アイの講義
「さっきも聞きましたけど、本当にバナージ殿もアイの講義を受けるんですか? 今更魔法陣の講義なんて必要なんですか?」
「もちろんでござるよ。拙者、ブリリア魔導国から手に入れいたいくつかの魔道具をもとに独自に研究を行い魔弓オリエントを作るに至ったでござる。けれど、そのときの知識が本当に正しいかどうか分からないのでござるよ。もしかしたら、たまたま偶然うまくいっただけで、思わぬ思い違いをしている部分もあるかもしれないでござる」
「へえ。うまく機能しているんなら問題ないと思うんですけど、やっぱりそう言うのが許せないって感じなんですね」
「そうでござるな。それに、そんなことは関係なく、単純にものづくりのための新たな知識を得られるならば、拙者でなくとも職人であれば誰でも飛びつくでござるよ。この場にいる者たちのように」
俺がオリエント国で手に入れた新しい家。
その家にある工房に、多くの人がつめかけていた。
そして、そのなかにはバナージの姿もある。
どうやら、アイの魔法陣の講義をバナージも聞きたいようだ。
すでに自分で魔道具を作ることができるというのに向上心があるなと思ってしまう。
まあ、一時のことを思えば元気になっているみたいでよかったと思おう。
そんなバナージの姿を見つつ、他の者の姿も確認する。
誰もが興奮を隠せない、いや、隠す気がない様子が見て取れた。
新議長が魔法陣の基礎についての講義を行うという話が出たらすぐに申し込みをしてきたのだから当然だろう。
そして、それはこの場にいる者だけではなかった。
実は、もっと多くの人が講義を聞きたいと申し込みをしてきたのだ。
だが、さすがにいかに広々とした屋敷と工房があるといっても、そこに入れる人の数には限度がある。
なので、制限を設けることとなった。
今回、この場にいる者たちは非常に運がいいということになるだろうか。
まあ、それもある程度こちらの出した条件に当てはまるかどうかで選んでいるのだが。
これまでに行われた議会で、新議長のアイにあまりにも批判的な者たちは参加できていない。
だが、完全に身内だけで固めたというわけでもなかった。
中立的な立場の者の中からも、受講を受け入れることで党派関係なく教える気があることを示しもしている。
「ただいまより魔法陣についての基礎をお話していきます。今回の講義は計十回で行い、主に基本となる魔導文字とその組み合わせ、そして魔法陣の暗号化についてであり、後半に行う予定の講義ではさらにいくつかの実物を用いた応用も内容に含まれています。質問があれば適宜お願いいたします。それでは始めていきましょう」
工房内に集まった職人たちを前に現れたアイが、ざっくりとした説明を行い、すぐに講義に入った。
今回教えるのは、あくまでも基礎の内容だ。
どのような魔導文字と呼ばれる記号や模様が存在し、それをどう組み合わせるとどんな効果が期待できるかなどが中心になる。
そして、それらを魔法陣としてものすごく複雑に組み合わせた後、暗号化する方法も忘れず教えることになる。
これがないと、せっかく研究して作り上げた魔法陣がすぐにまねされてしまう危険性があるからだ。
ただ、この魔法陣の基礎について教わっただけでは魔道具は作れない。
実際には、魔法陣は使用される魔石やその他の素材の影響を受けるからだ。
たとえば、ブリリア魔導国で作られた魔装兵器なんかがそうだろうか。
あれは、岩の巨人を作るためにはどうしても精霊石が必要だったからこそイアンの故郷であるアトモスの里を襲ったのだ。
そしてそれは、魔装兵器を作るための魔法陣があったとしても、精霊石が無ければ作れなかったことを意味する。
なので実際に作られた実物の魔道具は、どのような素材と魔石、魔法陣が機能し合っているのかを確認することも大切なのだそうだ。
アイの授業には俺も参加した。
といっても、受講者ではない。
アイの補助として手伝うことにしたのだ。
魔法陣の技術を持つことを示してアイの評価を高めるのが目的で開かれた講義だが、俺が一切知識がないと思われるのもあれだなと思ったからだ。
一応、この辺の基礎的な内容についてはアイから教えてもらったことがあるので、アイに寄せられた質問でわかる範囲で俺が答えたりもする。
そんなふうに質問に答えていると、さすがにこの国には熟練の職人が多いと言われるだけあるなと感じた。
というのも、今までは秘匿された魔法陣技術と暗号化の前に、それをなかなか再現できていなかったとはいえ、物を作り上げる知識と情熱は並外れたものを誰もが持っていたからだ。
そのためか、アイから教わった情報をある程度吸収したら、すぐに「それならもしこうだったどうなるだろうか」とか、「こっちのほうが作りやすいのではないか」などと言った鋭い質問が飛んできたのだ。
こういうのは、新バルカ街で傭兵相手に【見稽古】で魔道具の作り方を教えているときにはなかったことだ。
質問があったとしても、せいぜいガリウスくらいだったろう。
このアイの講義は冬の間、行われた。
数日おきにある程度の期間で行われた計十回の講義が終わったら、その受講生たちは自分の持つ工房などでも実際に魔道具を作ったり、研究し始めた。
それにより、アイの講義が本当に価値のある授業であると認められ評判になったおかげで、第二回、第三回の講義も満員御礼となった。
情報だけではなく教える技術も高いとあちこちで耳にしたし、悪いうわさが一切聞かれないほどの評判だ。
こうして、アイは冬を越すまでの間だけでその知名度を更に大きく引き上げたのだった。
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