力の差
「その顔、アルフォンス・バルカか」
「正解。そういうあんたは影の者の中で一番強い人ってことでいいの?」
「……あの二人、しくじったのか。しかも、この森にまで入られるとは。なんと言うことだ」
幻惑の森の奥にある大木。
その大木には樹上にいくつもの建物があり、その中の一番高い位置にある建物から人が降りてきた。
そいつが、俺の顔を見て名前を言い当てる。
やはり、俺のことを知っているようだ。
もちろん、俺はこんな森の中で木の上で暮らしている奴のことなんて知らない。
ということは、オリエント国の議員が刺客に依頼をしたときに顔がわかるものでも渡していたのだろう。
二人がどうとか言っているし、こいつらが影の者であることは間違いない。
だが、俺の言葉には特に答えずになにかを呟き続けていた。
その姿を魔剣をかまえながら観察する。
着ている服はオリエント国の着物とは少し違う感じだ。
この辺りは雨の多い季節などは蒸すことが多いため、袖やすそを広くとる形の服が多い。
だが、この男の着ている服はすそや袖の部分をきゅっと締めるような感じになっている。
きっと、森の中でも動きやすいようにしているのではないだろうか。
そして、その服の中に納められた男の体はこれまたきゅっと引き締まった感じの印象を受けた。
戦場を駆け抜ける傭兵たちのなかには、どちらかというとがっしりした体格のほうが好まれる。
魔力量も強さに関係するが、やはり筋肉量も強さに密接にかかわってくるからだ。
だが、こいつは筋骨隆々というよりはむしろ細い印象だ。
だからこそ、木の上から軽やかに駆け下りるなんて芸当ができたのかもしれない。
森の草木で染めたのか迷彩柄の服を身に纏ったそいつはおそらくは当主級と呼べる強さがありそうだ。
が、どうも目の前に相対すると自信が持てなくなった。
なんというか、存在感が希薄なのだ。
ちょっと目を離したすきに見失ってしまいそうな、そんな雰囲気を身に纏っている。
「右です」
その時、アイが声を発した。
そして、俺の横にいたアイが魔銃を右に向けて魔弾を放つ。
ダンッという音をたてて魔弾が木の幹に命中し、その隣には先ほど俺たちの正面にいたはずの男の姿があった。
ちらりと、視線をもとの大木のほうへと戻す。
そこにはすでに誰もいなかった。
どういうことだ?
目を離したりはしていなかったはずだけど。
「そこの女。双子か? ずいぶんとおかしな気配をしているな。なかなかどうして、変わった者が現れたものだ」
「アイ、あいつは今、何をした?」
「移動しただけです。見えませんでしたか?」
「……うん。分からなかった。俺にはずっと木から降りてきた場所にいるように見えていたよ」
「ふむ。こちらの動きを察知できるのは、そこの女二人だけのようだな。ならば先にそちらを片付けるか」
移動しただけ?
全然わからなかった。
その直前まで相手の姿を確認していたというのに、動きが追えない。
男がそう言ったかと思うと、次の瞬間にはまた移動していた。
俺が気付いたときには先に森に入っていたアイのほうにすでに肉薄している。
そして、アイが攻撃を受けた。
これまたいつの間にか手に持っていた短刀で切りつけられたのだ。
魔銃を構えたアイの胴体をスッと斬りつけ、駆け抜ける。
「ぬ? なんだこの手ごたえは」
だが、そのくらいではアイは死なない。
なんていったって、アイは神の依り代だからな。
その体は表面こそ人間の皮膚を模して作られたスキンをかぶせているが、その中の構造の大部分は硬化レンガなのだ。
あれは金属に近い硬さを持ち、しかも自動修復の魔法陣まで組み込まれている。
短刀で斬られたくらいではへっちゃらだ。
「おい、お前の相手は俺だ。アイには手を出すなよ」
が、だからといって平気なわけではない。
起動する際の核となっている精霊石でも傷つけられでもしたら動けなくなるだろう。
だが、それはそれとしてムカついた。
こっちを無視するのもそうだけど、アイに手を出されるのは腹が立つ。
アイとそいつの間に割り込むようにして前に出た。
(おいおい。どうするつもりだ、アルフォンス? 格好つけるものいいが、お前は全然相手の動きが見えていないだろうが)
(……それが問題なんだよな。ノルンはあいつの動きを察知できないのか?)
(っち。しかたねえな。このままだとあいつにお前が殺されるかもしらねえしな。力を貸してやるか)
どうやら、ノルンからみても、俺と相手の男に力の差があるようだ。
動きに全くついていけていないどころか、目で追えてすらいないからな。
それを見かねたのか、力を貸してやると思念を送ってくる。
次の瞬間、ドクンと心臓が跳ねた。
そして、その拍動がさらに速くなる。
熱い。
どんどん体が熱くなってくる。
大丈夫かよ、これは。
自分の体のことが心配になるが、相手から目をそらすわけにもいかない。
胸の動機に息が苦しくなりながらも、しっかりと相手を見つめていると、周囲に動きがあった。
これは黒死蝶か?
さっき俺が出した黒死蝶たちが、地面に横たわっている影の者たちの体から離れて俺のもとへとやってくる。
そして、その黒死蝶が魔剣ノルンに次々とまとわりついていった。
血を吸い取る黒死蝶。
その黒死蝶によって、俺の血でできた魔剣がどんどん吸収されていったのだった。
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