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トラキア一族

「私は反対いたします。アルフォンス・バルカの暗殺には賛成できません」


 このトラキアの森に住む我らのもとに、オリエント国からの依頼が届いた。

 アルフォンス・バルカの暗殺。

 それは、我等トラキア一族にとっては、いつもと変わらない仕事のはずだった。


 トラキア一族、別名を影の者とも呼ばれることがある我々は、長きにわたってこのトラキアの森に住んでいる。

 森の奥にある御神木をあがめて生活し、この森で生まれ育った我らは変わった力を持っている。

 認識阻害の術。

 それがこの地に住む者の持つ力だ。


 その力は御神木に実る果実を食べることで身につく。

 毎年、樹上にできる果実を一年に一度食べ、それを何年も続けるといつの間にか使えるようになるのだ。

 といっても、その力はなにもしなければそうたいしたことはできない。

 力を使いこなすためには修行が必要だった。


 そのため、このトラキアの森で生まれた子どもたちは幼少期から鍛えられる。

 森の木々を使って行われる修行により、身軽な行動ができるように叩きこまれる。

 そして、その子ども時代の修行の多くは追いかけっこやかくれんぼをすることが多かった。


 足場の悪い場所を走りまわって、逃げる、あるいは追いかける。

 ある意味遊びに等しいその修行でも、移動の際には足音を消し、気配を殺し、相手に気取られないように行動する。

 そういう行動を繰り返し行うことで、果実を食べたことによる力の開花が見られる傾向が高い。

 人によっては自分の姿かたちを他者に置き換えたり、完全に気配を消したり、俺のように残像や分身を生み出したりすることができるようになる。


 こうして、御神木の果実を食べ、幼き頃より修行したトラキア一族は非常に優れた隠密行動を可能とする。

 この力を使い、我らは影の者として森の外で活動してきた。

 主に行われるのは諜報活動だろうか。

 気配を隠し、さまざまな国などから情報を得ることで金銭を得る。

 森で暮らしているだけでは手に入らぬものも多いため、どうしても金を稼ぐ必要があったからだ。


 そして、なかにはこの手を血で染める仕事も依頼される。

 暗殺などがそうだ。

 相手に気取られることなく近づき仕留めることが可能だった。

 それが悪いことだとは思わない。

 ただ、仕事であると割り切って誰が相手であろうと必ずやり遂げてきた。


「反対? どういうことだ、シオン? 今まで仕事のことで反対などしたことがなかっただろう。なぜ、今回に限って反対などする?」


「不吉、と出ているのです、お兄様。私の占いにはこたびの依頼に関わるとなにかよくないことが起こるのではないかと示されているのです」


「……シオンの占い、か。無視することはできんが、この仕事を蹴るわけにもいかんからな。どうしたものかな」


 このトラキアの森に住む者は幼いころからの修行によって大なり小なり力を得ている。

 が、その中でも我が妹であるシオンは一風変わった力を持っていた。

 それは占いだ。

 シオンが行う占いはよく当たると評判で、最近では大嵐が来るという占いをシオンが出したおかげで、トラキアの森では事前に被害を防ぐ手立てを行うことができたくらいだ。


 そんなシオンの占いが不吉なものを現しているという。

 この度持ち込まれたオリエント国による暗殺依頼でだ。

 近年オリエント国で力をつけ、存在感を現し始めたバルカ傭兵団。

 そのバルカ傭兵団の団長であるアルフォンス・バルカの暗殺が仕事内容だった。

 これは、ある程度以前から予想されたものでもあった。

 傭兵団の扱いはなかなか難しいものがあり、強い傭兵が自陣営にいると助かるが、それが邪魔になることもある。

 これまでも、トラキア一族は何度もそういった存在を抹殺してきたと言い伝えられている。


 なので、アルフォンス・バルカのことについてもある程度事前に調べていた。

 ここ数年では特に名を売り始めていたからだ。

 そして、その調べの結果、暗殺そのものはそう難しくはないと結論付けている。

 ほかの奴らだとどうだかは分からないが、トラキア一族であれば問題ない。


 それに、今回の仕事は断りづらい相手だというもあった。

 依頼書にはオリエント国のそうそうたる名が連なっている。

 暗殺という危険の伴う依頼でここまで国の重鎮たちの名が並ぶというのはちょっと聞いたことがない。

 それだけオリエント国も本気なのだろう。


「シオンの占いを信じないわけではない。が、それでもこの仕事は受ける。代わりに万全を期してあの双子を向かわせよう。あいつらならば、対象にもっとも接近できるし、万が一の失敗があってもこちらの身元が割れる心配はないからな」


「……そうですか。わかりました。お兄様がそういうのであれば従いましょう」


 大丈夫だ、問題ない。

 この俺ですら見分けがつけられない変装の力を持つ双子を送り込む。

 傭兵団の団長をしているアルフォンス・バルカに近づくにはいかに変装能力があってもひとりでは大変だろう。

 だが、それが同等の力を持つ二人であれば任務達成の可能性は格段に上がる。

 お互いが協力者となれるからだ。


 それにあの双子の変装は寝ても覚めても解けることがない。

 かつて、ほかにもいた完全変装能力の持ち主は死してもその姿があばかれることはなかったという。

 おそらくあの二人もそうだろう。

 であれば、万が一にも失敗したとしてもトラキア一族が関わっていることは見抜けはしない。

 ということは、億に一つもアルフォンス・バルカがこの森に近づくことすらないはずだ。


 そう思って二人を送り出してからすぐのことだった。

 この森に傭兵団が近づいてきたのは。

 そして、それを率いているのは任務の目標でもあるアルフォンス・バルカ自身だった。


 ……大丈夫だ。

 まだ、大丈夫。

 この森は御神木の力によってトラキア一族以外は森の奥にまで入ってこられない。

 だというのに、奴はここまでやってきたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] アイなんて規格外想定出来んわなあ
[良い点] だよな、本拠地はバレない筈だったんだよな。 追尾鳥とか、卑怯だよね。 [気になる点] 普通、依頼人は代表者若しくは仲介者の名で依頼して 本当の依頼人の身元は隠蔽するモノだが トカゲの尻尾…
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