シオンの占い
「本当にここまで来たのか、ただの傭兵たちが?」
「はっ。すでにこのトラキアの森の侵入不可領域を突破して、こちらへと向かう傭兵たちの姿が確認されています」
「そこにアルフォンス・バルカがいる、と?」
「いえ。どうやらいないようです。この御神木が見える森奥まで到達する可能性があるのは傭兵団の中の数名程度のようで、その中にアルフォンス・バルカの姿は確認されておりません」
「そうか。わかった。すぐに迎撃してくれ。万が一にもこの御神木が傷つくようなことがあってはならん。俺はここを守る」
「承知」
我らトラキア一族が住むこのトラキアの森には太古の昔より存在する御神木がある。
この大樹は精霊が宿っており、その精霊様の力が果実にも宿るために我ら一族に力が与えられる。
そのために、トラキア一族はこの御神木を大切にしてきた。
そして、それと同時に御神木にも守られてきた。
トラキアの森は不思議な効果のある森であり、侵入者が森の奥にまで入ってくることができない。
これは御神木の守りがあるからだ。
この地で森の奥まで進んでこられるのは、幼いころより御神木に実る果実を食することができるトラキア一族のみ。
ゆえに、この森に近づいてくる傭兵団の姿があったとしてもけっして森の奥まで侵入されることはないと思っていた。
だが、どうしたことか。
傭兵団の多くはいつもどおり森の外へと送り返されたにもかかわらず、一部の傭兵たちが奥にまで向かってきているというではないか。
その報告を聞き、すぐに迎撃の指示を出す。
もし何かの間違いで入ってこられたのだとしても、これ以上はまずい。
知らぬとは思うが、ここで御神木の果実を持ち帰られでもしたら今いる侵入者以外もここに入ることができる者の数が増えてしまうかもしれないからだ。
なので、迎撃には確実にそれができる者を使うこととなった。
といっても、俺自身は御神木を守るために残り、手練れを差し向けたのだ。
トラキア一族は影の者としての任務で森の外に出ることも多いが、残っている者も身体能力が優れている者もそれなりにいる。
この森の中で負けるはずがない。
そう思っていたのだ。
だが、違った。
侵入者を迎撃に向かった者たちが次々と倒されたのだ。
それを御神木の最上階で遠目から見ることとなったが、自分の目が信じられなかった。
女だ。
我が妹のシオンも美人だが、それに勝るとも劣らない美女が手にした武器を使って次々と迎撃に向かった者たちを倒してしまった。
どうなっている。
あいつらもトラキア一族としての力は身に着けている。
単に身軽な動きができるだけではなく、さまざまな認識を阻害する術を持つのだ。
体の動きから発生する音を消したり、姿を見えにくくしたり、影に潜んだり。
迎撃に向かった者たちは各々が持つ力を使って侵入者たちのもとへと近づいていった。
しかし、その身が侵入者に近づくことなく攻撃にさらされてしまっていた。
なにかを飛ばす武器なのだろう。
音もなく発射され、矢のように飛んできたそれで体を傷つけられていく。
殺傷能力はそこまで高くはないのか、即死しているようには見えない。
だが、何人もがその武器による攻撃によって行動不能に陥ってしまった。
「よろしいですか、お兄様」
「どうした、シオン?」
「新たな占いの結果が出ました。ふたたびアルフォンス・バルカが森へと侵入するようです。そして、二度目の侵入は成功し、ここにたどり着くと出ています」
「……そうか。いや、もうすでに遠くにその姿が見え始めているな。だが、また少数か。もしや、傭兵たちを森の外にあえて待機させているのか? こちらが調べた情報では奴は非常に好戦的であると同時に、街づくりなどでも手腕を発揮しているからな。なにも考えずに行動は起こすことは無かろう。だが、そうだな、シオン。もう一度だけ、占いをしてみてくれないか?」
「もう一度ですか? なにについてを占えばよいでしょうか、お兄様?」
「俺の勝利をだ。どうやら俺が出るしかないからな。相手を見るかぎり負けるとは思えないが、景気づけだよ。俺が奴らに勝てると占ってくれると嬉しい」
一種のゲン担ぎだ。
ここまで侵入者に近づかれたことはトラキア一族が始まって以来ない事態だった。
すでに、森の中を進んできていたアルフォンス・バルカは先行して侵入していた傭兵たちのもとへと合流している。
そして、攻撃を再開し始めた。
女の持つ遠距離攻撃の武器を使って御神木や、そこに住む者たちに向かって矢を発射し始めたのだ。
それを俺の力で防ぐ。
っち。
認識阻害の力で一族の者たちに命中することは防げているが、御神木の表面にいくつか傷がついてしまった。
もはやまともに動ける戦闘員は俺を除いたら数が少ない。
それにこれ以上被害を広げるよりは、他の者を使うよりも俺自身が向かったほうがいいだろう。
そう考えた俺は、御神木を駆け下りる直前にシオンに占いを頼んだのだ。
絶対に成功する。
妹の占いを仕事前にしてもらい、お墨付きを受けてから実行するのがいつもの流れだったからだ。
「……占いの結果が出ました」
「そうか。どうだった?」
「初撃で決めてください。時間をかけるほどにこの森に対する被害は広がることでしょう。もしも、すぐに決着がつけられない場合には相手と語り合うことも重要です」
「なに? 俺が勝てないとでもいうのか、シオン?」
「分かりません。占いには勝敗がはっきりとは見えませんでした」
「……そうか。だが、大丈夫だ。シオンも知っているだろう? 俺の攻撃を初撃で対応できる者などいないさ。では、行ってくる」
シオンの占いの結果は俺の予想外だった。
まさか、勝利以外の言葉が出てくるとは思いもしなかった。
だが、問題はない。
俺の攻撃を防げる者などそうそういない。
そう思っていたが、どうやら俺は世間の広さを知らなかったようだ。
まさか、傭兵団の団長をしている子どもと、それについてきた使用人の恰好をしているそっくりな見た目の二人の女にすら完璧に対応されてしまったのだから。
どうすべきか。
相手はアルフォンス・バルカだ。
すでにこちらが一度命を狙って刺客を放った相手でもある。
その送り込んだ刺客の攻撃を防ぎ、なおかつ刺客の身元を特定して、即座にこの森に報復にやってきたのだ。
普通ならば交渉する余地などない。
どちらかが倒れるまで決着をつけるしか道はないだろう。
だが、俺はシオンの占いを信じた。
これまでも俺の力になってくれた占いだったというのも大きい。
それに、倒れた一族の者たちのこともある。
もし、俺が時間をかけてでもこいつらを始末したとしてだ。
その代わりに一族の多くを失うようなことがあってはならない。
一度数を減らすようなことがあれば、ふたたび勢力を盛り返すまでは何代も世代を重ねなければならなくなるからだ。
占いの結果を信じれば、交渉の余地があるらしい。
ならばそれにかけてみよう。
そう考えて、俺はまだ戦える状態でありながらもアルフォンス・バルカに降伏を申し込んだのだった。
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