋敷を訪れることはせずに、自宅で過ごすことにしたのだ。
そして、それは別にバナージにたいして失礼には当たらない。
むしろ、この国ではそれが普通なのだ。
新年だからといって上役の家に押し掛けるのは当たり前の風習などではなく、ゆっくりと家族と一緒に過ごすのが一般的なのだ。
まあ、家族ぐるみで付き合いがあれば行き来することがある、程度のものだろう。
なので、俺がバナージのところに行く必要はなく、また、バナージが俺の家にくることもないはずだった。
だが、それなのにバナージは今ここにいる。
寒い中をオリエント国からわざわざ新バルカ街までやってきていたのだ。
その目的は魔法陣にあった。
どうやら、バナージはアイの講義を受けてからさらに魔法陣の研究を行っているようだ。
これまでにも魔弓オリエントに用いられている魔法陣の改良に成功したと言っており、実証試験の結果、飛距離と命中精度の向上が確認されている。
しかし、それだけでは満足できないようで、魔弓以外にも魔法陣を使った魔道具が作れないかと考えているようだ。
今もこうして、新たに描き出した魔法陣の描かれた紙を俺の目の前に広げて意見を求めてきている。
それにはさすがにちょっと苦笑いだ。
いくらオリエント国が空前の魔道具の流行が起きているのだとしても、ここまでだとは思わなかった。
魔道具の流行は俺も向こうの都市で目にしている。
アイの教えを受けた職人たちはとりあえず何かを作ってみようの精神でなんの役に立つのかもよくわからない魔道具を次々と作り上げているのだ。
とにかく思いついた魔法陣を描きこんだ魔道具を作っていくので、起動はするのだがそれが有用かどうかは二の次になっているらしい。
都市に住む者たちからすれば、土鍋などのような生活の役に立つ魔道具のほうがありがたいだろう。
だが、作られるのは試作品とも呼べないような実験機ばかりだった。
しかし、それでも実験試作型魔道具は非常によく売れているらしい。
なんせ、職人たちは常に新たな挑戦を続けているのだ。
今までにないものを作るのには金が必要だ。
手元にある資材を使って魔道具を作り続けていると、材料も無くなってしまう。
人によっては高額な材料を使用し誰も作ったことのない魔道具を作ろうと張り切ることで、資金繰りが悪化する。
そのために、作った魔道具をすぐに売って現金化する者が多かったのだ。
そんな役に立つかどうかもわからない魔道具が市場に出回り始めた。
普通ならば、そんなものに買い手はつかないだろう。
だが、今回に限ってはそうはならなかった。
なんの役に立ちそうにもない魔道具までもが買われていったのだ。
これには一応理由がある。
それは、アイの講義を希望者全員が受けられたわけではないというところにあった。
むしろ、限られた者しか講義を受けることができなかった。
そのために、実験作の魔道具であっても購入し、自身で研究しようと考える者が多数いたのだ。
事実、暗号化がきちんとできていないものも存在し、そこからなんらかの情報を得ることもできたりもしている。
そして、買い手はそれだけにはとどまらなかった。
商人たちもが買い始めたのだ。
熟練の職人たちがこぞって買いあさる新しい魔道具。
それらは売りに出されたはしから高額であっても買い取られていくのだ。
というか、それが本当に役に立たないものなのかどうかは誰にもわからない。
だって、試しに使う前にすぐに買い取られていくのだから。
そして、すべてがすべて使い物にならないというわけではなかった。
多くの実験作の中には確かに驚くべき効果のある魔道具も存在したのだ。
そんな話を耳にした商人はどう思うだろうか。
自分も手に入れたいと考える者がいてもおかしくはないだろう。
というかだ。
商人としてはそれが役に立つかどうかはあまり関係がない。
彼らの視点は、儲かるかどうかにあった。
つまり、利益が上がるかどうかにのみ関心があり、そして魔道具は利益が上がる商品だった。
なにせ、売りに出されれば職人たちは金に糸目をつけずに購入していくのだ。
もしも、自分たちが魔道具をほしいと思っている職人よりも早く魔道具を手に入れたらどうなるだろうか。
その魔道具を研究したい職人たちは商人から買い取ることになる。
つまり、転売だ。
実験作の魔道具を作った職人からどんな効果があるかを気にせずにそれを購入すれば、確実に儲けが出たのだ。
それも大金が動くくらいの金額だった。
こうして、オリエント国は空前の流行が起きたというわけだ。
魔道具を作りたい職人たちと、金を稼ぎたい商人たち、そしてそのおこぼれに預かろうと考える多くの者たちによって、熱狂に支配されてしまった。
大丈夫かな?
きっかけを作ったのは俺とアイだが、まさかこんな流れになるとは思わなかった。
ただ、その熱狂から一歩引いてみているからこそわかることがある。
いくらなんでも、全員ちょっと冷静さを失っているのではないかということだ。
どう考えてもたいして役にも立たない魔道具が、それまで販売されていた土鍋型魔道具などよりも高値で取引されているのはおかしいだろう。
変なことにならなければいいけれど。
正月早々に顔を合わせた興奮気味のバナージの顔を見ながら、俺はそんな心配をすることとなったのだった。
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