突然の提案
俺が縦に振り抜いた魔剣が男の背中に命中する。
その背中に一本の切れ目が入った。
背中側の服がきれいに切り裂かれ、その背の肌が見えている。
……浅い。
きれいに決まったかに思えた攻撃だが、致命傷というにはまだ足りない。
さすがに魔力量の高さが関係してくるのだろう。
この男の場合は残像や速さに対して魔力を使っている節があり、攻撃力そのものはそこまで高い印象は受けない。
もし、イアンほどの攻撃力があるのであれば、いくら血の盾で防ごうとも防げないはずだからだ。
薄い盾などものともせずにこちらに大打撃を与えていたはずだ。
しかし、攻撃力が高くないということが、防御力の低さには直結しないようだ。
魔力の高さは強さと関係している。
そのことが痛感できる。
俺の攻撃力は相手の魔力の高さゆえの防御力の前に力負けしているのだろう。
背中を斬られたはずの男が地面についた手に力を入れて体を跳ね上げるようにして持ち上げる。
そして、そのまま何事もなかったかのように体勢を整える。
それを見て俺もとっさに距離をとった。
どうするかな。
ノルンのおかげでこうして目の前の男と戦えている。
だが、やはりもともとの力の差は大きいと言わざるを得ないだろう。
こうなったら持久戦しかないかもしれない。
一撃で相手を沈黙させることはできなくとも、なんとか戦うことはできているのだ。
そして、こちらには魔剣ノルンがある。
今は俺の血を大量に空中に散布するという技を使ったために、相対的に魔剣としてのノルンの力も落ちている。
だが、血を補充しさえすれば俺の攻撃力も底上げできるはずだ。
そして、そのための血は目の前にある。
つまり、相手の血を吸い取ることが勝利につながる。
さっきみたいにわずかでもいいから傷をつけ、そこからノルンを使って血を吸い上げる。
何度もそうすることで俺は魔力を補充し、相手からは魔力を奪う。
どれほど時間がかかるかわからないし、下手をすると一手で形勢が変わりかねないが、地道にやっていくしか勝てないかもしれない。
そう考えているときだった。
「参った。降参だ」
「……降参? 負けを認めるってこと?」
「そのとおりだ。こちらの負けを認めよう。その代わり、こちらの願いを聞き届けてほしい」
「……ずいぶん急だね。ちょっと信じられないんだけど。とりあえず、話を聞くかどうかはその願いの内容によるかな」
「彼らに傷の手当を。それと彼女たちにこれ以上の攻撃を中止させてくれ。そうすれば、俺はお前の力になると約束しよう」
これからどのようにして目の前の男と戦っていくか。
それを考えているときだった。
唐突に終わりが訪れる。
それは相手からの敗北宣言によってもたらされた終わりだった。
どうやら、相手は負けを認めるようだ。
とはいえ、まだまだ明確に決着がつくような段階ではない。
特に俺との力の差を考えれば、勝負そのものがどうなるかは分からない。
むしろ、普通に考えると相手のほうが勝つ可能性のほうが高いといってもいいだろう。
が、それでも負けを認めるのは、他者のことを案じてのことのようだ。
彼らの傷を手当てしたいと男が指さすのは、地面に倒れた影の者たちのことを指しているらしい。
こいつらは最初に幻惑の森の奥にたどり着いたアイと交戦した者たちだった。
アイの魔銃による攻撃を食らい、地面に倒れた。
ただ、まだ死んではいなかったようだ。
最初に迎撃に動いただけあってそれなりの使い手たちだったのかもしれない。
しかし、死んではいないといっても、俺の出した黒死蝶に血を吸われていたのでほぼ瀕死のような状態だった。
その後、黒死蝶を俺のもとに戻してから血の霧を出すのに使っているので、もう血を吸われているわけではないが、このまま放置していたら間違いなく死ぬだろう。
俺との勝負を長引かせると助けられないかもしれないということを重く見たらしい。
そして、それ以上に男が危惧しているのがアイの攻撃だったようだ。
というのも、アイは俺が男と一対一でも戦える状態になったと判断した後、ふたたび大木のほうへも魔銃を向けていたのだ。
先ほどまでは大木の樹上にある建物やそこにいる人を狙って攻撃しても、アイの攻撃はほとんど当たらなかった。
だが、それはどうやら男の力も関係していたようだ。
残像を生み出すその力を使って大木と一緒に人々も守っていたのかもしれない。
が、男が地上に降りたち、俺と戦うことでその守りが無くなってしまったようだ。
アイの魔弾が命中し始めたのだ。
多分、男の目論見としては地上に降りてすぐにこちらを無力化するつもりだったのだろう。
だが、そうはならず、俺一人に足止めされ持久戦模様になってしまった。
そして、その間にアイによる攻撃でほかの人が狙われる結果となった。
それを見ての降伏というわけか。
「いいの? まだ戦いは始まったばかりだよ。俺に勝てばいいだけの話だと思うけど?」
「ふん。つまらん冗談はよせ。お前の考えはお見通しだ、アルフォンス・バルカ」
「俺の考え?」
「ああ。この森は普通ならばここまで侵入することすら不可能だ。だというのに、お前たちはここまでたどり着いた。しかし、知っているぞ。お前は傭兵団を率いる団長であり、この森にも傭兵団を連れてきていることをな。なのに、この場には随伴する傭兵は十ほどだ。それは、お前たちが帰らねば森を焼くつもりだからなのではないか? いかに我らと言えども、この森に火をかけられてはどうしようもないからな。降参もやむを得ないさ」
……そんなつもりは一切なかったんだけど。
いや、まあ、言いたいことは分かる。
普通ならこの森には入れないはずなのに入ってきたこと自体が向こうにとっては予想外だったのだろう。
なのに、あえて少数で入ってきて大多数の傭兵を外に残しているというのは、言われてみれば確かに不気味かもしれない。
こっちは全然そんなことを意図していなくても、深読みしてそう考えてしまうこともあるだろうか。
……本気で降参するつもりなのかな?
まだまだ余力がありそうなんだけど、ま、いいか。
相手が降参するというのであれば、受け入れよう。
ただ、さすがに口約束は難しい。
一応担保を取るためにも、血の楔でいきなり攻撃してこないようにだけでもしておいたほうがいいかもしれない。
こうして、まだ戦いが続くかと思われた矢先に、唐突に相手が負けを認めたことで決着がつくこととなってしまったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。
評価は下方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けますと執筆の励みになります。





