工房の活用法
「ふんふん。武器や防具を造る炉以外にも結構いろんなことができそうな工房ですね」
「もちろんでござるよ。ここに以前まで住んでいたのは何期も議員を務めた者で、職人としても優れていたのでござるからな」
「みたいですね。けど、そんな人の家が当人が亡くなったからって設備まで残して売りに出されるようなことがあるんですか?」
「普通はないのでござるが、ここは特別でござろうな。手放さざるを得なかったのでござろう。まあ、売りに出ている以上は工房を使っても誰からも文句は言われないはずでござるよ」
俺が買おうとしているオリエント国内の屋敷。
木造建築のそれなりに大きな屋敷ときれいな庭、そしてその敷地の奥には工房があった。
武器などを作る専用の設備もあるしっかりしたものだ。
ここは以前までは議員が住んでいたという。
そして、そいつが亡くなり、さらに汚職が発覚して遺族に多額の賠償金が請求された結果、売りに出されてしまったそうだ。
ただ、場所自体はいいし、設備も残っているということで、このままだとすぐにほかの買い手がつくだろう。
案内してくれたバナージにお願いして、すぐに購入の手続きを進める。
「しかし、アルフォンス殿が工房を気に入るとは思わなかったでござるよ。なにか自身で造るつもりなのでござるか?」
「まさか。俺はそんな腕はありませんよ。けど、この工房は有効活用していこうと思います」
「ほう。どう使うつもりなのか、聞いてもいいでござるか?」
「もちろん。ここの工房で弟子でも取ろうかと思います。もっとも、俺じゃなくてアイがですけど」
「アイ殿が? 議長に就任したばかりではござらんか。そのアイ殿が弟子をとるというのでござるか? というか、なんの弟子でござるか」
「魔法陣の、ですよ、バナージ殿。アイにはここで弟子をとってもらって魔法陣について人に教えて貰おうかと思います」
俺がそう告げた瞬間、バナージの動きが止まった。
最近は少し気落ちした雰囲気が常にあったバナージ。
そのバナージがビクリと体を震わせたあと、急に眼に力が入った。
どこかギラギラしているその目つきのまま、俺のほうへとずいっと体を寄せて問い詰めるように聞いてくる。
「どういうことでござるか? 魔法陣を教える? なぜ、そんなことをするつもりになったのでござるか?」
「落ち着いてくださいよ、バナージ殿。狙いはいろいろありますけど、一番大きいのはアイの評価を高めるためってところですか」
「アイ殿の?」
「そうです。アイは今回、オリエント国の議会で議長に就任しました。しかし、実績がまだなにもないでしょう? なので、強引に実績を作りつつ、評価を高めようかと」
「なるほど。それで魔法陣でござるか。……悪くはないと思うでござる。これまで拙者がこの街で扱ってきた魔道具については販売だけを行い、製造については作られた場所も秘匿していたのでござる。それもそのはず、魔弓オリエント以外は拙者が作ったものではござらんかったからな。しかし、アイ殿がこれまで分からなかった魔法陣についてを人に教えるとなれば、確実に評価は高まるでござるよ」
「でしょう? 今まではあんまり気にしていなかったんですけど、この街の人ってものづくりの名手かどうかで結構その人への評価が変わるじゃないですか。だから、手っ取り早くアイがいかにものづくりに精通しているかを証明してしまおうかと思って」
この家の工房でアイが弟子をとり、魔法陣技術について教える。
これは大きな反響を呼ぶはずだ。
なにせ、いまだに魔道具の作り方についてこの国の人は知らないのだから。
それはバナージも同じだった。
研究を重ねて柔魔木という特殊な木から魔弓オリエントという魔法陣を使用した武器を創り出したバナージだが、ほかにも魔道具を作れるわけではなかった。
これは魔法陣が非常に複雑な模様をいくつも組み合わせて描かれるものであり、目的の便利な機能を備えた魔法陣を描くには恐ろしいほどの知識が必要とされているからだ。
むしろ、魔弓オリエントひとつだけでも作れたという事実だけで、バナージは高く評価されている。
そんな魔法陣技術をアイがこの屋敷の工房で教えるとどうなるだろうか。
実は、このオリエント国の人間は少々変わった考え方をする者が多い。
人をみるときにその人がいかに優れた造り手であるかどうかを評価基準とする傾向があるのだ。
たとえばだが、俺がいくら戦場で活躍してもこの国の人間は最高の評価をくれたりはしない。
あいつは強いけど、しょせんそれだけの存在だ。
どうせ剣のひとつも作れやしない、と陰口を叩かれることだろう。
だが、もしもそこで俺が高い技術で剣を作れば評価は一変する。
あいつは熟達した職人でありながらも、戦場でも活躍できる立派な奴だと言われることになるのだ。
つまり、なにが言いたいのかというと造り手として高い技術が備わっていなければ、この国ではいつまでたっても本当に高い評価を得ることができないということだ。
俺はいい。
が、議長になったアイは人々から評価されていたほうがいいのは間違いない。
なので、魔法陣を教えようというわけだ。
そうすれば、これまでオリエント国で広がりつつあった高級品の魔道具のほとんどは、アイが作ったという実績にもなるからな。
議長としてこれ以上ない実績だろう。
それに、魔法陣技術はいずれこの国で広げようとは思っていたのだ。
オリエント国はなぜか昔から職人が多い土地柄だと言われている。
そして、それは職人気質の者が多いことも意味している。
新バルカ街では確かに魔法陣を用いた魔道具が作られてはいるが、そこから発展する気配が一切ない。
なにせ、【見稽古】でアイから教えてもらったとおりの作り方しかしないのだから。
だが、この国に昔からいる職人連中であればどうだろうか。
そもそも【見稽古】を使えないということもあるが、アイから教わったやり方を覚えて、それを使いつつも、きっと自分流に勝手に変えたりといろんな方法を試してくれると思う。
そうすれば、アイが知らない魔法陣を開発することにもつながるかもしれない。
それは、けっして俺にとっても損にはならない。
だって、その新しい技術をアイがみれば、また情報として蓄積されるのだから。
こうして、俺は新たな屋敷を購入し、そこでアイに魔法陣技術の学校を開いてもらうことにしたのだった。
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また、本作のコミカライズの最新話が更新されています。
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