森の精
「どうなっているんだ、アイ? 戦っているんだよな?」
「肯定です、アルフォンス様。現在、この森の奥にて交戦中です。魔銃による反撃を行っていますが、継続してよろしいですか?」
「もちろん。アイの身が一番大事だからな。ためらわずにやれ」
入り込んでもいつの間にか外に出てしまう幻惑の森。
オリエント国の近くにこんな摩訶不思議な場所があるとは思いもしていなかった。
特にここの存在を隠していたというわけではないのだろう。
ただ、森の中に入るのは駄目だとされているだけのこの森にはオリエント国を陰で支え続けていた刺客がいた。
そして、その刺客とアイが戦っているらしい。
おそらくは幻か何かの影響で奥へは入れないはずのこの森で、アイは影響を受けることなく奥へと進むことに成功したようだ。
その結果、森の奥で刺客と遭遇し、戦闘となった。
魔力を集めた俺の耳にはアイが魔銃で戦っているらしき音が聞こえてきている。
ひとまずは、この音が聞こえている限りは森の奥にいるアイは大丈夫だろう。
といっても、不安がないわけでもない。
アイの使う魔銃は遠距離攻撃が可能な強い武器ではあるが、絶対無敵というわけではないからだ。
それに、どんな相手がいるかもわからない。
そう思って、俺はなるべく急いで助けに入るために奥へ奥へと進んでいった。
「違います。そちらは方向違いです、アルフォンス様」
「おっと。まじか。音を聞いているつもりだったのに違う方向に行こうとしちゃったのか」
だが、急ごうとした俺の手を隣にいたアイが引っ張って声をかけてきた。
そちらは森の奥に進む方向ではない、と。
不思議だ。
俺としてはまっすぐに向かっているつもりなのに、また道を間違えてしまっていたらしい。
「なんでこの森だとこんなことが起こるんだろうな」
「それはおそらくこの森の植生によるものではないかと思います」
「植生?」
「はい。私はこの森が旧エルメス領に近い状態にあるのではないかと言いましたが、それとは違うのではないかと現在は考えています。実際は、この森の他者を迷わす効果は人間に由来するものではなく、森そのものにあるのではないかと考えます」
「どういうこと? 森が人間を排除しようとしているってこと? そんなことあるの?」
「あり得ます。この森の奥に先行した別端末が、そこで大木を発見しました。樹齢の古い大木であり、その木には精霊が宿っている可能性があります」
「……精霊。そうか、木精か。カイル兄さんの契約している木精みたいなのがこの森には居るのか」
「いえ。カイル・リード様の契約している精霊は別格です。人型で人格の存在する高位精霊ですから。それとは違い、大木に宿る精霊はどちらかというとバルカライン北部にある世界樹に近しい存在かもしれません」
アイに手を引かれながら森を進む。
その間にもアイから情報を得られた。
それによると、この森の不思議な特性は人間の手によるものではなさそうだということだった。
どちらかというと、森の奥にある大木が関係しているのかもしれないということだ。
森と大木と精霊。
これを聞くと、やはりカイル兄さんのことを思い出す。
かつて、広大な森の奥にある太古の霊木たる世界樹とカイル兄さんは契約し、その結果、木精を手に入れたのだという。
そういえば、そのときのことをアルス兄さんが言っていたような気がする。
世界樹と呼ばれる古い木は、なぜかカイル兄さんだけを思念で呼び寄せたのだそうだ。
そのときに、一緒にいたアルス兄さんとタナトスさんは呼びかけられないどころか、近寄らせないように妨害すらされたとかなんとか。
たしか、森の木が攻撃してきたんだったっけ?
木の枝や根が動いていたんだそうだ。
もしかしたら、この森も似たようなことが起こっているのかもしれない。
ちなみに、アイにはそんな森の動きは関係ないみたいだ。
なにせ、周囲の状況を正確に認識できる。
多少、周囲の木々が動いたところで惑わされたりはしないのだろう。
その上に、位置情報も完璧に把握しているときている。
これは、相互関係と天空からの把握があるのだそうだ。
相互関係というのは、アイという神の依り代としての各個体と、俺たちが身に着けている腕輪などの位置関係、そして、空の上にあるという観測衛星によっていつでもどこでも正確な自分の位置を感じ取っているのだそうだ。
ぶっちゃけ、どういうことか俺は完全には理解できていない。
が、とにかく、アイが自分の場所を見失うということはありえないということだ。
そんなアイに手を引かれて、ようやく俺は森から出ずに奥にまでたどり着くことに成功した。
鬱蒼とした木々の間を抜けてやってきたそこは、広場になっていた。
高い木の枝からの木漏れ日が降り注ぎ、それまでの暗い感じから一転して明るい場所になった広場。
そこにはアイの言うとおりの大木と魔銃を手にしたアイの姿、そして何人もの人が地面に倒れている光景が広がっていたのだった。
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