幻惑の森
「……おお。本当だ。森から出てきちゃったよ」
影の者と関係がありそうなオリエント国近郊の森。
その森から出てきた貧民の一人がいうには、この森は入り込んでも奥まで行くことができないのだそうだ。
歩いているうちに勝手に出てきてしまう。
そんな不思議な森なのだというではないか。
なにそれ面白そう、と勢い込んで乗り込んでいった俺だが、歩いているうちに鬱蒼とした森の中から外へと戻ってきてしまっていた。
不思議だ。
奥に向かってまっすぐに進んでいるつもりだったのに出てしまっている。
それに、森の中を突っ切ったわけでもなさそうだ。
なぜなら、傭兵の一部を入る前に森の外で待機させていたのだが、俺が出てきた場所には残っていたはずの傭兵たちの姿があったからだ。
ということは、知らず知らずのうちに俺の進行方向が変わってしまったということなのだろう。
「あー、いたいた。おーい、団長ー」
戻ってきた俺は、いったん完全に森から出た。
と、そんな俺に呼びかける声が聞こえる。
振り返って確認すると、俺が出てきたところとはまた別の地点にウォルターの姿があった。
「いやー、びっくりしましたよ。急に前を歩いていた団長がいなくなったんで焦りましたよ」
「いなくなった? 俺が? それを言うなら、ウォルターたちが俺の後ろからいつの間にかいなくなっていたんだけど」
「え? そんなはずないっすよ。俺たちは間違いなく団長の後について移動していたんですから。なのに、急に団長の姿を見失ったんです。それで慌てて周りを探しても見つからなくて。結局はそのまま進むしかないってことで歩いていたら、ここに戻ってきたんですけど」
俺の後から森を抜けだしてきたウォルターとその他の傭兵たち。
そのウォルターがおかしなことを言う。
俺の姿が急に見当たらなくなったのだそうだ。
しかし、そんなはずはない。
俺は普通に歩いていただけだ。
それに、後方に人の姿があったので、傭兵たちがついてきているのは間違いない。
だが、それなのにいつの間にかはぐれていたのだ。
ウォルターやほかの傭兵たちの姿が消えていた。
俺の近くにいた数人の傭兵たちを除いて。
そうこう言っていると、さらに傭兵たちが戻ってきた。
ゼンの分隊だ。
どうやら、ゼンたちもいつの間にやら俺やウォルターたちと離れ離れになってしまっていたようだ。
ただ、森から出てきた場所がさらに違ったのか、森の外を迂回してここまで帰ってきたらしい。
「……もしかして、幻でも見せられたかな?」
「幻ですか?」
「ああ。周囲の景色や前を歩いているはずの人間、あるいは後ろにいるはずの人間の姿が幻だった。この森はそんな現象があるのかもしれない」
「そんなことあるんですかね? でも、もしそうなら、確かに後ろからついていってるだけでも見失うことはありそうですね」
「だろ? この森の木々も幻だとしたら、俺たちは自分の目で見てしっかりとまっすぐに進んでいるつもりでも、実は全然見当違いの方向に進んでいたのかもしれない。だから、気がついたら森を出る状況になっていた、ってことも考えられるね」
この俺の考えが本当にあっているかどうか、ぶっちゃけ自信はない。
が、今のところそう考えてもおかしくはなさそうだ。
とりあえず幻惑の森とでも名付けてみようか。
この幻惑の森で奥に進もうとしても難しいだろう。
自分たちがどこをどう進んでいるのか、認識すらできないからだ。
しかし、刺客たちはこの森から出てきているはずだ。
臭いは確かにこの森につながっていたのだから。
ということは、この森の奥には絶対に行けないというわけではないはずだ。
なんらかの方法があるはず。
どうやっているんだろうか?
「アイはどう思う? ……あれ? アイは?」
「え。あ、あれ? アイさんがいないぞ」
「いつからいない? ゼン、アイは確かに俺たちと一緒に森に入ったよな?」
「そのはずですよ、アルフォンス団長。アイさんは確かにアルフォンス団長のそばにいて、森に入っていきました」
「まじかよ。ってことは、アイは俺たちとはぐれたのか」
この幻惑の森について、アイの意見も聞こうと思った。
だが、ここにきてようやく気が付いたのだが、アイの姿が見当たらなくなっていた。
ゼン以外にも確認した限り、間違いなく俺たちと一緒に森に入ったはずだ。
しかし、そのアイはまだこの森から出てきていないのだろう。
その時、音が聞こえた。
ごく小さな音だ。
かなり遠くで鳴ったのだろう。
が、その音には聞き覚えがあった。
魔弾の着弾音だ。
魔銃から放たれる硬化レンガ製の魔弾は、発射時には音が鳴らない。
その音が聞こえるのは、弾が対象にぶつかったときの音だ。
そして、今聞こえるのは魔弾が人に命中したときのような音だと思う。
さらに耳に意識を集中させる。
ついでに、魔力も耳に集めてより遠くまで、より正確に音を拾い集めた。
その結果、どうやら魔弾の着弾音は幻惑の森の奥のほうから聞こえてきているようだ。
「どうも、アイは森の奥まで行っているみたいだね。で、誰かと交戦しているっぽい」
「それ、大丈夫なんですか?」
「多分大丈夫だとは思うけど、アイひとりだとなにがあるかわからないからな。俺たちもアイのもとに行こう」
「どうやって行くつもりですか? この森の奥に俺たちは進めませんでしたよ?」
「大丈夫だ。アイが森の奥にいるのがこの森の奥に行けるなによりの証拠さ。出ろ、アイ」
森の奥にいるアイに追い付くために、俺は魔法鞄から出した核に魔力を込めてもうひとりのアイをこの場に出現させた。
現れたアイは、森の奥にいるであろうアイとすでに情報を共有している。
これなら、アイの案内でアイのもとに行けるだろう。
すぐに先導するアイと手をつないで、俺は再び森へと突入していったのだった。
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