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アイの戸籍

 護民官への就任。

 それが正式に議会によって認められ、俺は史上最年少の護民官となった。

 ただ、この護民官という役職だが、これまではそこまで重要視されていなかったようだ。

 かつてはあったが、現在はあまり使われることがなく、俺の前に前任者がいたというわけでもないというのが理由らしい。

 ようするに、かつての記録からアイが見つけ出した要職名、それが護民官だったのだ。


 そんな役職だったからこそ、混乱する議会の中で割とあっさりと俺は護民官というものになれたわけだ。

 もしも現在も絶大な権力を持つ役職ならば、今もそれについている者がいるはずでそう簡単に席を譲らないだろうしね。

 だが、重要視されていなかったことと、重要ではないということは同じではない。

 事実、護民官はかつて強権を発動したことがあったのだから。

 非常事態に際しては民を守るために軍を動かす権限を持つ。

 議会に残る議事録には確かにそうした記録が残されていた。


「というわけで、オリエント国の軍を動かそうか。ひとまずは都市内に部隊を配置して、治安維持を行おう。一般市民への毎日の襲撃を減らすという実績を作ってしまおうと思う」


 かつて護民官が軍を動かしたことがあるという点を使って、俺が軍に命令を下した。

 そして、オリエント軍はその命令に従って都市国家内部で活動を開始する。

 これは、意外とすんなりと事が運んだ。

 というのも、以前に軍事演習をしてバルカ傭兵団にオリエント軍が負けていたことが関係しているようだ。


 弱いと知られるオリエント軍だが、さすがに人数差もあるなかで真っ向勝負した傭兵団との模擬戦で、完膚なきまでにやられてしまうというのはまずいと思ったのだろう。

 そして、それをきっかけに改革を行っていたようなのだ。

 あのときは、ローラがバルカ傭兵団の指揮を執っていたのも影響していたらしい。

 単独で圧倒的な力を持ち軍を引っ張るような存在がいなくても強い組織を作れるのだと身に染みて理解したのだろう。

 そのためバルカ傭兵団のような班や隊、小隊や中隊などにわけ、命令が上から下まですぐにいきわたるように変えていたのだ。


 そんな軍制改革がそこそこ進んでいたところに、俺が割り込んだというわけだ。

 軍を率いる将のさらに上の存在としての護民官からの命令。

 オリエント軍は自分たちで強くなるために変えた仕組みのおかげで、急に現れた俺という存在の命令を素早く聞き、実行に移せてしまう。

 つくづく、おいしい役職をアイは見つけてきてくれたものだと思う。

 ありがたく使わせてもらおう。


「まあ、軍も今はおとなしく従うと思うわ。なんといっても、最近の襲撃事件で治安は確かに荒れていたのだし。物取りなんかも多かったそうよ」


「そうみたいだね。ローラの屋敷にも変な奴が入ろうとしていたって聞いたよ?」


「ええ。もっともアイさんが未然に防いでくれたから何もなかったけれど。それで、相談ってなにかしら、アルフォンスくん? アイさんのことでなにかあるって聞いたんだけど」


「ああ、そうそう。アイのことでローラにちょっとお願いしたいことがあったんだよね。議員に立候補するのって一級市民の権利が必要でしょ? それをなんとかアイにも持たせられないかな?」


「え? アイさんに市民権を? ちょっといいかしら、アルフォンスくん? 確かアイさんは人間じゃないのよね?」


「そうだね。人間かどうかで言えば違うかな」


「だったら、市民権は得られないんじゃないかと思うのだけど……」


「なんで? 過去の議事録や裁判の判決なんかをアイに確認させたけど、人間じゃないから市民権を得られませんなんてのはどこにも無かったみたいだよ。むしろ、百三十年前には当時の議員の飼っていた蛇に市民権が与えられたってこともあったみたいだし。それならアイが市民権を得てもいいんじゃない?」


「蛇? ごめんなさい。その事例はちょっと知らないけど、本当にそんなことがあったのね? んん、そうね。それが本当だとしても、議員にさせたいと考えているなら方法としては戸籍の偽造みたいなことをしないといけないんじゃないかしら。誰かほかの一級市民の人の戸籍をアイさんが極秘裏に移譲されるという形でだったら、市民権が得られるかもしれないけれど」


「なるほど。他人のを使うのか。ってことなら、誰か一級市民の権利を持つ娼婦でも探してみようか。戸籍を買い取れないか交渉してみよう」


「本気なのね? まあ、確かにアイさんは優秀だから議員になったらものすごく働いてくれそうだけど」


 護民官として軍を動かす権限を得た俺は、もう一歩オリエント国に手を突っ込んでみることにした。

 それは、アイを議員にするというものだ。

 今回の件で議員の数は減った。

 そのために、補選を行うことになるから、そこで俺の息のかかった者を議員に送り込みたかったのだ。

 俺はまだ年齢的にも議員にはなれないし、ローラの代わりにさらにいい人がいないかと考えた時、むしろここは一番有能なアイを放り込むのがいいのではないかと考えたわけだ。


 戸籍の買い取りをしなくても、ローラやバナージがいれば一級市民権をアイに与えることはできるかもしれない。

 実際俺はこのオリエント国に来てからバナージを通して市民権を得ているから無理ではないはずだ。

 ただ、補選までの期間を考えた際に、新たな市民権を与えるという形では間に合いそうにもなかった。

 それに、アイが人間かどうかを突っ込んでくる奴もいるかもしれない。


 それらの追及をかわすため、アイの市民権は別人のものを金で買い取り、名乗らせることとなった。

 これは普通ならばできないだろうけれど、国全体が大きく揺れているし、現役の議員であるローラがいればなんとかなるだろう。

 むしろ、権力を持っているならこういう時こそ使わないとね。


 探せばいるもので何らかの事情で一級市民権を手放してもいいという女性は無事に見つかり、交渉の結果結構な金額を支払うことで無事に戸籍を購入することに成功した。

 こうして、神の依り代に宿るアイはオリエント国で人としての戸籍を得ることになったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] やり口が段々と1930年代にドイツで行われた事みたいになってる。
[一言] 「戸籍制度は世界で一般的なものだ」という日本のネット民の間違った認識は、内政系なろう小説に原因があるのか、あるいはその逆か、と思いました。
[一言] 黒幕化がじわじわ進んでんなあ
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