議長
「それでは、この議題について賛成の方は拍手を以てお答えください」
オリエント国議会にて、議会を進行していた者がそう告げる。
その瞬間、会場内から拍手が鳴り響いた。
どうやらオリエント国の議会というのは、各議員が提案した議題などにたいしてそれを法などに落とし込むのにほかの議員が拍手の有無で賛否を示す習わしになっているらしい。
拍手が大きければ賛成意見が多いとみなされて、拍手の数が少なければ棄却されるのだそうだ。
ちなみに、微妙な感じの時や物言いがついたときには議員に起立させて立っている者の数を見るのだという。
まあそれもあんまりきちっと数を数えるというわけではないようだ。
そんななか、俺が見守る議会では拍手が鳴り響き、取り上げられていた議題に決着がついた。
賛同の意見多数。
その結果、オリエント国議会の議長にアイが就任することになった。
「まさか、本当にアイさんが議長になっちゃうなんてね。すごいわね、アルフォンス君。議員歴なしで議長就任なんて今までなかったことだと思うわよ」
「そりゃそうだよ、クリスティナ。普通ならば起こりえない提案だったからね。それもこれも、バルカ党を上手く使えた結果だろうね」
俺と一緒に議会の推移を見守っていたクリスティナがアイの議長就任にたいして何度も信じられないと言っている。
間違いないと思う。
きっと、今年の夏までにそんなことが起こるとはだれも考えもしていなかっただろう。
いや、クリスティナとは反対側の隣の席に座るシオンはあんまり驚いていないところを見ると、もしかして占いで予想していたんだろうか。
シオンの占いはいまだにどの程度参考になるのかわからないので、ときどきなんでもお見通しなんじゃないかと思ってしまうときがある。
まあ、それは置いておいて、アイがオリエント国の議長になった。
今回の補選で当選した親バルカ派の議員が増えたおかげももちろんある。
同じ拍手の数でも一生懸命に大きくたたいて音を立てるほどアイが議長になれる可能性があったので、全力で拍手するように言っておいたしな。
それに、すでに議員であったローラやバナージの存在ももちろん大きい。
今回のソーマ教国系犯罪組織による議員暗殺事件では現役の議長までもが殺害されていた。
その混乱を治めるためには普通ならばどうしても議員歴が長く、議会に精通している者を選出すべきだろう。
だが、バナージらが裏から手を回してアイの議長就任のために動いてくれたのが功を奏した。
つーか、いまだにバナージは落ち込んでいるので無理やり尻を叩いて動かしただけなのだが。
さらには議会が始まる前の事前工作の段階で、アイの議長就任に反対を表明する者にはなぜか生き残っていたソーマ教国の組織の手が伸びたようだ。
不幸にも、暗殺者の手によってまたまた議員の命が散ってしまった。
こんなことがいつまでも続かないようにすぐに議長を決めるべきであり、無用な混乱を長引かせるものではないという護民官の説得が軍人部隊と一緒に反対派の家にまで出向いて行われたのも関係しているのかもしれないな。
そんなこんなで、反対派の勢いはしぼんでいき、結果として賛成多数でアイが受け入れられたということになる。
「このたび、オリエント国議会の議長に選出されましたアイ・リードです。この場にいる皆さまと協力し、危機を排除し、より一層の繁栄を目指して活動していくことをここに誓います」
俺やクリスティナ、シオンが見ている前で、議長になったアイが簡単な宣誓を行う。
いずれは別の機会にまた演説などを行う手はずになっているらしい。
ちなみに、アイは戸籍を手に入れた直後に名前を変えた。
別人の名前だったのが嫌だったのかはわからないが、苗字も込みで名前を変更したのだ。
その際に選んだ姓はバルカではなくリード姓だ。
この辺はアイを作ったのがリード家当主であるカイル兄さんなのが思い入れとしてあるのだろうか。
アイの宣誓を聞いて、議会内からふたたび拍手が起こった。
この拍手の音は先ほどのものよりも大きい。
さっきまではアイの議長就任にたいして積極的に賛成ではない者もいて、その者たちは拍手をしていなかったのだろう。
だが、決まったものはしょうがないと受け入れたのか、とりあえず拍手だけはしておこうかと思ったのかわからないが、ほぼ全員がぱちぱちと拍手をしていた。
つまりは、この場にいる議員全員がアイの議長就任を認めたということになる。
きっと、そういう人たちの意見としては、とりあえずやらせてみるか、というものではないだろうか。
どれだけアイが優れているかは知らないが、いきなり議員になったばかりの若い女性が突然議長になったところでうまくいくはずがないと思っているのかもしれない。
だが、それは決定的な間違いだとこの場で知っているのは俺だけだろう。
なぜなら、この国の決まりとして、議長は議長である限り、選挙なしに次回も議員であることが保障されており、しかも議長は自らの意思で退陣するか、あるいは死去するまでは議長であり続けられることになっているのだ。
どうやらこれは、歴代の議長がオリエント国における名家と呼ばれる少数の家柄によって独占状態になっていたことが関係しているらしい。
暗黙の了解として三家が存在し、その三つのうちのどこかの家から議長となる議員が輩出された場合、その議長が亡くなるまでは議長としてあり続けることになっていたそうだ。
そして、その議長が亡くなると、その家は続投せず残りの二家のどちらかから新たな議長が選ばれる、というのがこれまでのオリエント国の流れだった。
今回、アイが議長になれたのは、その残りの二家から議員になっていた者がまだそれほど歳を重ねていなかったのが関係していたりもするらしい。
どちらかの家に長老と呼ばれるような議員がいれば、アイの議長就任は難しかったかもしれないが、不幸にも長老たちは最近になってみんないなくなってしまったからな。
つまり、なにが言いたいのかというと、アイはこれからも選挙をすることなく議長でありつづけることが可能だということだ。
そして、俺やローラなどのごく一部の人間を除いて、多くの人はアイが普通の人間ではないと理解しているかどうか怪しい。
というか、していないだろう。
しかも、寿命がないというのはローラも知らないんじゃないだろうか。
こうして、オリエント国には不死の議長が人知れず誕生したのだった。
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