近郊の森
「森? ほんとにこの森にいるのか?」
「この森のことなら俺も知っていますよ、アルフォンス団長。都市から割と近くにある森だからか、関係ない人間は勝手に入るのは禁止されていたはずです。貴重な薬草や茸がとれたんじゃなかったかと思います」
「森の資源の管理ってやつか? でも、刺客のにおいをたどった追尾鳥がこの森に入ろうとしている。ってことは、この森に刺客がいるってことになるな」
「うーん。ここに人が住んでいるってのは聞いたことがないんですけどね」
村で倒した刺客二人の臭いを追跡した結果、オリエント国からそれなりに近い距離にある森にたどり着いた。
木がたくさん生えているごく普通の森だ。
俺もこの森には人が住んでいるとは聞いたことがない。
俺よりもこのあたりのことに詳しいゼンなども同じで、ここは誰もいなかったはずだと言っている。
ただ、都市の近くの森であるが、誰でも自由に出入りすることはできないとされていた。
誰だったかの所有する森であり、その森からとれる品はその所有者の財産であるからだ。
勝手に入って森で収穫してきたところを見つかれば、どんな罰を受けるかわからない。
なので、あまりこの森に人が入ることはないのだそうだ。
「っていうわりには、何人か森から出てきたな。あいつら、貧民街の連中じゃないのか?」
しかし、俺たちがその森を見ながら話している最中に、森の中から人が出てきた。
その姿はどう見ても貧民街での生活を連想させるボロボロの姿だった。
間違っても、この森の管理者などではないだろう。
そんな貧民が木の実っぽいものを手に抱えているが、あれはいいのだろうか?
「そういえば、勝手に入るのは禁止されているはずですけど、監視している人がいるとは聞いたことがないかもしれないですね」
「そう言われてみるとそうだな。ゼンの言うとおりだ。見張りがどこにもいない。こんな調子じゃ誰でも森の中にどんどん入っていくんじゃないのか?」
「そう思うんですけど、いうほど貧民が出てくるわけでもなさそうですね。今年は嵐があったからみんな食い詰めているはず。もし出入りしても大丈夫なら、もっと多くの人が森に入りそうなものですけど」
ゼンの言うとおり、何人かの姿が森の中に見えた。
森の浅いところだけだが、人の姿があるのだ。
そして、それを取りしまるような者の姿はどこにもない。
普通なら、こんなおいしい食糧庫のような自然の森があれば貧民たちは飛びつくはずだ。
貧民たちは日ごろ腹を空かせて困窮している。
多少の危険があっても食料を得られる可能性があるのであれば、危険を冒して森に入ってもおかしくはない。
が、もしそうならばもっと多くの人の姿が森にあってもおかしくないだろう。
にもかかわらず、そんな感じでもなさそうだった。
今まではあまりにもオリエント国に近い場所にあったがゆえに気にも留めていなかったが、この森の管理体制には違和感がある。
「なんか気になるな。ちょっと先に情報を集めようか。さっき森から出てきた奴に話を聞いてきてくれないか?」
「分かりました。俺が行ってきます」
このまま森の中に入っていっても別によかった。
追尾鳥が臭いをたどった結果、ここに来たのだ。
少なくとも刺客とは無関係ではないのだろう。
あるいは、この森を管理、監視しているのが刺客の一味だったりするのかもしれない。
が、そうなると森に入るのは危険があるか。
見分けがつかないくらいの擬態をできる存在がこの森と関係している。
念には念を入れておこう。
というわけで、森から出てきた貧民に対してゼンが話を聞きに行ったのだった。
※ ※ ※
「森の奥に入れない?」
「そうみたいです。さっき、話を聞いた男や、森に姿があった連中にも何人かに話を聞きました。そうしたら、みんなそう言うんです」
「よくわからないんだけど、どういうことだ? 誰かが森の中で行く手を阻むとかそんな感じになっているのか?」
「俺もそう思ったんですけど、違うみたいですね。なんて言うんでしょうか。奥に進もうとしても勝手に出てくるみたいです」
「勝手に? 意図せずにってことなのか?」
「はい。本人が森の奥にまっすぐ進んでいるつもりでも、気づいたら森から出ているとかって感じらしいですね。だから、あの連中は適当に歩いてその途中で見つけた食べ物を持ち帰っているみたいですよ」
「へー。不思議な森だな。そんなところがあるのか」
ゼンが話を聞いて得た情報を報告する。
その内容は驚くべきものだった。
どうやら、この森には番人となるような人物はいないようだ。
だが、その代わりに森自体がだいぶ変わっているらしい。
奥に行こうとすると勝手に森から出てしまう。
そんな不思議な森なのだそうだ。
「旧エルメス領と似ていますね」
「え? エルメスって、フォンターナ連合王国のか?」
「そのとおりです、アルフォンス様。旧エルメス領はブーティカ領の北にある山がちな土地です。麦などの畑が作りにくいために、薬草などが特産物として有名です。そして、そこはかつて幻術がかけられていました」
「……幻術。エルメス家の魔法だったっけ?」
「はい。エルメス家の当主級が用いる上位魔法には【幻影結界】というものがあります。それは、旧エルメス領の山々の木の葉を用いて、当時のエルメス家の本拠地を隠すという効果がありました。その結果、近隣の貴族家はエルメス家の拠点の場所が特定できなく、迷いの森などと呼ばれたようです」
「なるほど。ってことは、この森ももしかしたらそういう結界みたいなものがあるのかもしれないってことか」
「現時点では情報が不足しています。ですが、その可能性はあるかと思います」
アイはこの森がエルメス家の上位魔法である【幻影結界】が使われた山と似ているのではないかと言う。
そうかもしれない。
まだ自分たちで試したわけではないが、勝手に森から出てしまうという証言が複数あるからだ。
ということは、この森には大規模な魔法がかかっているかもしれない。
まさかこんなところで、エルメス家と似たような連中がいるのだろうか。
予想以上に影の者というのは面白い連中なのかもしれない。
ドキドキしながら、俺は傭兵たちを引き連れて森の中に入ってみることにしたのだった。
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