二人の長
「トラキア一族? へー。影の者にはそんな名前があったんだね」
目の前にはアルフォンス・バルカが座っている。
御神木の最上階にある我が家の一室。
そこに少年を迎え入れ、話し合いの場を用意した。
「はい。我が一族の願いを聞き届けていただきありがとうございます。私はこのトラキア一族を束ねる長のシオンと申します」
「あれ、あの男の人がここの長じゃないんだ? かなりの使い手だったし、てっきり彼がそうなのかと思ったよ」
「兄のことですか? 兄も族長ですよ?」
「ん? 二人いるってこと?」
「はい。トラキア一族は長となる者が常に二人いるのです。当代では私たち兄妹がここを仕切っています」
シオンがアルフォンス・バルカと話す。
その間、俺は自分の胸を押さえていた。
……大丈夫か。
どうやら、特に異常はないらしい。
アルフォンス・バルカに降参した俺は、謎の儀式を行わさせられた。
赤い宝珠を用いた儀式で、誓いを守らせる効果があるらしい。
どうやら、バルカ教会というところで使われているものと同じだそうだ。
降参した俺に対して、アルフォンス・バルカなどへの攻撃の禁止などが命じられた。
だが、そう誓い、宝珠にたいして我が血を与えたものの本当にそれに意味があるのかがわからなかった。
いや、自分の出した分以上の血が己の肉体に送り込まれてきたようなので、どのような影響があるかわからないというのが正しいだろうか。
なので、試したのだ。
一声かけてから、アルフォンス・バルカへと攻撃を加えようとした。
結果、それはできないということがよくわかった。
まるで心の臓を握りつぶされるかのような痛みが胸に走り、呼吸困難に陥ったからだ。
なるほど、こうなるのか。
これは確かに誓いを破ることは難しいだろう。
命を狙って刺客を送り込んだこちらの提案を受けて戦闘をやめたのは、この儀式が行えるからなのだろう。
こうして、ひとまずはこちらが攻撃を行えないことがはっきりと分かった。
これは多くの一族の目の前で試したので、すでに一族の者たちも状況を把握できているはずだ。
急にこの森に攻め込んできた相手に降伏した俺を一族の者はどう思っているのだろうか。
だが、それでも俺は降伏したことを後悔はしていない。
なぜなら、地に倒れ伏していた者たちの命を拾えたからだ。
侵入者を止めようと迎撃に向かった者の多くは反対に女の持つ魔銃なる武器によって攻撃を受けて、動けないほどの傷を負っていたのだ。
それがすぐに手当てができたことで、全員が持ち直した。
失われた血液をアルフォンス・バルカが補充したのがよかったのだろう。
どうやら、我が一族とは違う【血を操る力】を奴は持っているらしい。
失われた血を肉体に補充したり、血の霧や黒の蝶を生み出す技を持つ少年。
その力は一族の戦闘員にも匹敵し、この俺とも渡り合える実力を持つ。
そして、なによりこの森の外に大量の傭兵を待機させている男だ。
この後の交渉は上手くやる必要があった。
そこで、俺ではなく妹のシオンが奴と話し合うこととなったのだ。
奴はまだ子どもとは言え男だからな。
シオンのような美しい女性を前にすれば交渉事で失敗を冒すかもしれない。
少しでも有利にシオンが話し合いを進めてくれることを期待しよう。
「……では、今後あなた様に我らトラキア一族は攻撃しない。この条件で、二人の刺客を送り込んだことは不問としていただけるのですね?」
「そうだね。別にそれでいいよ。刺客の攻撃もたいしたことなかったからね」
「彼らはこの森でも一二を争うほどの変装の腕前を持っていました。こういってはなんですが、よくご無事でしたね」
「うちにはアイがいるからね。擬態がいくらうまくても暗殺は難しいと思うよ」
「アイさんですか。失礼ですが、それはお二人の女性のどちらのお名前なのでしょうか?」
「アイはアイだよ。二人とも同じアイなんだ」
「……そう、なのですね。よくわかりませんが、分かりました。とにかく、アイさんのお力に我らは敗北したということなのでしょうね」
……子どもの言うことはわからんな。
あの二人の美人の女性が両方ともアイという名なのだろうか。
解せん。
双子でも別の名をつけるだろうに、どういうことなのだろうか。
ただ、シオンも意味がよく分かっていないだろうがそういうものとして受け取って会話を続けていた。
「それで、あんたたちが俺の命を狙ってきたのは許すとして、だ。それを依頼してきた連中のことまでは許すつもりがないんだよね。できれば、依頼した奴らの名前がわかるものなんかがあれば欲しいんだけど?」
「それは出来かねます。依頼を受けた段階で依頼書は破棄しています。お見せできるものは残っていません」
「本当に? ま、しょうがないか。それでも報復はするつもりだけどね」
「これを私がお聞きするのもおかしいかもしれませんが、命を狙ってきた相手を把握できているのでしょうか? 報復を無関係な者にたいして行ってしまうと禍根が残りますよ。負の連鎖が起きてしまうことが考えられます」
「大丈夫。それはなんとかなるから。あ、けどそうだね。それならこういうのはどうかな? こっちが把握している連中の名前を上げていくから、そいつらを影の者であるあんたたちが消してくれない? 報酬も払うし、無関係だっていうならそいつらはやらなくていいから」
「我々が、ですか?」
「そうそう。俺からの依頼ってことでどう? つっても、駄目なら駄目でいいよ。バルカ傭兵団が動くだけだし」
「……分かりました。報酬をいただけるのであれば引き受けましょう」
おいおい。
正気か、我が妹よ。
影の者に依頼してアルフォンス・バルカの命を狙ってきた相手。
それを命を狙われた者であるアルフォンス・バルカが影の者に依頼しなおして反対に命を狙う。
今までに聞いたことがない事例ではないだろうか。
普通ならばそんな依頼は受けない。
というか、トラキア一族が狙って失敗すること自体がなかったので、そんな依頼はなかったのだが。
しかし、他者に依頼主の名を教えないという決まりを守りつつも、妹はアルフォンス・バルカの依頼を引き受けるつもりのようだ。
返事をしつつ、こちらへと目線を送ってきた。
一応、もう一人の長が同席している場合にはこちらの意見も聞く必要があるからだが、どうすべきか。
ちょっと悩むが、シオンが手元に置いていた占いの道具をちょんちょんと叩くしぐさを見せる。
なるほど。
もしかすると、このことも事前に占いによって知っていたのかもしれないな。
ここでアルフォンス・バルカの依頼を受けるほうがよい。
そういう占い結果でも出ているのだろう。
ならば問題あるまい。
シオンはいつも一族の者のことを第一に考えて行動してくれている。
悪くなる話ではないのだろう。
こうして、俺たちはアルフォンス・バルカからの依頼を受け、オリエント国の重鎮の命を狙うこととなったのだった。
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