二つの死体
「……キャ、キャー!!」
地面に倒れ伏した二人の姿。
それを見て全員が固まった。
いきなりのことだったので、誰も反応できなかったのだろう。
そして、その後、事態にもっとも反応したのは村の広場で食事作りを手伝っていた村人たちだった。
とくに女性が食事を作るように命じられていたのかこの場には多く、倒れた二人の姿を見て悲鳴を上げる。
「な、なにごとですか。こ、これはいったい……」
「刺客だよ、村長。この村に刺客が入り込んでいる」
「し、刺客ですか? この村に……?」
その悲鳴を聞いてすぐに少し離れた場所にいた村長が俺のもとへと駆け寄ってきて話しかけてきた。
何が起きたのか分からずに驚いているようだ。
ただ、争いの絶えない小国家群にある村の長だからだろうか。
目の前に頭が吹き飛んだ死体があるというのにもかかわらず、事情を聴くくらいの余裕はあるようだ。
もしかしたら、この村長もかつては戦場を駆け抜けた経験があるのかもしれない。
「怪我はありませんか、アルフォンス様?」
「キクか。俺は無事だ。刺客が現れたみたいだ」
「……刺客が? ちょっといいですか、アルフォンス様? 確認したいことがあります」
「ん? なんだ?」
「あの、なんでこの二人を撃ったんですか、アイ先生は?」
村長が声をかけてきたすぐ後に、俺のそばにキクもやってきた。
キクもなかなかどうして気が利くようだ。
すでに自分の分隊の傭兵たちに周囲を警戒するように命じていた。
いいぞ。
俺が命令する前でも、とっさの時に適切な対応がとれている。
おかげで、外に向けての警戒は万全だ。
だが、それでもキクは困惑しているようだった。
理由は単純だ。
この状況の意味が分からなかったからだろう。
目の前にはゼンとウォルターが死体となって倒れている。
そして、それをしたのは俺の後ろにいるアイだったからだ。
俺と一緒に村長の家を出てこの広場にやってきたアイ。
そのアイは夜の間もずっと俺を守ってくれていた。
そして、その護衛は今も続いていたのだ。
愛用の魔銃を持って。
そんな魔銃装備のアイが、俺に話しかけた二人を何も言わずに撃ち抜いた。
魔銃から放たれた硬化レンガ製の魔弾。
それが、アイの正確無比な照準によって二人同時に眉間に叩きこまれたというわけだ。
魔銃の攻撃力はなかなかのものだ。
当主級であれば効果は低いかもしれないが、騎士くらいの実力者であればこれを防ぎきるのは難しい。
多くの戦場で無慈悲に騎士や兵の命を奪ってきたその魔銃は、二人の命を容赦なく刈り取ってしまった。
「さっきから言っているだろ。刺客だよ、キク。この二人が刺客だな」
「え? ゼンさんとウォルターさんがですか? もしかして、裏切ったんですか、この二人は」
「違うよ。二人は裏切っていないさ」
「……どういうことです? 裏切っていないのに、二人は刺客で、それをアイ先生が攻撃したんですか?」
「そうだ。ゼンとウォルターは裏切者ではないけど、こいつら二人は刺客だってことだな」
「……え。もしかして、偽物?」
「みたいだね。俺もアイが攻撃するまで気が付かなかったよ。けど、今ならわかるかな。こいつらの血のにおいはゼンやウォルターのものじゃない。別人だよ」
魔銃を使ってアイが始末した二人は間違いなく刺客だろう。
偽物、あるいは別人。
こいつらの体から流れる血のにおいは本人たちのものとは違っていた。
ノルンと契約した俺だからこそ、確信を持って言える。
こいつらはゼンやウォルターではない。
だが、キクはそれでもなお信じられないという顔をしている。
まあ、気持ちは分かる。
というか、俺だってそうだ。
血のにおいが分からなければ気が付かなかっただろう。
「アイはどうしてこいつらが刺客だと判断したんだ?」
「魔力です。彼らは腕輪を身に着けています。しかし、その腕輪から感じ取れる魔力は未登録のものであり、ゼン様やウォルター様の魔力とは異なります。ですので、別人であると判断いたしました」
「あ、そうか。魔力でわかるんだったっけ。つーか、こいつら、着ているものや身に着けている装備は二人のっぽいな。そうだよな、キク?」
「本当ですね。二人から奪ったのかもしれません。確認してきます」
「ああ。そうだ、一応追尾鳥も使っとけ。腕輪がなくても、この服のにおいを追跡させれば今どこにいるかわかるだろ」
俺が血のにおいで判断したのとは違い、アイは魔力で別人だと見抜いたそうだ。
いつもながらすごいと思う。
個人による魔力の違いなんてあるかないかわからないものだというのに、それを全員認識して識別できるのだから。
だが、今回はそれがあって助かったかもしれない。
なぜかというと、俺の目の前に現れた偽物二人はどう見ても本物に見えたからだ。
ゼンとウォルターという若き傭兵でありながらも、分隊長としてしっかりと仕事をこなす力のある者たち。
俺もすでに何度も戦場をともに戦い、よく知っているつもりでいた。
だが、その二人に話しかけられたときには偽物であるとは気が付かなかったくらいそっくりそのままだったのだ。
それでも今になってしまえば、この二人が本物ではないのはわかる。
そして、姿かたちがそっくりでありながらも、魔力と血のにおいが別物の人物が、俺に接近し食事の入ったお椀を手渡す距離まで近づいてきていた。
どう考えても、そんな特殊な状況が偶然起こるものではないだろう。
そんなことをするのは刺客だと判断したわけだ。
「いました。まだ、小屋で寝ていますよ」
そして、どうやら二人は無事だったようだ。
キクが追尾鳥を使って探そうとした本物たちだが、どうやら借りて寝ていた小屋で今この時も眠りこけているらしい。
睡眠薬でも飲まされたのかな?
何にしてもよかった。
もしかしたら、別の場所でこと切れている可能性も高かったのだから。
二人やそこに一緒に泊まっていた傭兵たちが死んでいないことをキクから報告を受けた俺は、改めて地面に倒れている刺客を調べてみることにしたのだった。
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