擬態
「キクはそこで寝ている間抜けたちを起こしておいてくれ。ほかは周辺の警戒を。アイは周囲に気を配りつつ、俺と一緒にこいつを調べよう」
朝食を作っていた広場で大変な騒ぎになってしまった。
食事を作るために集まっていた村人たちが悲鳴を上げたことで、それまではここには集まっていなかった村人までもがどうしたのかと様子を見に家を出てきたのだ。
もしかしたら、まだ刺客はいるのかもしれない。
姿をまねるような技を持つ刺客だとすると、傭兵だけではなく村人に擬態している可能性もあるわけだ。
そのため、広場には近寄ってこないように周囲を警戒させた。
とは言っても、村人たちも自分から積極的には近寄ってこようとはしていなかった。
むしろ、広場にいた女性たちが逃げだそうとしているくらいだ。
だが、それは悪いが留め置かせてもらう。
万が一、そこに刺客がいた場合、村人としてこの場を離れて逃げようとしているかもしれないからだ。
近寄らせず、離れさせないようにしながら、偽物たちの遺体をアイと一緒に検分する。
「間違いなく死んでるね。アイの魔銃で正面から一撃だ。顔面に受けた魔弾で頭を弾かれて見れたものではないな」
さっきまでは日常の中にあった村が一瞬にして凄惨な殺害現場となってしまった。
小国家群はもともと攻撃魔法なんてなかっただろうし、剣で斬られたり、矢で命を落とすことが多かったのではないだろうか。
こんなふうに、赤い果物を高いところから落としてはじけたような人間の遺体を見る機会なんてなかなかないと思う。
傭兵たちにこの場を離れられないようにされてしまったからか、気分が悪くなった村人たちが胸を押さえている。
偽物たちが着ているのはおそらくは本物のゼンとウォルターの服だ。
実際、二人を発見したキクが遠くの建物の中から二人が全裸で寝ていることを叫んで教えてくれている。
そっくりさんに化けていたけど、着るものは真似できなかったのかもしれないな。
とくに、バルカ傭兵団は制服があるからそれを着るためにも誰かから調達しなければならなかったのだろう。
二人を選んだのは俺に近づきやすいからかもしれない。
「そっくりですね。魔力の違いを除けば、ゼン様やウォルター様との違いが私には判別できません」
「あ、やっぱり? アイでもそうなんだ。俺も血のにおいが違うのは分かるけど、それ以外はそっくりに見える。それこそ、本人と全く同じにな」
刺客の体から衣服をはぎ取っていく。
着ている服などは本物から奪ったものであっても、もしかしたらそれ以外に何かを持っているかもしれないと思ったからだ。
たとえば、刺客である証明とか。
ないとは思うが、依頼書みたいなものや、俺の人相書きなんてものでもあるんじゃないかと思ったのだ。
だが、それらしいものは見当たらない。
オリエント国の議会にかなり信頼されている刺客だったみたいだし、そんな証拠となるようなものはさすがに持ち歩きはしないか。
だが、わかったことが何もないというわけでもなかった。
それは、この偽物たちがあまりにも本物とそっくりだということだ。
これは異常なことだと思う。
だって、俺はともかくアイですら魔力以外で違いを見つけられないというのだから。
どういう仕組みになっているのか俺もいまいち知らないのだが、アイは人を間違えることはない。
魔力によって見分けているんだろうけれど、そのほかの身体的特徴も正確に把握しているからだ。
たとえば、顔を忘れることもないし、大やけどで人相が変わっていても誰だか判別することも可能だ。
両目や鼻、口の位置関係は個々人で微妙に違うそうなので、どんなに傷があったとしても個人を特定できるのだという。
さらには、身長や体つき、あるいはほくろの位置まで一度見たら記憶しているほどだ。
アイに一度でも会えば、その都度最新の情報が更新され、共有、記録されていく。
そのアイが魔力以外で本物と見分けがつかないというのは、変装が得意とかいう次元を超えているだろう。
明らかにおかしい。
顔だけではなく全身を真似るなんてことができるものとは思えない。
しかも、それが二人分だ。
もし、この完璧な変装がどちらか一人だけだったら話は違っていたかもしれない。
変装がものすごく得意な刺客がいるのかと思ったことだろう。
だが、現実は違う。
こと切れた二人の刺客はどちらも本物と判別不可能なくらいに同じ姿かたちをしている。
ということは、これが個人技ではないということを意味しているのではないだろうか。
「魔法、かな?」
「その可能性は否定できません。あるいは、アトモスの戦士のように一族全員が同じ魔術を行使できる可能性もあるかと」
「そうだね。そういうこともあるか。変装が得意な刺客の集団。いや、変装なんて生易しいものじゃないか。まるで擬態するかのような技を持っているのかもしれない。影の者、か。すごい連中がいたもんだね」
オリエント国が弱国と呼ばれながらも歴史上に存在し続けてきた理由が分かった気がする。
こんなことができる者がいるなら、外交でも有利に運べることもあっただろう。
俺もアイがいなければどうなっていたか分からないしな。
刺客による暗殺や、あるいは偽装工作なんかも自由自在だろう。
もしくは、影武者なんて役割にも使えるはずだ。
影の者たち。
面白い連中がいたものだと、まだまだ知らないこの国のことに興奮してしまったのだった。
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